(14)収穫なし
考助が結界の中を進むと決断してから小一時間ほどが経った。
その間、考助たちは順調に森の中を進んでいたのだが、そのあたりで状況に変化が訪れた。
そのことに最初に気付いたのは、当然というべきか、森に詳しいコレットだった。
「――いるわね」
たったその一言で、考助たちはコレットが何をいいたいのか察した。
この森に住んでいるはずのエルフが、考助たちが結界に入ってきたことに気付いて、先触れを出してきたのだ。
一度その場で立ち止まった考助は、コレットを見ながら聞いた。
「一応聞くけれど、目的はわかる?」
「まあ、監視か警告か・・・・・・さすがにいきなり矢を放ってくるなんてことはないと思うわ」
「ああ、そうか。もしそうなったらさっさと逃げよう」
警告のつもりではあっても、いきなり出会った人物に弓を放つような場合は、絶対に里への侵入を拒んでいると考えたほうがいい。
たとえそれが誤解であったとしても、そこまでされて里に入るつもりは考助にはなかった。
相手が攻撃後、即撤退と決めた考助に、他の面々も同意していた。
彼女たちもこの森にエルフの里があるとわかっているからこそ行くのであって、その里から歓迎されていないとわかれば、無理に入るつもりはない。
既に以前のやりとりでその意思は決まっていたので、考助の言い分には何の問題もなかった。
考助たちがその場で立ち止まって軽く話をしていると、コレットが見つけた者たちは確実に距離を詰めてきていた。
既にお互いが視認できる場所にまで近づいていて、里の住人と思われるエルフたちが数人、弓に手を掛けているのが分かった。
一方で、考助たちは平常通りに森の奥へと歩き始めた。
一応、まだエルフには気付いていない体を装っている。
もっとも、コレットがいる以上、あまり意味があるとはいえないが、何もしないでただ近付くよりは対応がしやすい。
何ともいえない緊張感の下、弓の射程にはとっくに入り、大声を出せば声が届く距離にまで近付いた。
そこで、近付いて来ていたエルフが、弓を構えながら言葉を発して来た。
「そこで止まれ! ここで何をしている!」
相手が弓を構えているが、考助たちはいつも通りのままだった。
今の距離であれば、妖精なり魔法(聖法)なりを使って、容易に狙いを外すことが出来る。
相手は確実に仕留められる距離と思っているだろうが、考助たちにとっては、逃げるだけならすぐに逃げられる位置でもあるのだ。
弓を構えているエルフの言葉に従ってその場に停まった考助は、コレットに目配せをした。
この場合は、同じエルフであるコレットに任せたほうが良いと考えてのことだ。
勿論、コレットもそうなることが分かっていたので、一度頷いてから一歩前に出た。
両手は、なにも持っていないことを示すために、手のひらを相手に向けたままわずかに上げている。
その仕草のお陰かどうかは分からないが、相手もいきなり弓を射って来るようなことはしなかった。
それに安心したコレットは、大きめの声で話し始めた。
「私たちは神樹を求めて来たのよ! 特に里に何かしようと思っているわけではないわ!」
コレットのその答えを聞いたエルフたちは、こそこそと何かを相談し始めた。
そのエルフたちにとっても、神樹に用があるといったコレットの言葉は、意外だったのだ。
エルフであるコレットがいる以上、神樹のことは知っていても不思議ではないが、何をしようとしているかまでは分からない。
コレットも相手の戸惑いが理解できるので、ここで余計なことはしないし、言わない。
その意図が通じているのか、今度は里のエルフが風に声を乗せて話しかけてきた。
「お前もエルフであるならこの技が使えるであろう? ――神樹を見つけて何をするつもりだ?」
「特に変わったことはしようとしていないわよ。もし得られるなら枝の一本でももらって、植樹をしようとしているだけ」
「植樹? 神樹をか?」
コレットの答えが意外すぎたのか、相手のエルフが意表を突かれたという声を出していた。
その気持ちはよくわかるだけに、コレットは敢えて真面目な顔を作って頷いた。
「そうよ。ここにはご神木様がいらっしゃるのでしょう? だから、もしかしたら神樹もあるかも知れないと思ったのよ。無駄に里を騒がせるつもりはないわ」
ご神木様というのは、エルフたちの間では世界樹のことを指している。
コレットの言葉に、今度は相手の男エルフも即答をして来た。
「残念ながらこの森に神樹があると聞いたことはないな。それは俺だけではなく、仲間も同じだ」
「そう。それならいいのよ。それ以上の用事はこの森にはないから、もう引き上げるわ」
あっさりとコレットがそう宣言すると、相手のエルフたちは少しだけ騒めいた。
「・・・・・・本当か? だまして引き返してくるという事はないだろうな?」
そう言ってきた相手に、コレットは肩を竦めながら応じた。
「そんなつもりはない・・・・・・といいたいところだけれど、貴方たちは信じないでしょう? だったら貴方たちはそこから動かないで、私たちが戻るところを見ていればいいわ」
そんなことをすれば、弓を構えている相手に背中を向けることになるのだが、敢えてコレットはそう言った。
勿論その言葉には、それくらいのことで自分たちが傷つけられるはずがないという自信が含まれている。
考助たちは完全にコレットに話をするのをまかせているので、今まで一度も言葉を発していない。
このまま戻ることになったとしても、神樹が無いとわかっているので、なんの問題もない。
そんな考助たちを見回しながら男エルフが返してきた。
「――いいだろう。もし、振り返って少しでも戻るそぶりを見せたら、すぐにこの矢を放つからな」
「そんなことはしないわよ」
それ以上はなにを言っても無駄だとわかっているので、コレットはそれだけを返して踵を返した。
これ以上ここに居ても相手を刺激するだけなので、無駄に長居をするつもりはないのだ。
コレットの言葉に従って、考助たちも特に振り返ることなく来た道を戻り始めた。
相手のエルフも約束を守ってくれたのか、矢を放ってくることはなかった。
「ごめん。結局こうなったわ」
途中でそう謝ってきたコレットに、考助が右手を軽く振った。
「気にしない気にしない。結構向こうが頑なな態度だったからね。下手につつかないほうが良いと、僕も思っていたよ」
考助がそう言うと、シルヴィアとフローリアも頷いていた。
この場にいる者で、コレットの判断に反対する者はいないかった。
それくらいに、相手のエルフは拒絶の意思を示していたのだ。
コレットが言っていた通り、神樹が無いとわかっただけでも十分な収穫だった。
勿論、相手が嘘とついている可能性もあるが、それを言ってしまえばきりがなくなる。
その気になればエセナに頼んで、この結界を作っている世界樹に連絡を取っても貰うこともできるはずだが、考助はその方法はとらなかった。
無理に里を騒がせるつもりはないというコレットの言葉は、嘘偽りがないものだったのだ。
とにかく、その後は何事もなく結界を出た考助たちは、コーたちを呼び出して浮遊島へと戻るのであった。
エルフの森、拒絶パターンでした。




