(7)結界の仕組み
考助は、突然立ち止まって辺りを見回し始めたシルヴィアを見て、彼女が何かに気付いたことがわかった。
「シルヴィア、どうかした?」
「え、はい。ちょっと・・・・・・」
そう言いながら何本かの木を指して、やっぱりと呟いた。
「この辺りだけかもしれませんが、木がそれぞれ正三角形で繋がっていませんか?」
「なに?」
シルヴィアの言葉に、フローリアが驚きを示した。
考助は、それどころではない様子で、慌てて周囲にある木を確認し始めている。
辺りの木を確認し終えた考助は、そのまま何かを考えるように、先ほどまでいた森(結界)の中心に向かって歩き始めた。
その様子を見れば、いつものように考えに集中していて周囲が見えていないことは、すぐにわかった。
フローリアは、一度シルヴィアを見て肩を竦めてから考助の後を追う。
勿論、シルヴィアもそれについて行っている。
こうなったときの考助に話しかけても碌な答えが返ってこないことは分かり切っているので、それについていくのはいつものことなのだ。
そうして結界の中心に着いた考助は、そこに立ってまた森の中を見回し始めた。
そんなことを数分していたかと思えば、次の時には目を閉じてなにかを感じ取るような表情になる。
それらの行為を見れば、考助が答えに近付いていることはすぐにわかった。
先ほどのシルヴィアの言葉から、何が分かったのだろうと、シルヴィアもフローリアも揃ってその場で考え始めていた。
結局考助は、数十分ほどかかって本来の顔に戻っていた。
「何かわかりましたか?」
どこかスッキリしたような顔になっている考助に、シルヴィアがそう聞いてきた。
ちなみに、この時点でシルヴィアもフローリアも答えはわかっていない。
問いかけられた考助は、シルヴィアに向かって頷きながら答えた。
「うん。まあ、なんというか・・・・・・自然の神秘ってやっぱりすごいな、ってところかな?」
まるで答えになっていない考助の言葉に、さすがにシルヴィアもフローリアも同時に首を傾げた。
自然の驚異は塔の中にいても、というよりも塔の管理をしているからこそ普通より感じているが、今はそう言う意味で言っているわけではないことは分かる。
逆にだからこそ、考助の言葉の意味が分からなかったのだ。
その二人に向かって考助は、感嘆したままの様子で続けた。
「この森、木々が三角形に生えていることで、自然の形で魔法陣を作っているんだよ。しかも、ランダムに生えているようで、きちんと規則的になっているし。たとえば、あの木を見て」
考助はそう言いながら先ほどのシルヴィアのように、三つの木を指した。
「あの三本は三つの同じ木で三角形を作っているけれど、よく見ると六つ同じようにあるよね?」
「あ、本当だな。・・・・・・六芒星か」
「そうだね。でもそれだけじゃなくて、それらの木の中には別の木もあって、それが重なるようにしてまた別の六芒星を作っているのは、わかる?」
考助がそう言うと、シルヴィアとフローリアは慌てて他の木を見始めた。
ちなみに、この時点で、コウヒとミツキは考助が何をいいたいのか理解して、感心したような表情になっている。
二つ目めの六芒星を作っている木々を指した考助の指先を追っていたフローリアが、アッという顔になって頷いた。
「確かに、そうなっているな。木の種類が違っていて気付きにくいが」
「まあ、それも結界の隠蔽をするのに役立っているのかな? まあ、それはともかく、こうやっていくつもの魔法陣のような形を木が作ることによって、この森の結界ができているんだと思うよ」
「はあ~。これは素晴らしいですね」
考助の言いたいことを理解できたシルヴィアが、感嘆の声を上げていた。
勿論、フローリアも理屈が分かっていて、驚いていないわけではない。
ただ、別に疑問が湧いてきて、考助に質問をした。
「先ほどからの話を聞く限りでは、ただの偶然で出来たように聞こえるが?」
例えば世界樹があるエルフの森のように、世界樹が中心となって作り上げているのは、必然によってできている結界がある森といえる。
ところが、考助が先ほどから説明をしているのは、あくまでも自然によってできたものだと言っているようにしか聞こえなかったのだ。
「うん、その通り。この森は、自然の偶然と必然が積み重なってできた結界によって守られているんだよ」
どうだ凄いだろうと言わんばかりに両手を広げてそう言った考助を見て、フローリアは少しだけ驚いたような顔になった。
先ほどから考助とシルヴィアが驚いている意味が、本当の意味で理解できたのだ。
たった一つの六芒星では、この森にある結界を形作るのは不可能だ。
ただし、森全体にいくつもの結界が折り重なってできれば、不可能なことも可能になる。
一つ一つは小さな意味しかない魔法陣も多数が集まって複雑に重なり合った結果、この森にある結界が出来上がっているのだ。
木々がそうした配置になっているのが、必然なのか偶然なのかは、考助にも分からない。
恐らく、今の配置が必然になるように、長い年月をかけて今ある形になっているのではないかと想像するだけだ。
人の手を入れて作ろうとしても出来ないだろう自然の神秘の結果に、考助たちはしばらくの間見惚れていた。
やがて、フローリアが思い出したような顔になって言った。
「――そういえば、ここには神樹はないと考えていいのか?」
その問いに、考助は肩を竦めながら答えた。
「さあ? とりあえず、神樹があったとしても、結界には関わっていないという事だけはわかったかな?」
「そうなのか?」
「うん。この結界の作りからいって、特別に秀でた存在の木があるとは思えないから。・・・・・・いや敢えていえば、結界の中にある全部の木が神樹といえるのかな?」
神樹の定義が、他の木々とは違った大きな役目を果たしているということになるのであれば、これだけの結界を作り上げている木々は神樹といえる。
だが、それらの木そのものには、特別な力が宿っているというわけではない。
塔の機能を使って、この森にある木々を数センチの狂いもなく、同じようにすべて配置することが出来れば、全く同じ結界を作ることが出来るだろう。
だが、そんなことはいかに考助といえども不可能といえる。
だからこそ考助は、これほどまでに感動しているのだ。
考助の説明に、フローリアが納得の顔で頷きながら言った。
「なるほどな。ということは、この森では、塔に役に立ちそうなものは何もないという事でいいのか?」
「まあ、敢えて言うならこの森を見れたこと自体が収穫といえば収穫だけれど・・・・・・直接的な成果はなにもなさそうだね」
考助がそう答えると、シルヴィアとフローリアはなるほどと頷いた。
残念だと思う気持ちが無いわけではないが、それ以上に良いものを見ることができたという気分が残されているのだ。
結局、考助の言葉通り、この森では今回以上のものを見つけることはできなかった。
ただし、考助たちから話を聞いたコレットが、実際に自分の目で見たいと言い出していた。
ついでに、コレットから話を聞いたエセナが、なぜ自分を呼んでくれなかったのかとむくれたりもしていたのだが、それはまた別の話である。
答え:偶然と必然が生んだ自然の神秘でした。




