(6)別れ
フロレス王国の王都から東側にあるアイリッシュの街は、王国内でも両手に数えることができる大きな街だ。
古くは隣国と王都の中央にある交易都市として栄えており、いまでは人、物が多く集まる王国の重要拠点としての役目も担っている。
現在のアイリッシュの繁栄が、代々統治してきた領主のおかげであることは、街の者たちも十分に理解している。
そのためか、街の中を賑やかにしている住人たちも、晴れやかな顔をして歩いていた。
その顔を見れば、街の統治に対して、小さな不満はあっても大きな不満にはつながっていないということがわかる。
街に入ってすぐに住人たちの顔に気付いたミアは、納得した顔で頷いた。
「なるほど。確かに良い街のようですね」
「だろう? それだけ領主様のことを信頼しているのさ」
ミアの言葉に満足げな顔で頷いたのは、一緒にクラウン支部に向かって歩いていたユゲットだった。
旅の間に聞いたのだが、彼女はこの街の出身者なのだ。
現在のフロレス王国におけるクラウンの広がりは、中核都市にまで及んでいる。
ただし、あるのは支部としての機能だけで、完全なカードを造るための神能刻印機までは置かれていない。
以前、セントラル大陸の東西南北にあった支部と同じような機能を持っているのだ。
それだけでも、なかなか他大陸に支部が増えることかなかった以前の状況と比べれば、大進歩と言っていい。
とにかく、商隊護衛の仕事を終えた冒険者一同は、クラウンに完了を知らせるため街にある支部へと向かっているのだ。
アイリッシュの街にあるクラウン支部は、ほかの冒険者ギルドと違って、街の端にある。
しかもその位置が領主館とは真逆の位置に置かれているいることから、どういった意図でそうなっていることは考えなくてもわかる。
いずれは置かれるはずの転移門のことを考えて、領主館とは距離を置いているのだ。
勿論それは、クラウン(かあるいは塔)と敵対したときに、攻め込まれることを警戒してのことである。
支部に向かって歩いていたフローリアとミアは、当然のようにそのことに気付いていた。
それは別に、アイリッシュの街だけが選択していることではない。
その手のことを考えておくことは、為政者としては当然のことなので、むしろ当たり前なのだ。
そんなことよりも、支部の建物の前に着いたフローリアは、感心した様子で頷いていた。
「ほう。随分と立派ではないか。ここの支部は最近できたばかりだと聞いていたが?」
思っていた以上の立派な建物に、フローリアがそう言うと、ユゲットは嬉しそうな顔になって頷いた。
「そうかい? なんでもクラウン支部ができると決まったときに、領主様が用意したらしいがね。実際、それだけ多くの冒険者も来るから、さすが領主だと皆が言っているな」
「なるほどな」
誇らしげな顔でそう言ってきたユゲットを見て、フローリアは二重の意味で頷いていた。
一つは言った内容そのものと、アイリッシュの領主がこの建物を用意した目的についてだ。
クラウンは、今や世界中に根を下す巨大組織になっている。
支部そのものは各国に片手で数えるほどでしかないが、それでもその数は膨大なものになる。
それらの支部に集まっている人や物、そして情報は、世界中のどこの国や組織にも当てはまらないほどなのだ。
そんな組織を街にとっては危険だからとはじいてしまえば、大きな波に乗り遅れてしまうことも考えられる。
ただ、だからと言って安易に受け入れてしまえば、その大きな波に飲み込まれてしまうこともあり得る。
そのため、最初から受け入れる器の大きさを見せておいて、同時に住人たちにも領主としての寛大さを見せるという目的があるのだ。
フローリアが見たところ、というよりもユゲットの反応を見る限りでは、領主のその思惑は上手くいっているようだった。
「まあ、支部の立派さは十分に見せてもらったから、さっさと完了処理をしてしまおうか」
フローリアがそう言うと、ほかの者たちも頷きながら支部の中へと入った。
アイリッシュの街にあるクラウン支部は、ほかの支部と変わっているようなところは何もなかった。
それは完了処理も同じで、無事にそれぞれのパーティが依頼分の金銭を手にすることができていた。
これで、アイリッシュの街に向かう護衛依頼は、完全に終了となった。
「私たちはしばらく休んでからここで依頼を受けるが、ふたりはどうするんだ?」
受け取った報酬の分配が終わったのか、ユゲットがフローリアとミアに近付いてきながらそう聞いてきた。
「今のところ予定は決まっていないが・・・・・・とりあえず、数日かけて街の中を見回ってみるつもりだ」
「そうか。・・・・・・それじゃあ元気で」
フローリアの言葉を聞いて頷くミアを見ながら、ユゲットは右手を挙げながらそう言ってきた。
それに応えるように、フローリアとミアは軽く頭を下げた。
「ああ。楽しい旅だったぞ」
「またどこかでお会い出来たらいいですね」
二人はそう答えてから何かを相談するようにお互いの顔を見合わせながら支部から出て行った。
勿論、そのあとにはクロとネクの狼コンビもついて行っている。
そして、それらを見送っていたユゲットは、後ろから聞こえてきた声に振り向いた。
「もう行ったのね」
ユゲットが振り返ると、そこにはララが少しだけ寂しそうな顔になって立っていた。
「・・・・・・ああ」
「よかったの? 仲間として誘おうと思っていたのじゃなかった?」
そう聞いてきたララに、ユゲットは首を左右に振った。
王都でフローリアとミアを見かけた時には、どこか常識外れに見える危うさを持っている二人を守るつもりで、勧誘をすることを考えていた。
ところが、旅をしていくうちに、常識はずれなところはあるが、それ以上に自分たちの手には負えないということも理解していった。
それは、会話の内容でもそうだし、魔物相手の戦闘を見てもわかることだった。
たとえ自分がパーティに勧誘したとしても、決して頷くことはないだろうということもだ。
フローリアとミアは、いい意味でユゲットの期待を裏切ったといえる。
「言ったところで無駄だろうさ。それはお前だって同じことを考えていただろう?」
「まあね」
ユゲットの言葉に、ララは肩をすくめながらそう答えた。
ユゲットが考えていたことは、ララに限らず他のパーティメンバーも同じように考えているはずだ。
そうでなければ、これまでの旅のどこかでパーティへの誘いをしていたはずである。
自分にむかって頷いてくるララに、ユゲットはさらに続けて言った。
「また会えるかどうかはわからないが・・・・・・次に会ったときには、もう少し対等に話ができるようになれればいいな」
「・・・・・・そうね」
完全に自分たちがあの二人よりも下だとみなしているユゲットに、ララは反発することなく素直にそう返すのであった。
出会いがあれば別れもある。
それが冒険者というものです。
(なんとなく言ってみたかったw)
 




