(20)期待のテイマー
アマミヤの塔第五層にある『一期一会』は、クラウン直営の酒場だ。
同じような店で、本部に直結して運営されている料理屋があるが、そちらは酒の飲めない者たちも利用することもあり、少しだけ性質が違っている。
何よりも『一期一会』は、お酒がメインの酒場(?)で、利用者のほとんどが冒険者になっている。
そして、営業している時間は夜で、完全にターゲットを絞っているのだ。
なぜクラウン直営でそんな酒場を運営するのかといえば、ひとえに冒険者たちが情報収集のために利用を見込んでのことだ。
付け加えると、この酒場は多くの冒険者が利用できるようにと運営されており、会計時にクラウンカードを出すと割引するという制度があったりする。
そうした理由から、この日も『一期一会』の店内は、冒険者たちで盛況だった。
中には、姐さんと呼ばれても違和感のないような女性冒険者も何人か存在している。
そんな『一期一会』に、店内の冒険者たちの視線を集めるようなお客が来たのは、開店してから一時間ほどが経ってからのことだった。
ひとりの男性とふたりの女性、そして一体の狼の従魔を連れたその客が店内に入ったとき、一瞬だけ騒めきが静まり返った。
そして、その次には、別の意味で店内が騒めきだした。
その騒めきが、これまでの雑多な情報ではなく、店内に入って来た者たちに関するものであることは、皆が認識していた。
それほどまでに冒険者たちが店内に入って来た三人(プラス一体)の冒険者に注目したのは、なんのことはない。
二人の女性が、とんでもなく美人だったためだ。
その二人の女性冒険者が、店内にいた男性冒険者だけではなく、女性冒険者からも注目されることになったのが、業の深さを示している。
それほどまでの美人が冒険者として活動していれば、普段から注目を集めないはずが無く、新しく塔に来た冒険者だという事は、店内の冒険者の一致した意見だった。
もっとも、その認識は間違いなのだが、店内に入って来た冒険者たちは、最後までそれを肯定も否定もしなかったのである。
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『一期一会』の店内に入って注目を集めた考助は、内心で「おお、流石」と考えていた。
これらの視線が、自分へのものではなく、二人の女性に対するものだということは、ちゃんと理解している。
そのふたりの女性――シルヴィアとミツキは、内心はともかく、その顔に笑顔を浮かべていた。
ミツキはともかく、シルヴィアがこうした視線を受けても、まったく動じなくなっているのは、間違いなくフローリアと共に王城内で表立って活動をしていたためだ。
店内の冒険者たちの注目を集めながら、考助たちは空いていたテーブル席へと座った。
考助たちが『一期一会』に来たのは、別にここで食事をするためではないが、さすがになんの注文もせずに出ていくつもりはない。
それに、クラウン直営だけあって、料理の味も悪くないことは分かっているので、それを確認しにきたということもある。
注文したものがテーブルに届くころには、店内の騒めきもある程度落ち着きを取り戻していた。
一部の男性冒険者が、お前行けよなどと言っていたりもしていたが、それは考助たちにとっては予想の範囲内である。
「うん。やっぱりさすがだね」
「私だけではなく、ミツキさんがいるお陰だと思うのですが・・・・・・」
いつもであれば否定するはずのシルヴィアが、敢えてそんなことを言ってきた。
それはこうなるだろうと予想したうえで、あらかじめ決めてあったからだ。
それに、シルヴィアよりもミツキのほうが一段上にいるのは、紛れもなく事実である。
もっとも、個人の好みの問題でシルヴィアのほうがいいという男性は、必ずいるのだが。
それはともかく、今回考助たちがわざわざ『一期一会』に来たのは、冒険者たちにシルヴィアとミツキを見せるためではない。
その本来の目的は、考助たちが料理を半分ほど食べ進めた時に、自ら歩いて店内に入って来た。
その人物は、店内に入って一度店の中を見渡してから、すぐに驚いたような顔になった。
そして、真っ直ぐに考助たちのいるテーブルへと近付いて来た。
その人物の後には、猫科の従魔が一体付いて来ている。
「随分と珍しい従魔ですね。狼タイプですか」
まったく物おじすることなく、さらにシルヴィアやミツキには一切目もくれず、一体の従魔を連れたその人物は、まっすぐにナナを見てそう言ってきた。
人好きがしそうな笑顔を浮かべながらそう言ってきたその人物――テッドは、考助が止める間もなくナナに向かって手を伸ばそうとして、
「グルルル」
ナナが唸るのを見て、少し驚いたように手をひっこめた。
「いや、すいません。少し不用意すぎましたね」
テッドは相変わらず笑顔を浮かべながらそう言ってきたが、考助は彼がナナに唸られた瞬間、一瞬顔をゆがませたのを見逃さなかった。
それはごくごくわずかな時間だったので、すぐ傍にいたシルヴィアやミツキも見つけることが出来ていなかった。
考助は、そのことには敢えて触れずに、首を振りながら答えた。
「いいえ。この子は初対面の人には、慣れることがほとんどないので」
「へー、ということは、私もいずれは懐いてくれるということでしょうか?」
どういう意図をもってそんな問いをしてきているのか分からないが、考助は首を傾げながらさらに応じた。
「さて、どうでしょう? こちらの二人も懐くまで時間がかかりましたから」
具体的にどのくらいの時間とは言わなかった考助に、どう解釈したのか、テッドは「なるほど」とだけ頷いた。
そして、名残惜しそうにナナを見ながら、テッドは軽く頭を下げてきた。
「いや、突然すみませんでした。珍しいものを見ると、つい構いたくなる性分なんです」
「いえいえ」
テッドの言葉に、考助は社交辞令的笑顔を浮かべながら首を振った。
そして、それを確認したテッドは、もう用事は済んだとばかりに、仲間たちが待っている席へと向かったのである。
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食事と軽い飲酒を終えて、テッドに直接会うという目的を果たした考助たちは、既に店から出ていた。
「それで? どうでしたか?」
そう聞いて来たシルヴィアに、考助は特に顔色を変えることなく答えた。
「リクの言った通りだね。良くも悪くも普通だったよ」
「普通、ですか」
「そう。普通。意識してやっているのか、それとも無意識なのかは、よくわからないけれどね」
そう言いながら考助が思い浮かべているのは、あの一瞬の間に浮かべたテッドの顔だった。
その後の対応を考えれば、普通であればただの偶然か勘違いと思っただろう。
だが、他人のスキルを直接見ることが出来る考助にとっては、全く別のように感じ取れた。
テッドがナナに触れようとした瞬間に読み取ったステータスのことを思い出しながら考助が独り言のように言った。
「それにしても、あそこまでテイマーに特化したスキルを持っている人を見たのは、初めてだったな」
「それは・・・・・・」
一瞬、それは凄いという評価をしようとしたシルヴィアだったが、考助の顔を見てそれ以上の言葉を飲み込んだ。
それに気付いた考助は、苦笑を返した。
こういうときのシルヴィアは、察しが良すぎる。
「あれだけのスキル構成で、ごく普通の態度でいる。――それは、裏に何かある・・・・・・かどうかは分からないけれど、少なくとも僕はこれ以上関わらなくてもいいかな?」
「そういうことですか」
考助の説明に、シルヴィアが納得の顔で頷いた。
その言葉通り、考助はこの日の一度だけの対面を最後に、テッドと会うことはなかったのである。
本当に今後もずっと会わないかどうかは、作者にも不明ですw




