(13)反省
フローリアが数曲踊り終えて終わりを宣言すると、公爵家の面々から感嘆のため息が漏れた。
そして、誰よりも早く、公爵夫人が感慨深げに言った。
「まさか、ここで噂の舞が見られるとは思いませんでした」
それは、独り言のようでもあり、隣にいる前公爵夫人でもあるシェライラへ聞かせるための言葉でもあった。
現に、その呟きを聞いたシェライラは、少し驚いたような顔で夫人を見た。
「あら。あなたの世代にも伝わっていたのね」
「はい。といっても、実在の人物かどうかは半信半疑といったところでしたが」
夫人の答えを聞いたシェライラは、少しだけ寂しそうに笑った。
夫人の代の女性貴族の間では、神の舞を踊ることができるという謎の踊り手の噂が流れていた。
その舞は、男性女性に関わらず、見る者をあっという間に魅了してしまう。
そして、人のため舞ではなく、神のために捧げられる舞というものだ。
その噂は、ダンスを必ず踊らなければならない女性貴族たちの間で、まことしやかに囁かれていたのである。
そしてシェライラは、ダンスルームの中央から娘のいるところに移動しているフローリアを見ながら言った。
「それも仕方ないわね。あの娘は、本当に人前で踊ることをしなかったですから」
「あれほどの腕前を持ちながらなぜ、と伺いたいところですね」
「さあ? それは、実際を知っていた私たちの間でもわからなかったことですもの。……今だったらその答えを知ることができるかも知れないわね」
シェライラは、フローリアから視線を外さずにそんなことを言った。
ただ、その顔を見る限りでは、答えを聞こうという様子はまるで見られなかった。
その顔を見て不思議そうな顔をしている夫人に、シェライラは少しだけ笑いながら言った。
「なにも特別な理由があるというわけではないわよ? ただ、不思議は不思議のままにしておいたほうがいいと思っているだけよ」
「そうですか・・・・・・それはそれで、確かに良いかも知れませんね」
もうすでにファースの代では、謎の踊り手の噂も消えてなくなってしまっている。
本人が望んでいるのならともかく、そうでないのであれば、このままそっとしておこうと考えるのは、夫人にとっては自然なことだった。
そんな前公爵夫人と現公爵夫人の会話は、しっかりとフローリアとミアの耳にも届いていた。
進化をして以来、耳もよくなっているので、多少の距離が離れているくらいでは、聞こうと思わなくても聞こえてしまうのである。
「――ということらしいですが、お母さま?」
わざとらしくそんなことを言ってきたミアを、フローリアは睨みつけた。
「面倒はごめんだ。今回は、久しぶりだったからだ」
「まあ、母上でしたらそう言うでしょうね」
フローリアの答えを聞いて、ミアは肩をすくめながらそう応じた。
最初からフローリアがそういうことは分かっていたので、敢えて揶揄うためにそう聞いたに過ぎないのだ。
これ以上は引っ張るつもりもなかったミアは、さらに続けて言った。
「それはともかく、まだ続けるのですか?」
「いや、さすがにこれ以上は止めておこう。疲れでみっともなくなるだけだし、あちらも疲れてきているはずだ」
フローリアはそう言いながら公爵一家の方を見た。
踊っているフローリアが一番疲れるのは当然だが、ずっと同じ姿勢で踊りを見ているというのも、案外疲れるものなのだ。
そんな集中を切らした状態で踊っても、大した感動を与えることはできない。
それはフローリアの経験則ではなく、教師からの教えの一つだった。
「まあ、そういうわけだから、向こうへ行こう」
フローリアはそう言ってミアを誘ってから、公爵家一同の元へと向かった。
その頃には公爵家一家もフローリアとミアへ向けて、拍手をし始めていた。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
踊りの後で、温かく公爵一家に迎え入れられたフローリアとミアは、そのまま夕食の席に着いていた。
既に身分的には十分すぎるほどに理解されているので、警戒とは程遠い状態の上に、そもそもファースとヘルダを救った恩人だということで、ちょっとした歓迎パーティとなっていた。
最初のうちに、公爵からフローリアとミアへ息子と娘を助けてくれたことへの感謝の言葉が送られていた。
さらに、謝礼に関しては、後程話をしようということで、話がついていた。
そうした諸々のやり取りを経た上で、フローリアとシェライラは、昔話に花を咲かせていた。
二人とも揃って元王族のため、非常に際どい話をしているため、公爵などは内心で冷や冷やしていたりする。
とはいえ、どちらもあまり明確に逆らえるような相手ではないので、止めるに止められず、子供たちに余計な知恵を付けさせないようにするだけで手いっぱいだった。
もっとも、フローリアとシェライラは、その辺のことをしっかりと心得ているので、表に広まってもいいような話しかしていないのだが。
そんなやりとりの中で、シェライラがふとミアを見ながら言った。
「それにしても、まさか貴方の娘を生きているうちにこの目で見ることができるとは思わなかったわ」
万感の思いを込めてそう言ってきたシェライラに、フローリアが苦笑しながら言った。
「随分と大げさだな」
「なにを言っているのよ。貴方の国では当然なのかもしれないけれど、ほかの国では神の子をその目で直接見られるなんて機会はないのですからね」
シェライラのその言葉を聞いて、フローリアとミアはほぼ同時に顔を見合わせた。
二人ともいわれてみて初めて気づいたのだが、確かにシェライラの言うとおりである。
普通で考えれば、神の血を引いた血族なんてものは、物語で出て来る存在でしかない。
フローリアとミアにとっては、あまりにも身近な存在なのですっかり忘れていただけである。
その二人の反応を見て、シェライラは盛大にため息をついた。
「やっぱり気付いていなかったのね。あなた方は、神そのものではないけれど、それに準じた注目をされると考えたほうがいいわよ?」
普段、フローリアやミアが、考助に対してしている苦言をシェライラから言われてしまい、ふたりは同時に苦笑をした。
アマミヤの塔の中で暮らしている限りは、神の親族として意識することがほとんどないため、つい忘れがちになってしまうのである。
「・・・・・・あまり人のことを言えないな」
「・・・・・・まったくです」
シェライラから指摘されて、ようやくそのことに気付いたフローリアとミアは、そう言いながら反省モードになるのであった。
珍しく(?)二人そろっての反省モードでした。




