(12)舞、再び
「――踊るのは構いませんが、侍女をお貸しいただけますか?」
フローリアがそう申し出ると、シェライラは一も二もなく頷いた。
さすがにシェライラを前にして剣舞を踊るわけにもいかず、普通の踊りを見せるとなれば、ドレスを着なくてはならない。
本格的なドレスを着るとなると、さすがに一人で用意するのは、なかなか難しいのだ。
ちなみに、ドレス自体は何かあったら困ると、きちんとアイテムボックスに入れてある。
さらにフローリアは、ストリープを用意してもらうように頼んだ。
フロレス王国においてもストリープは標準的な楽器の一つなので、公爵家に練習用の一台くらいはあると考えてのことだ。
「それはもちろんあるけれど、どうするの? あなたは踊るのよね?」
「ストリープは、娘も使えます」
ミアは、ラゼクアマミヤの学園で、きちんとストリープを習っている。
学園で、すべてが標準以上の成績を取っていたミアは、ミクには及ばないが一通り弾くことはできる。
ついでに、フローリアの踊りの練習の付き合いで伴奏も弾くこともある。
フローリアがミアを見ながらそう言うと、シェライラは一度頷いてから言った。
「そう。あなたがリアの娘なのね」
シェライラは、ミアのことを知っていたようで、どことなく感慨深げに見てきた。
そんなシェライラに、フローリアが混ぜっ返すように言った。
「いい年をして相手も作らずに、好きなことをしながらふらふらしている娘ですよ」
「あら。それが許されるのであれば、別にいいのでは? あなたも例の方も許していらっしゃるのでしょう?」
具体的に誰とは言わなかったシェライラだったが、その場にいた全員が誰のことかすぐに理解した。
フローリアは、シェライラの問いかけに少しだけ渋い顔になって頷いた。
「まあ、そうなのだがな」
「あ、あの。母上、それくらいで・・・・・・」
さすがにそろそろ公爵夫婦の視線が痛くなってきたミアが、フローリアのおしゃべりを止めた。
勿論、フローリアに向かって言っているのだが、シェライラを微妙に牽制(?)する思惑もある。
フローリアもずっと娘をダシにするつもりはなかったのか、頷きながらシェライラを見て言った。
「それでは、私は準備をしてきます。少々お待ちください」
女性が支度に準備がかかるのは、どの世界でも同じである。
シェライラは、きちんと分かっているという顔をして頷いた。
「ええ、わかっているわ。どこで踊ってもらうかは、侍女に伝えておくから、任せておいてちょうだい」
「はい」
フローリアは、シェライラの言葉に頷いてから一緒に着いて来るようにという意味合いを込めてミアを見た。
それをきちんと理解したミアは、無言のまま頷くのであった。
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ドレスをきっちりと着込んでダンスルームに現れたフローリアとミアを見て、シェライラを除く公爵家の面々は目を見張っていた。
先ほどまで冒険者仕様の服を着ていたせいか、全く印象が違って見える。
もっと詳細を言えば、フローリアもミアも、どちらも人の上に立つ者としての雰囲気を纏っているように見えた。
ここにとある神様がいれば、「化けたな」と言うかもしれない。
とても先ほどまで冒険者服を着ていたとは思えない着こなしでドレスを身に着けているフローリアとミアは、公爵家の面々に注目されながらそれぞれの場所に着いた。
フローリアはダンスルームの中央に立ち、ミアはストリープを持ったまま、公爵家の面々の対面に来るように、部屋の反対側で椅子に腰かけた。
ミアがストリープの音の調整を終えたころを見計らって、フローリアは一度そちらを見て確認を行う。
そして、両方の準備が整ったところで、まずはミアの演奏から始まった。
ミアのストリープの腕は、一流とは言えないが、十分に人前で演奏できるほどの技術はある。
さらにいえば、幾度となくフローリアの練習に付き合わされているので、ミク以上にフローリアの踊りに合わせて弾くことができる。
そのため、公爵家の面々は知らなかったが、フローリアの踊りの伴奏は、何気にミアが一番合っているともいえる。
ミアのストリープから数音の音が流れた後で、フローリアが舞を踊り始める。
そして、それを見た公爵家の女性陣から感嘆の声が漏れた。
「お母さま・・・・・・」
「シッ。黙ってみていなさい。もう二度と、こんな踊りを見られるチャンスはないかも知れないわよ」
公爵夫人が真剣な表情で、真っ直ぐフローリアの踊りを見ながら子供たちにそう言った。
夫人にそこまで言わせるほどに、フローリアの舞が卓越した技術で行われているのだ。
勿論、驚いているのは、女性陣だけではない。
ダンスホールに集められた公爵や男の子供たちは、見惚れるようにフローリアの舞に注目していた。
そして、フローリアに踊りを要求したシェライラは、片時も目を離さないように見ながらぽつりと呟いた。
「まさか、もう一度この目で見られるなんて、ね・・・・・・」
その呟きは、なんとも複雑な感情が入り混じっているものだった。
シェライラの両眼には、わずかに涙さえ浮かんでいたが、それを指摘する者は誰一人としていなかった。
ここで突っ込みを入れるのが野暮だということもあるが、それ以上にフローリアの踊りに注目していたかった。
今回フローリアが公爵家の面々の前で踊ったのは、昔からフロレス王国にある曲とダンスをさらに改良したものになる。
その踊りは、古き良きものがありながらも、どこか新しさを感じさせるものがあった。
さらにいえば、踊りそのものも人前で見せるというよりは、何かの儀式を感じさせるものだった。
もしここが、神殿が開いている何かの儀式の一部だといっても、誰も違和感を覚えることはないはずである。
フローリアの踊りには、見ている者にそう思わせるだけの不思議なエネルギーがあった。
一曲を踊り終えたフローリアが、ホールの中央に戻って一礼をすると、公爵家の面々は夢から覚めたようにハッとした顔になり、次いで拍手をしだした。
ホールの端で、主人たちの邪魔にならないように控えていた侍女や家令たちも同じように拍手をしている。
だが、公爵家の面々でそれを咎める者は誰もいなかった。
そして、微笑みを浮かべたままのフローリアに、公爵家の子供たちが次の踊りを要求したのは、ごく当たり前の流れだったのである。
シェライラは、公爵家に嫁ぐ前に、フローリアが練習している風景を何度か見たことがあります。




