(6)ふたりへ報告
「ほう。それでまたアンドニが出入りするようになったというわけか」
考助から話を聞き終えたフローリアが、少しだけ険しい顔になってそう聞いてきた。
「まあね」
「随分とまあ、馬鹿なことになっていたわけだな」
辛辣なフローリアのその感想に、考助としては苦笑を返すことしかできなかった。
「その通りだね。反論する余地はないよ」
「なに。考助がどうこう言う必要はないだろう。いまはもう部署の運営に責任はないんだからな」
首を左右に振っている考助に、フローリアは軽い調子でそう返した。
考助とフローリアのやり取りを聞いていたミアが、不思議そうな顔で聞いてきた。
「そもそもなぜそんな習慣ができたのでしょう?」
「さあ? それに、習慣と言っていいほど深く根付いたものでもなかったみたいだよ?」
魔道具作成の部署では常態化していたとはいえ、ほかの部署にまで広がりを見せていたわけではない。
調査の結果、一年程前からのことだったということもわかっている。
アンドニが考助のところに来たのは、我慢の限界というよりも、早く現状を知って欲しいという思いもあったようだった。
もっとも、本人から聞いたわけではないので、考助の想像でしかないのだが。
それはともかく、そのお陰で一つの部署内だけで済んだとも言える結果だった。
「――それはよかったともいえるが・・・・・・あまり安心はできないな」
「まあね。でも、どちらにしても、僕には関係のない話だから」
「それもそうだな」
突き放したような考助の言葉に、フローリアも納得顔で頷いた。
既に考助は、クラウンとの関係も薄くなってきている。
当初は創業(?)者としての名前も知られていたが、いまではクラウン創業者としての名前よりも現人神としての名前のほうが知られているくらいだ。
そもそもの受けるインパクトが違うので、それはそれで構わないと考助は考えている。
ちなみに、現在のクラウンでは、考助の名前ではなく以前の統括であるワーヒドたちの名前のほうが知られている。
ワーヒドたち六人が現役で活躍していたころはそうでもなかったのだが、彼らがクラウンの統括を引退してからは考助の名が抑えられるようになっている。
その理由は、考助たちがそうするようにシュミットやガゼランに言っているということがある。
クラウンでは、自分よりもリクの名前を広めたいという思惑があるためだ。
世界中にクラウンの支部が増えている現在では、そちらのほうが都合がいいのだ。
ついでに、考助自身が自分の名前を広めることに興味がないということもある。
現人神としての名前だけで充分なのだ。
フローリアとミアもそのことを十分に理解しているので、考助の態度を見てもなんの反応を示さなかった。
その代わりに、今度は考助がフローリアを見ながら聞いた。
「ところで、ミアの婚活はどうだったの?」
「ち、父上!?」
突然すぎる考助の言葉に、ミアが悲鳴のような声を上げたが、フローリアは平然と首を左右に振った。
「まったく駄目だな。そもそもミアが異性を寄せ付けないオーラを出しているから、まともな奴は寄り付いてこないだろう」
「むう。それはそれで心配だね」
フローリアの言葉に、考助はわずかに顔をしかめながらそう答えた。
考助は、フローリアがミアと一緒に旅に行くと言い出したときに、そういった狙いがあるのではないかと思っていたのだ。
フローリアの答えは、その考えが当たっていたことを示している。
「ちちち、父上! いまは、私のことは関係ないでしょう!?」
「ん? いや、父親としては、やっぱり娘の結婚も気になる話題だけれど?」
今となっては繋がりが薄くなっているクラウンよりも、考助にとってはミアのことのほうが大事である。
神能刻印機のことは別として、リクが残っている限りは多少は気にすることもあるだろうが、それよりはやはり身近な人間のほうが大切なのだ。
不思議そうな顔をしながらそんなことを言ってきた考助を見て、ミアは慌てた様子で右手を振った。
「そそ、そんなことよりも、旅のことについて話をしましょう!」
そう言いながら慌てて話題を変えようとするミアに、考助は苦笑を返した。
「まあ、恋人とかはミアの好きにすればいいと思うけれどね。折角のミアの要望だからそうしようか」
ミアの結婚については、気になるところだが、無理に勧めるつもりはない。
そもそも、考助とフローリアにそんなつもりがあるのであれば、無理やりにでも政略結婚を進めてしまえばいいだけのことである。
それをしないのは、ミアの意思を尊重しているからだ。
ちなみに、考助はともかくフローリアがそれに賛同しているのは、旦那の影響を受けているのと、自分自身のことがあったためだ。
考助とフローリアがミアの結婚に対して割と寛容なのは、すでにトワとリクに子供ができているということもある。
二人にとっては孫なのだが、彼らが順調に育っているので、余裕があるのだ。
それに、ミアが直接関係している塔の管理は、そもそも考助がいるので血族に頼らなくてもいい。
これから先のことを考えなければならない国家やクラウンは、この世界の常識では血族に頼るというのが普通の感覚である。
もっとも、考助自身はクラウンに対して血族経営してほしいとはこれっぽっちも考えていないが、周囲がそれを望んでいるというのが現状だった。
それが世界としての常識だと言われれば、考助としても無理に反対するつもりはないのである。
そんなことを考えていた考助は、ふと思い出したような顔になっていった。
「そういえば、折角だから神能刻印機のメンテナンスは、これから作る工房の人たちに任せようかな?」
ただの思い付きで言ったことだったが、一度言葉にしてしまえば、それが一番いいように思えてきた。
「そんなことができるのか?」
考助の呟きに反応して、フローリアがそう聞いてきた。
「うん。というよりも、どうせクラウンはこれからどんどん支部が増えていくんだから、僕だけで対応するのは無理だしね」
それだったら最初から対応する工房を作ってしまった方がいいと考助は続けた。
考助の説明に、フローリアが頷いて言った。
「それができるのであれば、そうしたほうがいいのではないか?」
そう言葉にしたフローリアも、黙って聞いていたミアもそれには賛成だったようで、揃って頷いている。
「そう考えると、いろいろとやってもらうことはありそうだなあ・・・・・・」
なにやら考え込むような顔でそう言った考助を見て、フローリアとミアは同時に顔を見合わせた。
ただ、そう言った考助は、そのままの顔でしばらく黙ってしまったので、ふたりはこれ以上話しかけることはしなかったのであった。
色々と詰め込んだら話があちこちに飛んでしまいました><




