(8)眷属の扱い
ナナが子狼を五体ほど連れて管理層にきていた。
最近のナナは、何故かはわからないが、考助が管理層にいる隙を狙って子供たちを連れてきている。
ワンリを通して聞けば理由も教えてくれるかもしれないが、考助は敢えてそれを聞いていなかった。
必要なことであれば、ナナから教えてくれるとわかっているためだ。
それに、小さな狼たちがコロコロと動き回っているのを見ているだけでも楽しくなってくる。
女性陣にも受けがいいので、わざわざ余計なことをしてナナが止めてしまうのを警戒(?)しているということもある。
ナナがいるせいか、子狼たちは安心しきって辺りを動き回っている。
最初のうちは警戒するように匂いを嗅いだりしているのだが、徐々にその警戒がほぐれていくのを見るのも楽しい。
普通は親狼の元を離れるようなことはしないはずなのだが、そこはナナがいるせいか子狼たちは全く不安にもなっていないようだった。
それらの光景を、何をするでもなく見ていたフローリアが、一度頷きながら言った。
「――うむ。いつ見ても可愛らしくていいな」
「そうだねえ」
まったくもって同感なので、考助ものんびりと肯定した。
この光景を見て否定的なことを言うのは、もともと狼や動物が嫌いな者か、心がひねくれている者くらいだろう。
そう思わせられるほどの可愛さが、子狼たちにはあった。
いつまでも見ていたいと思わせる光景だったが、この日は別の乱入者が現れた。
「父上、連れてきましたよ~」
ミアがそう言いながらリトルアマミヤから二体の狼を連れてきたのだ。
以前からミアは、リトルアマミヤで育てている眷属を外に出したいと言っていた。
今回のこれは、そのデビュー戦(?)ということになる。
ナナが子狼たちを連れてきたのをみて、それに触発されたともいえなくはないが、考助は敢えてそこは突っ込んでいない。
そんな事情はともかくとして、考助がミアの眷属に注目するよりも先に、それぞれの狼がお互いに気付き合っていた。
最初のうちは緊張感を伴っていたが、いるのが子狼ということもあってか、すぐにミアが連れてきた二体の狼の緊張が解けたように近寄ってきた。
ただし、当然と言うべきか、ナナへ注意を外さないようにしているように見えるのは、流石というべきだろう。
それらの二体の様子を見て、ミアが首筋を撫でながら言った。
「君たちは賢いから大丈夫だと思いますが、ナナには逆らったら駄目ですよ」
ミアがそう言うと、ナナが抗議するように小さく「バフ」といった。
子狼たちはその声に慣れているのか、特に反応は示さなかったが、ミアの狼は小さくビクリとしていた。
それを見ていれば、狼たちにとってはナナが大きくなっていようが、通常の大きさだろうが、その実力をしっかりと見極めていることが分かる。
ミアの狼たちがいることにそろそろ皆が慣れてきたその頃になって、ちょっとした事件が起こった。
それが起こったのは、大人しいナナの存在に空気が弛緩してきた時だった。
「あ、まずいかも」
考助がそれに気づいてすぐに声を上げるのとほぼ同時に、ミアの狼が少しだけふざけた様子で、子狼に向かって大きな口を開けたのだ。
狼にとっては悪戯の一種だったのかもしれないが、その口を向けられた子狼は少し怯えた様子で、尻尾を丸くしていた。
それと同時にナナが、その狼に向かって、
「グルル」
と考助でも中々聞いたことのない声を上げたのである。
そして、それを聞いたその狼は、
「キャフ・・・・・・」
と怯えたような声を上げて、ナナから見えないように、ミアの後ろに隠れてしまった。
その一連のやり取りを見ていたミアは、戸惑った様子で考助を見てきた。
その顔は、自分の狼が悪いことは分かっているので、どう対応すればいいのか分からないといっている。
「あー、うん。まあ、狼同士のやりとりだから、とりあえずは自然に任せておいたほうが良いと思うよ。ナナも教育的指導をしただけで、本気で怒ったわけじゃないし」
それくらいのことは、ナナを見ていれば考助にもわかる。
現にナナは、短く唸ったあとは、考助に背中を撫でさせたまま特に気にした様子もなく目を閉じて気持ちよさそうにしている。
先ほどのことなど、既に忘れてしまったと言わんばかりの態度に、ミアはホッとした様子で未だ自分の後ろに隠れている狼の背を撫でた。
「気にしなくていいって。でも、相手は子供なんだから、気を付けないと」
ミアがそう言うと、その狼は反省したように「クーン」と鳴きながら子狼に近寄って行った。
そして、ごめんと謝るように、子狼に向かって鼻先でつつき始めた。
子狼は、先ほどのことなどすっかり忘れているのか、楽しそうにキャンキャンと鳴き始めている。
ナナは、それに気づいているのだろうが、吾関せずという態度をとったままだ。
そんなちょっとした騒動(?)がありつつも、その後は平和な光景が繰り広げられていた。
「ふう。最初はどうなるかと思いましたが、どうにかなりそうですね」
ミアがそう言うと、考助がちょっとだけ笑いながら答えた。
「まあ、そうだね。でも、今はまだ緊張感を持っているからいいけれど、本格的に慣れてきたらまた危なくなってくると思うよ」
「それは、経験則ですか?」
ミアがそう問いかけると、考助は苦笑しながら頷いた。
「まあね。同じ狼の眷属同士でもそうなんだから、違う眷属だとなおさらそうなると思うよ。特に、僕とミアの仲が悪いようなところは見せられないだろうなあ」
下手に喧嘩しているところを眷属に見せると、その眷属同士での喧嘩になることもあり得る。
実際にそんなことが起こってしまうと、大けがだけでは済まない事態というのも起こり得るだろう。
それを説明した考助は、ミアを見ながら続けた。
「――まあ、そういうわけだから、眷属を連れてくるときは喧嘩していないときにしたほうが良いよ」
「わかりました。気を付けます」
考助からの忠告に、ミアは真剣な顔で頷いた。
考助とミアは仲がいい親子だが、だからといって、全く喧嘩をしないというわけではない。
もっとも、そんなときは、考助もミアもお互いに近付こうとしないので、眷属同士がかち合うこともほとんどないはずである。
そもそも、ミアがそんな状況で眷属をアマミヤの塔に連れてくるはずもない。
考助もそれを理解したうえで、一応の忠告をしたというわけだ。
眷属とはいっても、元は戦闘能力をもつ魔物であることには違いないので、不測の事態になる可能性もあり得る。
それゆえに、その扱いは気を使わなければならないと、考助は経験則から良く知っているのであった。




