(11)親しい姉(友人)
現在のフロレス王国において、フローリアは既に過去の人となりつつある。
一応フローリアが王国にいた頃の年代は、ちょうど子供世代に家督を継ぎ終わって、優雅な人生を送り始めている。
場合のよっては、孫世代が当主をやっているということもあるので、そうなるのもある意味で当然だった。
そうした年の積み重ねということもあるが、他国の女王になったということと、そもそもフローリアが王国を出るきっかけになった理由が理由なので、あまり同世代の人間が子供世代に話をしなかったということもある。
すでに過ぎ去ったことを思っても仕方ないことなのだが、あの時フローリアを国から出すようなことにならなければ、また違ったことになっていたのでは、という思いがフローリアとその少し上の世代にある共通した思いなのである。
それは、すでにフローリアが過去のことをなんとも思っていなかったとしても、フロレス王国の貴族(特に女性)には、深く根付いているのである。
そんな事情もあって、直接対面したことのあるロスシーでさえ名前を言われるまで思い出せなかった。
さらに下の世代であるファースが、フローリアのことを知らなかったとしても仕方のないことだ。
そんな理由があったため、シェライラがフローリアの名前を呼んで、両親が揃って驚きを示したのを見て首を傾げていた。
「――お父様?」
その息子の声に、ロスシーはハッとした表情になった。
そしてロスシーは、フローリアに頭を下げてから言った。
「いくら時間が開いていたとはいえ、思い出せなくて申し訳ございませんでした」
「いいや。気にする必要はないさ。こんなところで会うことになるとは思っていなかっただろうからな」
フローリアは、特に気にしていないという顔で首を振った。
現在のフローリアは、フロレス王国においては微妙な立場にある。
というのは、先に示した過去のこともあるが、その後において他国の女王になっており、身分的には王国の中では王を除けば誰よりも上の立場になる。
それは、引退した今でも変わらないのだ。
ついでに、元王国の王女だったということもその立場をややこしくさせる原因になっている。
そのためファースは、フローリアに対してロスシーがへりくだった態度を取っているのが、不思議なのである。
それは、ファースだけではなく、ほかの兄弟たちも同じだ。
そんな子供たちに、フローリアのことを説明しようとしたロスシーに、その当人が首を左右に振った。
その仕草の意味をしっかりと理解した公爵家当主は、一度フローリアに向かって頷いてから子供たちに言った。
「この方は、お母様の大事なお知り合いだ。ファースたちの恩人だからというだけではなく、きちんと客人として対応するように」
「わかりました」
ほかにも聞きたいことはあるだろうが、とりあえずファースは納得して頷いた。
兄弟たちの中で一番上のファースが納得したことで、ほかの兄弟たちも同意するのであった。
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挨拶を終えて、子供たちを退出させたことで、部屋にはフローリアとミア(と狼二体)、公爵夫婦とシェライラが残った。
そして、用意された椅子にそれぞれ腰かけたところで、改めてシェライラが懐かしそうな顔になってフローリアを見た。
「それにしても、あなたは全く変わらないわね、リア」
「それは特殊な事情が絡んでいますからね」
あっさりと若さを保っている秘密を暴露したフローリアに、公爵夫婦は気付かれないように息を呑んだ。
現人神の横(妻)に立つことが許された者は、その種族も変わっているのではないかと、まことしやかに噂としてささやかれているのである。
それを堂々と暴露したに等しい言葉を発したのだから、驚かないはずがない。
だが、言われたシェライラは、目を細めて笑いながら言った。
「そうなの? それは羨ましい・・・・・・とはあまり言えないわね」
遠慮なしにそんなことを言ってきたシェライラに、フローリアは頷きながら言った。
「それは、そうでしょう。話しに聞くだけですが、この国でも私の知り合いは、次々に天への階段を上っていると聞いています」
「あら嫌だ。私はまだまだ元気でいるわよ?」
少し寂しそうに言ったフローリアに、シェライラが声を出さずに笑いながら応じていた。
フローリアの隣に座って話を聞いていたミアは、母親とシェライラの間に確かな絆のようなものがあると感じていた。
少なくとも、フローリアがここまで自らの思いを隠すことなく、素直に話をするというのは、考助とその傍にいる女性たち以外には知らない。
敢えて上げるとすれば、ほかにはフローリアの両親がいるが、考助たちとはまた違った関係であると理解している。
この国に生まれたフローリアが、とても近しい友人関係を持っているということは分かっていたが、実際にミアが間近で見たのは初めてに近いので、心の驚きながら二人の様子を見ていた。
ミアがそんなことを考えている一方で、公爵夫婦もまた驚きながらシェライラを見ていた。
フロレス王国の王女として生まれ、公爵家夫人として嫁いだシェライラは、常に社交界の中心にいるような人物だった。
そのシェライラが、素の顔を見せる相手は、非常に限られていた。
その中には、息子であるロスシーは含まれていない。
ロスシーはあくまでもシェライラの「息子」であって、「友人」ではない。
ロスシーが知る限りでは、夫である前公爵を除けば、シェライラは限られた相手にしかそうした顔を見せることはなかった。
そのシェライラが、フローリアを前にしてその顔を見せているのだから驚かないはずがない。
公爵夫人もロスシーと同じような感想を持っていた。
そんな周囲の反応を余所に、フローリアとシェライラは昔話に話を咲かせていた。
その途中で、シェライラがふと思い出したような顔になった。
「そういえば、リア」
「なんでしょうか?」
「あなたのことだから、踊りはまだ続けているのでしょう?」
唐突にそんなことを言ってきたシェライラに、フローリアは目をパチクリとさせた。
シェライラは、フローリアが教師を付けられて踊りを習っていた時のことを知っているので驚きはしなかったが、なぜそんなことをこの場で言ってくるかが分からなかったのだ。
僅かに戸惑っているフローリアを見て、シェライラはいいことを思いついたという様子で手をぱちりと合わせた。
「そうね。折角の機会だから、私にもう一度あなたの踊りを見せて!」
「ええっ!?」
突然の申し出に、珍しくフローリアはそんな声を上げたが、シェライラは気にすることなくウンウンと何度か頷きながら言った。
「ねえ、いいでしょう? 私も勿論見たいけれど、是非孫たちに見せてあげたいわ!」
何やら若さを取り戻した様子でそんなことを言ってくるシェライラに、フローリアは苦笑をして見せた。
以前ほど自分の踊りが大したことがないと思い込んではいないので、シェライラの目的もきちんと分かっている。
ただ、それでも昔ながらの友人である大切な姉のような存在のシェライラの「お願い」は、出来るだけ聞いてあげたいという思いもある。
結局、シェライラの「お願い」に押し切られる形で、フローリアは公爵一家の前で踊りを見せることになるのであった。
この二人の会話を書きたいがために、わざわざこの町まで来ました。
ようやく出せてほっとしております。




