(7)テンプレ
フロレス王国にとっての重要な都市のひとつであるアイリッシュの街は、単に都市だけが重きを置かれているわけではない。
国家の視点で見れば、むしろその都市を管理している領主が重要視されている。
理由は単純で、その町の領主がフロレス王国四公爵のうちのアイリッシュ家だからである。
早い話が、国家としての経済の一部だけではなく、政治の一部も握っているのがアイリッシュ家ということになる。
もっとも、そのどちらも握っているのは、アイリッシュ家だけではなく残りの三公爵家も同様なのだが。
とにかく、アイリッシュ公爵家はフロレス王国において非常に重要な立ち位置にいるということになる。
「――その、はずなんだがな・・・・・・」
「母上?」
ある一方向を見て呟いたフローリアを見て、ミアは首を傾げた。
フローリアの視線の先には、二十歳になる前くらいの青年とその妹と思われる少女がいた。
そのどちらも見目麗しいといわれるにふさわしい姿をしているが、ミアがそれに心を動かされるようなことはなかった。
そんなことよりも、ミアにとってはフローリアがその二人を気にしていることの方が重要である。
付け加えると、その二人が今にも悪い輩に連れていかれそうになっているということもだ。
フローリアとミアが今いるのは、町から少し離れた場所にある平原だった。
普通は、冒険者でもなければそんなところに来るようなことはない。
気まぐれでクラウンの依頼を受けて薬草を捜しに来たフローリアとミアのようなものでなければ、だ。
いってみれば、身なりのいい兄妹らしき二人も、それを取り囲んでいるらしい男たちも、どう見ても怪しいことこの上ない存在だった。
そんな怪しい者たちを見つけるなり、フローリアがため息をついたからこそ、ミアは厄介ごとの気配を感じ取っていた。
「――母上?」
考え事をしているらしいフローリアに、ミアがもう一度、今度は少し強めに呼び掛けた。
「・・・・・・いや、何でもない。どうせ無視することはできないのだから助けるとしよう」
「いいのですか?」
「今言ったとおりだ。ここで助けないのは、あまりにも薄情すぎるからな」
フローリアがはっきりとそう答えると、ミアは無言のまま頷いた。
男たちに絡まれている二人を助けること自体は、ミアにとってはむしろ当たり前のことだと考えている。
それよりも問題なのは、フローリアがそれ以上の厄介ごとだと認識しているらしいことだ。
ただ、どちらにしてもフローリアが助けると決めた以上、ミアとしては反対する理由はなくなった。
その結果として、ミアはちょうど隣を歩いていたネクとクロに、彼らの間に入るように指示を出すのであった。
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ファース・クルド・アイリッシュは、その時妹であるヘルダの手を引きながらどうするべきかと冷静に考えていた。
自分でも不思議だったが、なぜか焦りは全く浮かんでいなかった。
妹という足手まといを連れていて、自分では対処できないと理解できていても、である。
この日ファースは、妹のちょっとしたわがままに応えるべく、護衛たちの目を欺いて街の外へと出かけていた。
一応軍学校を卒業した身なので、近辺に出る魔物程度でやられるような鍛え方はしていない。
妹を守りながらちょっとした散歩をすることくらいは、簡単なことだと考えていた。
そのファースの甘い考えが裏切られたのは、街を出て十分も歩かないうちのことだった。
十人近い男たちが自分たちを追いかけてきたのだ。
最初は自分たちの命を狙っている暗殺者か何かかと思ったのだが、それにしては手ごたえがなさすぎる。
ただ、街のごろつきにしては腕がたちすぎているというのも問題だった。
妹の体力が尽きるまで走りながら何人かを倒すことはできたのだが、すでにその妹の足は完全に止まってしまっていた。
この期に及んでファースに焦りがないのは、何か予感めいたものが家を出るときからあったためかもしれない。
卑下た笑みを浮かべながら近づいてくる男たちを見ながら、ファースはおびえる妹を背後にかばった。
そして、いよいよ男たちが動こうとしたその瞬間、ファースも思ってもいなかったことが起こった。
「がっ・・・・・・!?」
ファースと妹を囲もうとしていた男の一人が、突然倒れ込んだのだ。
そして、そのすぐ後に、ファースと男たちの間に、二体の狼が割り込んできた。
「な、なんだ・・・・・・!?」
突然のその変化に男たちが驚くが、状況の変化についていけなかったのはファースも同じである。
現れた二体の狼はどこからどう見ても魔獣の類で、なぜ間に割って入ってきたかはわからない。
一応自分たちを守ってくれる態勢をとってはいるが、ファースは油断なくその狼たちの様子も見ていた。
ただ、狼たちは、間に入ってきただけで、それ以上のことは何もしようとしなかった。
男たちは男たちで、狼がどれくらいの強さかわからずに、攻めるタイミングを完全に失っていた。
そんな状態で数分が経過したところで、また状況に変化が現れた。
「――忙しそうなところすまないが、ここは引いてくれるとありがたいな」
そんなことを言いながら一人の女性が近づいてきた。
正確にはもう一人の女性が隣を歩いていたが、言葉を発することはなかったので、男たちとファース(とヘルダ)の注目は言葉を発した女性に集まった。
間に割って入ってきた二体の狼が、この女性によるものであることは、この場にいる全員が把握していた。
狼と違って話が通じる相手が来たことで気が緩んだのか、男たちのリーダーらしきものが女性――フローリアへと話しかけた。
「なんだ、てめえは?」
「何だと言われてもな。暴漢に坊ちゃん嬢ちゃんが襲われていたら、助けるのが普通だと思わないか?」
揶揄うようにそう言ったフローリアに、男は青筋を浮かべた。
気の弱いご婦人であれば、その顔を見ただけで倒れることもあっただろうが、残念ながらフローリアもミアもその程度のことで揺らぐような性格はしていない。
「出来ればけが人が出る前に引いてくれるとありがたいのだが? それとも、実力差が分からないほどの阿呆か?」
考助が聞いていればその口の悪さに目を見張っただろうが、ここにはいないので聞くことはない。
勿論、フローリアがそんな口の聞き方をしているのは、男たちを挑発するためにわざと行っている。
その結果、フローリアの挑発に見事に乗った男たちは、こらえきらずに動き出すことになった。
それが自分たちにとっての破滅になるとも知らずに。
不用意に護衛を撒いて家を抜け出した二人へのお説教は、また今度ですw




