(8)少年とのやり取り
ファースとヘルダは、目の前で起こった一瞬の出来事に、最初は夢の出来事ではないかと疑った。
だが、何度か目をパチパチさせても、自分たちを追いかけてきた男たちが倒れているという事実は変わらない。
さらに、ふたりが驚いている間に、男たちのリーダーと女性の一人が会話をしていて、それが現実なんだと実感させられた。
「き、貴様・・・・・・」
「わかっていると思うが、そなたはわざと残しておいたんだ。できるだけ話を聞いておきたかったからな」
リーダーの指すような視線を、どうということはないという顔で受け流したフローリアは、さらに続けて言った。
「できれば、今のうちに誰からの命令で動いたのか、教えてほしいのだがな」
そのフローリアの言葉を聞いて、ファースは内心でハッとした顔になっていた。
ファースは、単に街のごろつきに襲われただけだと考えていたのだ。
現に、自分たちを追ってきた男たちは、そういった身なりをしていた。
追われていた時も、ただの身なりの良い自分たちを追っているだけのような言葉を吐いていた。
それに、そもそも自分たちは護衛を巻いて街の外に出たのは、ただの偶然だ。
その偶然を狙って追手が来るとは考えてもいなかった。
そのため、つい誰かに雇われたという可能性を頭から消していたのである。
自分の目論見の甘さに気付いて、内心で忸怩たる思いをしているファースを無視するかのように、フローリアとリーダーの会話は続いていた。
「ハッ! そんなこと、俺が言うと思っているのか?」
「うむ。なるほど。見かけによらず、意外と忠義に厚いのだな。まあ、いらぬ忠義だが」
少しだけ感心したように頷いていたフローリアだったが、さらに続いた言葉は辛らつだった。
「別に言わないなら言わないで構わない。私たちにとっては関係ないことだからな」
フローリアがあっさりとそう言うと、それが本気だと分かったリーダーは顔をゆがめた。
実際、フローリアにとっては、目の前の子供たちを助けられたという事実があれば、背後関係なんてどうでもいいのだ。
そんなことは、彼らの実家が徹底的に調べるだろうと分かっているためだ。
なぜフローリアが男から聞こうとしたかは、単にその手間を省こうと考えただけである。
無駄な抵抗を見せたリーダーだったが、その目論見はあっさりと崩れ去った。
リーダーがさらになにかを言おうとするよりも先に、フローリアが持っていた剣を振りかぶって、さっさとその意識を落とした。
ちなみに、周りに転がっている男たちも命までは奪っていない。
それは別に、命を大切にしたというわけではなく、それぞれから情報が得られると考えたためだ。
リーダーから話を聞くのは無駄だと一瞬で判断したフローリアは、さっさと男を気絶させた。
そして、特にどうということはないという顔で、ファースを見た。
「――さて。これで悪意は去ったわけだが・・・・・・なにか言うことはないか?」
フローリアがそう問いかけると、ファースは妹を後ろにかばって、キッと睨みつけた。
それを見たフローリアは、一瞬驚いた表情を浮かべた後に、フッと笑顔になった。
「なるほど。そなたから見れば、私も不審者だな。助けてもらった者を単純に信用しないというのは、必要なことだ」
そんなことを言ってクスクスと笑っているフローリアを、隣にいたミアが訝し気な表情で見ていた。
普通であれば、助けてくれたものに礼の一つでも言えばどうかというべきところを、ただ楽しそうに笑っているのだからそうなるのも当然だ。
ただ、助けに入る前のフローリアの様子を見れば、なぜこんな態度を取っているのかも理解できる。
フローリアとミアにとっての問題は、この後の少年の態度だ。
その思惑に乗る形で、突如助けてくれた女性二人を警戒していたファースは、すぐに態度を改めて頭を下げた。
「大変失礼した。状況が状況だけに、すぐにあなたを信用するわけにはいかないのだ」
「なに。気にすることはない。私がそなたと同じ立場だったとすれば、似たようなことをするはずだからな」
気にするなと、ひらひらと手を振るフローリアに、ファースは再度頭を下げた。
そこで、ちょっとした問題が起こった。
これまで兄の陰に隠れて震えていた妹が、いきなり前に出てきて言ったのだ。
「あなた、失礼ではありませんか! なぜお兄様に対してそのような・・・・・・」
「ヘルダ!」
フローリアの口調に文句を付けようとしたヘルダを、ファースが少し大き目な声を上げて止めた。
ファースから怒鳴られるようにして言葉を止めさせられたヘルダは、キョトンとした表情になった。
「・・・・・・お兄様?」
「ああ、突然怒鳴ってしまってすまない。だが、仮にも助けてもらった相手に、失礼をしては駄目だよ」
そう言ってにこりと笑ったファースに、ヘルダはそれ以上何も言えずに黙り込んだ。
ファースが言った言葉は、単純にヘルダを諫めるためのものではない。
自分たちの正体を相手に知らせないようにするためだと、今になってヘルダも気付いたのだ。
この対応の差は、やはり七つ近く離れている年齢の差でもある。
その兄妹のやり取りを笑みを浮かべながら見ていたフローリアは、ここでふと思い出したように懐からある物を取り出した。
そのある物は、ハンカチのようになっている布とペン(筆)で、実際にはアイテムボックスに入っていた物だが、それを見せるわけにはいかず、あえて懐から取り出したように見せていた。
そのハンカチに、さらさらととある文章を書いたフローリアは、いまだ警戒を解いていないファースにひょいと投げた。
「・・・・・・これは?」
「なに。ちょっとしたお願いがあってな」
そのフローリアの言葉を聞いて、ファースはますます警戒を強めた。
それを見てクスリと笑ったフローリアは、さらに続けて言った。
「さほどもしないうちに、そなたたちの護衛が来るはずだ。その前に渡しておいた方がいいと思ってな。――そなたが少しでも私たちに感謝してくれるのであれば、それをとある人に渡してほしくてな」
「ある人?」
意味が分からずに首をかしげるファースに、フローリアは頷きながら言った。
「ああ。それはな――――」
続けて言われたその名前に、ファースは不思議と驚きが混じったような顔になった。
「助けられたのは事実ですからそれは構いませんが、それはきちんと私たちが家に着ければ、ですよ?」
「それはそうだ。最後まで油断はするべきではない」
きっちりと牽制をしてくるファースに、フローリアは頷きながらそう答えるのであった。
結局、フローリアの予想通り、ファースとヘルダの迎えは、十分もしないうちにやってきた。
その際に、フローリアとミアに対して疑いの視線を向けられたりもしたのだが、それは一部だけで最終的にはそれはなくなった。
結果、フローリアとミアは、後で謝礼が渡されるはずだという名目で、現在泊まっている宿を聞きだされて、無事にその場でその迎えから解放されることになったのである。
ファースとヘルダの正体については次話で。
・・・・・・え? もうわかっている?
それは言ってはなりません。まだ秘密です。




