(15)魔道具の行方
トビに魔道具を渡した翌日、研究室から出てきた考助に、フローリアはきちんと説明を行っていた。
「――というわけで、トビに渡してしまった。すまないが、事後報告になってしまった」
「いや、それは別にいいよ。というよりも、フローリアに渡した物なんだから、好きに使えばいいし」
フローリアがトビに渡したあの魔道具は、魔法陣の教材として彼女自身が預かっていたものだ。
考助としてはすでにフローリアにあげた物として考えていたので、自由にしてもらっても構わないと考えていた。
その考助に、フローリアが少しだけ考えるような顔になって言った。
「そう言ってもらえるとありがたいが、先のことを考えるとな」
「ああ、他人の手に渡ったらどうなるかってこと?」
考助がそう聞くと、フローリアは無言のまま頷いた。
「それだったらあまり心配しなくていいと思うよ。あれ、神力を使っているからそうそう簡単に再現できるものじゃないし」
「ほう? そうなのか?」
「実はそうなんだよね。だから、神力のことがある程度分かっていないと、分析するのも難しいと思うよ」
考助はそう言いながら少しだけため息をついた。
神力については、未だによくわからない、もしくは神だけが使える力というのが、一般的な考え方である。
実際には、考助の作った魔道具が出回ることにより知らずに神力が使われているといったこともあるのだが、そこは『現人神が作った道具』ということで理解されているのだ。
こうしたことも、最近の考助がなるべく自分の名前を出して魔道具を売り出そうとしないことの要因のひとつとなっている。
ここで、考助とフローリアの話を横で聞いていたシルヴィアが、口を挟んできた。
「トビが使い終わった場合はどうするのですか?」
「うーん。まあ、あえて回収する必要もないと思うけれどね。今後どう使うかはトビに任せていいんじゃない?」
「そうですか。でしたら、トワにも口出しをさせないということでいいのですね?」
そのシルヴィアの問いかけで、考助はようやく彼女が何を聞きたいのかを察した。
シルヴィアは、考助が作った魔法陣を学ぶための道具が今後どういう道をたどっていくのかを気にしているのだ。
それは単にトビが使った後のことだけではなく、そのあとの長い時のことを含めてのことだ。
「まあ、それでいいんじゃない? あれは、あくまでもおもちゃの類だし。もし、研究が進んで似たような道具を作れるならそれに越したことはないからね」
考助は、自分が作った物として、直接名前が出ることを回避しようとしているのであって、魔道具の研究が進むこと自体は、むしろ推奨している。
そのために、自分が作った道具が使われるのであれば、それはそれで構わないのだ。
作った物がもっと実用的なものであればこれほど軽くは扱わなかっただろうが、考助が言った通り、トビに渡した魔道具はあくまでも玩具の類だと考えている。
それであれば、それこそ持っている当人に好きにしてもらっていいというのが、考助の考えだった。
すでに考助の中では、どうでもいい――とまではいかないまでも、ほとんど気にしていない様子に、今度はフローリアが首を傾げた。
「随分とあっさりとしているな。もっとこだわっていると思ったが」
「うーん。別にこだわっていないわけじゃないけれどね。どちらかといえば、トビがあれをどう扱っていくのか、それのほうが気になるというところかな」
「なるほど」
考助の答えに、フローリアは納得した顔で頷いた。
いま考助が言ったことは、トビに渡すときにフローリアが考えていたことでもあった。
やはりトビは、トワたちと比べると直接の繋がりは薄れている。
それを考えると、考助の神としての象徴ともいえる魔道具の扱いで、トビがどう考えているか読めるだろうという思惑もあるのだ。
魔道具をぞんざいに扱えば、トビの時はなかったとしても、その子供、さらにその子供と時代が進んでいくと、考助の扱いもぞんざいになる可能性もあり得る。
それを見るための指針として、国としての直接の利益にはならない道具を渡しておくのは、いいだろうと考えたのだ。
そんな考助とフローリアを見て、シルヴィアがさらに聞いてきた。
「今後は、トビに魔道具を渡したりはされるのですか?」
シルヴィアのその問いに、考助は腕を組んで少しだけ考えてから答えた。
「うーん。どうだろう。物によるとしか答えようがないと思うよ」
「そうだな。それに、そもそもラゼクアマミヤには、すでに渡してある道具も多々あるから、今更といえば今更だ」
フローリアが女王だった時代、考助はいくつかの魔道具を作って渡してある。
それらは、フローリアが回収したわけではなく、今でもトワが使っているはずだ。
それらの道具は、ラゼクアマミヤが他の国とは違って、考助に認められた証拠として今後は扱われて行く可能性もある。
シルヴィアが気にしているのは、それを含めて今後どうして行くのかということだ。
「そうですか」
「まあ、今から気にしても仕方ないとは思うけれどね。要は、血の繋がりだけが残って、単に利用されるだけになることを気にしているんだよね?」
「えーと。・・・・・・はい。はっきり言ってしまえば」
一瞬言いよどんだシルヴィアだったが、すぐに素直に頷いた。
そんなシルヴィアに、フローリアは苦笑を返した。
「気にしすぎだと思うけど。いくら血のつながりがあったとしても、向こうがぞんざいに扱えばそれなりの扱いにはなるよ」
「そうだな。そもそも王族というのは、血のつながりを気にしているようで、時にはあっさりと切るときは切るからな」
なんとも冷たい言い方だが、フローリアの言葉は正鵠を射ていた。
王家同士のつながりを得るために、他国に王女を嫁がせることは、それこそ王家の外交のひとつだ。
ただ、その王女を嫁がせた国に、軍を使って攻め込むということも、普通にあり得るのが王家のというよりも、国の外交なのである。
フローリアの言葉に、シルヴィアは頷いてから言った。
「フローリアのことは心配していません。ですが・・・・・・」
シルヴィアはそう言いながら考助を見た。
いざという時、血のつながりがあるからといってそれだけで手を差し伸べそうなのが考助だというのが、シルヴィアの評価なのだ。
そんなシルヴィアに、フローリアが苦笑をして見せた。
「まあ、言いたいことは分かるがな。それは、それこそその時になってみないと分からないだろう? 今から心配しても仕方ないと思うぞ?」
シルヴィアが心配しているのは、いざという時に裏切られることになる考助のことだと察して、フローリアがそう言った。
「それに、もしそんなことになれば、黙っていないのが、ふたりいるだろう」
フローリアはそう付け加えてから、当然のように考助の後ろに控えていたコウヒとミツキを見た。
もっとも、それもシルヴィアの心配事のひとつだったりするのだが、それこそフローリアが言ったとおりに、今からそんな心配をしても仕方ない。
そもそも、考助に限らず、ほかの神々に対して人々が行ってきたことと同じようなことだ。
考助は、そうしたことを何度か見てきているのだから、実感として理解できている。
あとは、変なことに巻き込まれないように、周囲にいる者たちが目を配ることが重要だろう。
そのことは、シルヴィアとフローリアも十分に理解できているのであった。
魔道具に絡めて今後のことについて、トビが成長してきたので、いろいろと思うことはあります。
トワの血族が、今後馬鹿な真似をしないように願うばかりです。




