(9)狼と狐の現状
考助はくつろぎスペースで、両脇にナナとワンリ(狐型)を従えて、のんびりと寝そべっていた。
その考助の両手は、それぞれナナとワンリの背中をゆっくりと撫でている。
両目を閉じているその姿は、一瞬見た感じでは寝ているようにも見えるが、狼と狐を一定のリズムで撫でていることから完全に意識は落ちていないことがわかる。
現に、撫でられているナナとワンリはそれが分かっているのか、時折尻尾を振ったりしていた。
さらに、時折頭を上げて考助の様子を見たりしているが、すぐに元の状態に戻っている。
そんな状態を十分ほど続けていた考助だが、ふとなにかを思い出したように声を出した。
「そういえば、今って狼や狐の進化の状況ってどうなっているのかな?」
だいぶ前のことになるが、考助は眷属たちに加護を与えるということをしていた。
その時は実験で行ったということもあって大量に加護を与えたのだが、いまではそれも止めている。
単に面倒になったという説もあるが、誰も突っ込みを入れてきていないので、考助も敢えてそれに触れようとはしていなかった。
そんな状態だったので、加護を与えた眷属の様子だけは見続けていたのだが、ここ二月くらいはなんだかんだであまり詳しくは調べていなかった。
考助のその問いかけに、ナナとワンリが首を持ち上げながら、なにかを訴えるかのような視線で見てきた。
「うーん。視線だけで訴えられても意味が分からない、かな? ・・・・・・まあ、いいか。折角だから直接見に行こう」
考助がそう言いながら上半身を起こすと、ナナとワンリは同時に立ち上がって尻尾を振り始めた。
ナナもワンリも考助がなにを言っているのかきちんと理解しているからこそ、嬉しそうにしているのだ。
最近は、なかなか眷属の拠点に行くことも少なくなっているからこその喜びだ。
考助が、完全に立ち上がってくつろぎスペースを出たところで、出入り口付近でシルヴィアと会った。
「あら? お出かけですか?」
「うん。ちょっと拠点の見回りに」
「そうですか。・・・・・・私もご一緒しても?」
「勿論構わないけれど・・・・・・特になにかがあったというわけではないよ?」
「わかっています。たまには一緒に散歩もいいかと思いまして」
拠点の見回りを散歩と言ってしまうことに、シルヴィアも考助の影響を受けているということが分かる。
シルヴィアの言葉に、考助は苦笑しながら頷くのであった。
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考助たちは、転移門を使ってまず狼の拠点へと向かった。
狼と狐の拠点は、複数にまたがって存在しているので、一度の転移だけではすべての狼を見ることはできない。
そもそも考助は、現在の狼と狐の眷属は数が増えすぎて、正確な数までは把握できていない。
きっちりと一から十まで管理をするよりも、ある程度自由にさせたほうがいいという考えがあってのことだ。
もっとも、そっちはただの建前で、人の戸籍管理のように自己申告してくれるわけではないので、管理するのが不可能という現実があるのだが。
久しぶりに拠点に現れた考助を見て、狼と狐たちは揃って突撃していた。
考助が眷属たちに囲まれるのは、すでにおなじみの光景で、シルヴィアも驚いたりはしなくなっている。
考助は考助で、この隙にとステータスを確認しているのでどっちもどっちなのだ。
そんなことをしながらいくつかの拠点を回っていた考助に、シルヴィアが不思議そうな顔になって聞いてきた。
「眷属たちに挨拶回りでもしているのですか?」
そう聞かれた考助は、そういえば目的を言っていなかったと今更ながらに思い出した。
「いや、それもあるけれど、今回は称号と種族の確認かな? ここしばらくちゃんと見ていなかったから」
拠点に来ることはあっても、しっかりとステータスを確認することは稀になっているのだ。
それがわかっているため、シルヴィアも納得した顔で頷いた。
「そういうことですか。これだけ数が多いと、把握するのも大変ですからね」
「そうだね。まあ、きっちり全部を把握するのは無理だから、大体の割合だけは把握するようにしているよ」
考助の答えに、シルヴィアは「なるほど」と答えつつ、もう一度頷いた。
そんなシルヴィアも拠点に着くたびに、キョロキョロと辺りを見回している。
考助の加護の力のお陰で、ステータス(の一部)を見る力が備わっているシルヴィアは、種族くらいは見れるようになっているのだ。
シルヴィアがなにに注目して見ているのかは、敢えてこの場では聞かない。
個人個人で見るべきものは違っているし、それで構わないと考えているのだ。
なにか気付いたことがあれば、ちゃんと教えてくれるということが分かっているからこその無言のやり取りだ。
考助は考助で、眷属たちに駈け寄られつつステータスを見ているので、シルヴィアとゆっくり話をする間もなかったということもある。
狼と狐がいる拠点を全部回るとなると、それなりに時間がかかってしまうので、余計な会話をしている暇がないのだ。
どうせ話をするのであれば、全部を見回った後でもいいと考えているということもある。
そんな考助の考えが伝わっているのか、シルヴィアも移動の最中以外は雑談をしてくることはなかった。
そして、最後の階層を見回ったあとで、やっとシルヴィアがワンリを見ながら聞いてきた。
「そういえば、なぜ今回ワンリは狐のままなのでしょうか?」
「さあ? よくわからないけれど、気分じゃないかな? こっちから話をしたいと言ったわけじゃないし」
ワンリは、考助が会話をしたいといえば、きちんと姿を変えてくれる。
今回は特にそんな話もしていなかったので、狐の姿のままで移動していた。
ワンリが気分によって姿をかえていることは、シルヴィアもよくわかっているので、それ以上は突っ込んで聞いてくることはなかった。
「そうですか。それはともかく、今回なにか変わったことはありましたか?」
「いんや、特には。あえて言えば進化している種が増えているように感じたけれど、それも予想の範囲内だったかな?」
今回見たのは加護を与えた眷属だけだったので、そのほかの眷属がどうなっているかは、詳しくは見ていない。
それでも、進化している種が増えているというのは、拠点の運営のうえでは重要な情報である。
敢えて挙げるとすれば、ナナやワンリに肉薄するような上位種の数があまり増えていなかったことだが、それも予想の範囲内である。
数が減ってしまえば、特に上層の拠点は維持するのが大変になってしまうのだが、そんなことにはなっていないので一安心だった。
もっとも、そんな状態になれば、ナナとワンリがすぐに報告しに来ているはずなので、そんなことにはなっていないという予想もできていた。
とりあえず、今回の眷属見学では、今まで通りに緩やかに変化しているということだけは確認ができた。
これ以上の変化を求めるかどうかは、考助のやる気にかかっているが、とりあえず現状維持に努めようと結論づける考助なのであった。
現状確認回。
緩やかに変化はしていますが、大幅な変化はありませんでした。




