(10)対面
シェライラの指示を聞いた侍女が、慌てた様子で部屋を出て行った。
そのシェライラの反応を見て驚く一同だったが、それどころではないという様子で続けて言った。
「こうしてはいられないわ! ちゃんと準備しないと!」
シェライラは、そう言いながら他の者たちを無視するようにあわただしく部屋を出て行った。
それを唖然とした様子で見守る一同。
シェライラがいなくなってから少ししてからロスシーがファースを見て聞いた。
「・・・・・・それを見せてもらえるか?」
「あ、はい」
なぜシェライラがあんな反応をしたのかわからないファースは、素直に持っていた布をロスシー渡した。
その布には短い文章が書かれていたが、その意味はファースにもよくわからなかった。
いや、文章の意味は分かるのだが、その文を見てなぜシェライラがあれほどの反応を示したかが分からないのだ。
預かった布をファースに返したロスシーが聞いた。
「これを渡される時に、ほかに何か聞いたか?」
「いいえ。ただこれを御祖母様に渡してくれとだけ・・・・・・」
「そうか。となると、その女性は母上がああなると分かっていて渡したということだな」
ロスシーがそう言うと、ファースは驚いたような顔になった。
「そうなのですか?」
「まあ、実際に見たわけではないので、恐らくとしか言えないが・・・・・・。とりあえず、どういうことかは会えばわかるはずだ」
ロスシーはそう言いながら隣に立つ夫人を見た。
ロスシーが何を言いたいのか、すぐに察した夫人は、一度だけ頷いてから侍女を連れて部屋を出て行った。
その様子を不思議そうな様子で見ていたファースとヘルダに、ロスシーが少しだけ笑いながら言った。
「そなたたちも身綺麗にしたほうがいいと思うぞ。母上のあの様子を見れば、客人を迎えるのに何てこと、と言い出しそうだからな」
元は王族であるシェライラは、自分も含めて作法には非常に厳しい。
シェライラが賓客を迎えるといったのだから、ほかの者たちもそれに合わせて迎え入れないと、怒るまではしないだろうが、眉を顰めることになるはずだ。
それはファースとヘルダもよくわかっているので、父の言葉を聞いて、慌てて部屋を出て行った。
そして、それを見送ったロスシーは、ぽつりとその場で呟いた。
「それにしても、母上をあれほど慌てさせる相手か・・・・・・。一体どんな人物なのやら」
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宿の部屋で寛いでいたフローリアとミアは、領主であるアイリッシュ家からの招待で屋敷へと向かった。
迎えの者は、当然のように馬車で来ていたので、それに乗っての訪問だ。
馬車が屋敷の入り口について、ふたりが下りると、そこでは屋敷で働いているメイドたちが何人か頭を下げて待っていた。
フローリアとミアは、冒険者が着るような服を着ているのだが、それを見ても眉を顰めたりしなかったのは、きちんとした教育を受けている証拠ともいえる。
フローリアは、それらを見ながら苦笑して言った。
「なんというか・・・・・・誰が手配をしたのか、すぐにわかるな」
「そうなのですか?」
不思議そうな顔で聞いてきたミアに、フローリアは頷いた。
「まあな。どんな相手かは、会えばわかるだろう」
この時点で、ミアは誰に招待されているのかわかっていない。
フローリアがファースを通じて何かを伝えたということまでは分かっているのだが、あえて詳しくは聞いていないのだ。
たとえどんな相手であったとしても、格好はともかくとして、王族の一員として育ったミアが作法で恥をかくようなことはないはずなのだ。
メイドに案内されて屋敷にある一室に入ったフローリアは、とある女性の声で大歓迎を受けた。
「リア! よく来たわね!」
年齢を感じさせない若い声でそう言ってきたのは、当然というべきか、シェライラだった。
「シェラお姉さまも元気そうで、よかったです」
「何を言っているのよ。あなたこそ、全く変わっていないじゃない、羨ましい!」
弾む声でそう言ってきたシェライラに、フローリアは小さく笑い返した。
本来、貴族というか王族の挨拶は、面倒なやり取りが入ったりするのだが、そんなものはこの二人は完全にすっ飛ばしている。
さらに、その簡単なやりとりを終えたシェライラは、さあと言わんばかりに両手を広げた。
「シェライラお姉さま。私は、ドレスを着ているわけではないので、汚れてしまいますが・・・・・・」
「だから何よ。しばらくぶりに抱かせてちょうだい」
「私ももうハグをされて喜ぶような年ではないのですが・・・・・・」
フローリアはそう言いながらもシェライラに近付いて行った。
汚れても構わないという言葉通り、シェライラは冒険者の服を着ているフローリアを遠慮なくハグした。
もっとも、シェライラのそれは、ハグというよりは、どちらかといえば子供を抱きしめているというものに近かった。
ちなみに、フロレス王国では、家族同士のハグは普通に行われている。
先ほどのフローリアが言った年云々は、しばらくぶりのハグの恥ずかしさを誤魔化すためのものだ。
何しろ、こうして直接個人的に会うのは、三十年ぶり近くになるので、いくらフローリアでもそう思うのは当然である。
そんなフローリアとシェライラを見ての反応は、見事に二つに分かれていた。
一つはミアで、こんな感じなのかと、若干呆れたような感じだ。
そして、もう一つは、当たり前というべきか、アイリッシュ家の面々である。
親しい家族でさえ見せたことがないようなシェライラの態度に、驚きを示している。
付け加えると、フローリアとシェライラが、お互いに「お姉さま」「リア」と親し気に呼んでいることもその理由の一つである。
そこまでシェライラが親しくする相手なのに、一度も見たことがない相手ということで、ロスシーの驚きは家族の中で一番大きかったかもしれない。
「あ、あの、母上。そちらの方は・・・・・・」
戸惑うようにそう聞いてきた息子に、シェライラはフローリアを離さないまま答えた。
「あら嫌だ。あなた、忘れてしまったの?」
「シェラお姉さま、それも無理はないでしょう。ロスシーが、私と個人的に最後に会ったことがあるのは、まだ七歳とかそれくらいだったはずでは?」
フローリアと会ったことがあるといわれて、ロスシーにアイリッシュ家の面々の視線が集まった。
それらの視線を受けて、ロスシーは一生懸命に記憶を辿ってみたが、どうしても思い出すことができなかった。
そんなロスシーに、シェライラがいたずらっぽく笑いながら言った。
「まあ、こんなところにいるはずがないと思い込んでいるから仕方ないわよね。フローリア」
シェライラが、最後にその名前を付け加えて言うと、ロスシーは過去に目の前の人物と会ったことを思い出して、「あっ」という顔になるのであった。




