(20)旅の計画
考助が作った符は、しばらく一般には出さないようにした。
話し合いでは、大した影響はないだろうと結論付けられたが、以前から懸念されていたとおりに現人神が作った道具ということで、それ以上の発展がしなくなっては困るためだ。
ただし、折角作ったので、符は身内だけで使っていくことにした。
訓練場で符の実験が成功するところを見ていた者たちは、特に興味を示すことはなかったが、話を聞いた約一名が気にする様子を見せたのだ。
それが誰かといえば――――。
「父上、新しく作ったという符を見せてください」
風呂から上がってくつろぎスペースでのんびりしていた考助にそう言ってきたのは、ミアだった。
「うん? 構わないけれど、何に使うの?」
「いえ。以前から考えていたことがあるのですが、それに役に立つかと思いまして」
「ふーん? まあ、いいか。ちょっと待ってね。持ってくるから」
考助はそう言ってから研究室へと向かった。
実験用に二組作っていたが、成功したと分かったので、さらに数を増やしてあった。
ミアが欲しいというのであれば、渡してしまってもなんの問題もない。
研究室から戻った考助は、くつろぎスペースで待っていたミアに符を渡した。
「話を聞いた限りでは、三枚一組ですがそれで間違っていませんか?」
「そう。えーと・・・・・・これで一組だね」
考助は、ミアに渡した紙の束の中から三枚だけを抜いた。
その三枚と残っている符を見比べたミアは、一度頷いた。
「なるほど。わかりました」
三枚一組になっている符は、それぞれ違った文様や図形が書かれている。
ルカほどではないにしろ、きちんと魔法陣を習っていたミアには、その違いを見分けることができるのだ。
ミアに一通り符の使い方を教えた考助は、首を傾げながら聞いた。
「随分と熱心だけれど、そんなに使い道がある?」
「はい。前もって魔法を用意しておけるというのは、切り札の一つとしては十分すぎるほどに役に立ちますから」
「いや、そうだろうけれど、それって戦闘に関してだよね?」
ミアが言いたいことは考助にもわかっている。
考助が聞きたかったのは、そういうことではなく、ミアがそんな頻繁に戦闘状態になるとは思えないということだ。
塔の管理では、そんなに危険な階層にさえ行かなければ、ミア自身の戦闘力と眷属だけでも十分にやっていけるはずなのだ。
考助が聞きたいことが分かったのか、ミアは頷きながら答えた。
「ここにいる限りでは、確かに必要はないですね」
「うん? どういうこと?」
「いえ。まだ何も計画はしていないのですが、たまには旅をするのもいいかと思いまして」
予想外のミアの言葉に、考助はキョトンとした顔になった。
基本的にミアは、塔の管理をするために引きこもっていて表に出ることはない。
ミクが大きくなってからは表舞台に出ることも増えていたが、今はミクが学生になっているので、ほとんど出番がない状態だ。
そんなミアが、旅行に出たいと言い出すのは、考助もほとんどはじめて聞いたような気がする言葉だった。
一瞬言われた意味が分からずキョトンとしてしまった考助だったが、すぐに真顔になって頷いた。
「なるほど。それはいいかもしれないね」
引きこもりのミアが、自ら外に出て旅をしたいと言い出したのだ。
考助としては、喜びはしても止めるようなことをする気はない。
その考助にミアが何かを言うよりも早く、少し離れたところにいたフローリアが混じってきた。
「中々面白そうな話をしているな」
「え、母上」
「こら。え、とはなんだ。え、とは」
思わずといった様子で口元を押えるミアを、フローリアが少しだけ笑いながら睨んだ。
勿論怒っているわけではなく、からかってやろうという気が満々なのがわかったので、考助は傍観者として徹することにした。
考助からの助けを早々に諦めたミアは、首を振りながら答えた。
「特に深い意味はありません。思わず出てしまっただけで」
「ふむ。思わず、か。――まあ、いい。それよりも、旅はどこに行くとか決めていないと言ったな」
ミアの態度を見て、からかうのをやめたフローリアは、改めて元の話に戻すことにした。
「ええ。決めていませんが?」
「そうか。だったら、一緒にフロレス王国にでも行ってみないか? ついでに父上母上に会えれば、ふたりとも喜ぶだろう」
「え。母上も、ですか?」
ミアは、フローリアの言葉に、予想外のことを言われたという様子で驚きを示した。
そんなミアを見て、フローリアは小さく笑いながら続けた。
「そうだ。たまには――というか、初めてのことになるか。母娘だけで旅というのもいいと思わないか?」
「私は別に構いませんが・・・・・・」
ミアはそう言いながら、ちらりと考助を見た。
もしフローリアと一緒に旅をするのであれば、考助もついてくるのではと考えたのだ。
ミアの視線を受けて、考助は首を左右に振った。
「折角なんだから、ふたりだけで楽しんでくればいいんじゃない?」
「そうだな。考助が混ざると何が起こるかわからないからな」
そう混ぜっ返してきたフローリアに、考助は敢えて乗っかることにした。
どうせだったら勢いで誤魔化して、フローリアとミアの旅を決まったことにしてしまおうと考えたのだ。
「あ、ひどい。でも、そこまでいうんだったら、やっぱりふたりだけで行ってくるといい」
わざとらしく拗ねた様子を見せる考助を見て、フローリアはニヤリと笑いながらミアを見た。
「だ、そうだ。で、どうするんだ?」
見事なまでの(?)考助とフローリアの連携プレイに、ミアはため息をついた。
「わかりました。母上と二人で旅をしてきます」
「そう。それはよかった」
何が良かったのか分からないが、考助はミアに何かを言われる前にそう言った。
折角ミアが行く気になってくれたのだから、この機会を逃すつもりはない。
その考助の勢いに押されてか、場の雰囲気にのまれてか、ミアは反論する気力もない様子になっていた。
気楽に一人旅でもと考えていたのだが、それを許してくれるほど甘い両親ではなかったと再認識したのだ。
結局、この数日後に、フローリアとミアは、管理層から転移門を使ってフロレス王国へと旅立つことになるのであった。
旅といっても考助ではありませんでしたw
これにて第13部第8章は終わりです。
次は閑章的に、フローリアとミアの旅の話を書きます。
(たぶん、長くても10話くらい?)




