(18)三兄妹の訓練
学園の廊下を歩いていたミクは、ピタリと足をとめた。
今は昼休み中で、次の講義まで時間があり何をしていようかと悩んでいたのだが、ふとあることを思い出したのだ。
それが、時間をつぶすにはちょうどいいと考えたミクは、それまで歩いていた方向とは真逆に歩き始めた。
ところが、その歩みは数歩で止まることとなった。
「あれ? ミクちゃん、向こうに行くんじゃなかったの?」
と、後ろからミクに話しかけてくる者がいたのだ。
ミクもその声には聞き覚えがあったので、すぐに振り返ってその声の持ち主が来るまでその場で待っていた。
「アカリこそ、こんなところでどうしたのですか?」
「私? 私は、次の時間まで暇だから、適当にその辺を歩いていただけだよ。んで、ミクちゃんは?」
「私も同じ……だったのですが、途中でちょっと思い出したことがあって」
ミクが何かを思い出して方向転換したことは、誰がどう見ても分かることで、アカリが疑いの眼差しを向けてきたので、ミクはちょっとだけ視線をずらしながらそう答えた。
そんなミクに、アカリは小さく首を傾げた。
「思い出したこと?」
その仕草と言葉で、どうやら友人の追及は止まらないと判断したミクは、言葉で説明することを諦めた。
「……別に隠すようなことではありませんから、一緒に来ますか?」
「いいの?」
「はい」
すぐにそう言って頷いたミクを見て、アカリは「それじゃあ付き合う」と返してきた。
次の講義の時間まで暇だったのは、本当の事だったのである。
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ミクはアカリを伴って、学園の訓練場へと赴いた。
ミクが目指していた場所が訓練場だと知って、アカリはあからさまに興味がなさそうな顔になっている。
学園では、最低限の戦闘訓練を受ける必要があるが、アカリはそこまで戦闘に興味があるわけではない。
学年が上がって取っている講義も、戦闘からは外れたものばかりなのだ。
わざわざ昼休みの時間を使ってまで、他人の戦闘を見たいと思わないのも当然と言える。
勿論ミクはそのことを知っていたので、先ほどのやり取りのちょっとした意趣返しも含んでいたりする。
一応自分から首を突っ込んだという自覚があるためか、アカリは途中で引き返すつもりはないようだった。
そうこうしているうちに、ミクは目的の訓練場の場所へと着いた。
その訓練場は、他の訓練場よりも何故か見学者が多く集まっているように見える。
それらの見学者が、ミクが来たことに気付いて、驚いたような顔になっていた。
ミクはそれらの見学者を半ば無視するように、訓練場の入り口まで歩いて行き、そのまま中へと入った。
「えっ!?」
周囲の視線に引き気味になっていたアカリも、これには驚いたような声を上げた。
だが、ミクはそれに頓着することなく、不思議そうな顔で聞いて来た。
「来ないのですか? どうやら訓練中のようですから、あまり長い間開けてはいられませんよ?」
ミクがそう言うと、アカリは慌てて訓練場内に体を滑り込ませた。
それを確認したミクは、あとに続く者がないことを確認して、訓練場の扉を閉めた。
ミクとアカリが入って来る前の訓練場では、三人の人物が真剣な顔で訓練を行っていた。
その三人とは、ミクの兄姉であるセイヤとシア、あとはふたりの先輩であるケイシーだった。
ただし、いくら真剣に訓練しているといっても、訓練場の扉が開けば気付く。
模擬戦を行っていたわけではないので、尚更だ。
もし、部屋の中に入って来たのがミク以外であれば、すぐにそれを止めただろうが、ミクだとわかったところで何事もなかった様子で話を再開していた。
もっとも、すぐにミクとアカリが近付いてきたので、話は区切りのいいところで止まっていた。
話を止めて自分たちが近付くのを待っていたセイヤたちに、ミクが首を傾げながら聞いた。
「お邪魔でしたか?」
「いいや。むしろ、ちょうどよかったかな?」
ミクがなぜわざわざ訓練場に顔を出したのか、きちんと理解していたセイヤは、シアに視線を向けながらそう答えた。
セイヤからの視線を受けて、シアは無言のまま頷いた。
ミクがこの訓練場に来たのは、一言でいえば、体を動かすためだった。
学園では、実技の授業もあるのだが、学年が低いうちはまだまだ座学が多いので、実戦で学んできたミクとしては、時折こうして体を動かしたくなるときもある。
そのため、セイヤとシアの訓練にお邪魔出来ればと考えて、ここまで来たのである。
セイヤとシアのやり取りを見たミクは、そのまま少し離れた場所へと移動し始めた。
「えっ?」
それを見たアカリが小さく驚きの声を上げて移動しようとしたが、シアがそれをとめた。
「これから実戦が始まるから、貴方はこっちで見ていなさい」
シアはそう言いながらアカリの手を引っ張って、部屋の隅にまで移動させる。
アカリはなにがなんだか分からないという顔していたが、さらに意味が分からなかったのは、ケイシーだった。
これまでミクは、三人の訓練に紛れ込んだことが無い。
流石にミクのことはよく知っているケイシーだったが、これからどんな訓練をしようとしているかまでは分からなかったのだ。
戸惑うケイシーに向かって、セイヤが言った。
「これから、素早く動く相手にどう精霊術を使えばいいのかやってみるから、よく見ておくように」
「全部を見るようにとは言わないから、雰囲気だけでも感じ取ってね」
セイヤに続けてシアがそう言うとほぼ同時に、二人はミクに向き直って、一度だけ呼吸を整えた。
そこから先の戦闘は、本当に訓練なのかと思うほどに凄まじいものだった。
普通では防ぎきるのが難しいほどの魔法の波状攻撃が、双子から繰り出されている。
ところが、その攻撃を向けられているミクは、敢えてなのか、ぎりぎりのところで攻撃を躱していた。
そう。ミクは、セイヤとシアが使っている魔法を、結界で防いだりすることなく、ただの体の動きだけですべてを躱していたのだ。
戦闘行為そのものにあまり慣れていないアカリが、時折悲鳴のような短い声を上げるのも無理はないと、ケイシーは思っていた。
かくいうケイシー自身も思わず声を上げようとしたときが、何度かあった。
ケイシーとアカリにとっては、永遠に続くと思われた戦闘(訓練)は、十分程度で終わっていた。
しかも、普通ではありえない動きをしていた当の本人たちは、さほど息も乱さずに、先ほど行っていた訓練の総括を行っている。
それを見たケイシーとアカリは、一度視線を合わせてから同時に大きくため息をついた。
「学園で学ぶと、ここまで成長できるのですか」
「まさか。そんなわけがないでしょう」
違うとわかっていてあえてそう感想を漏らしたアカリに、ケイシーは大きく首を振りながらそう答えることしかできないのであった。
三人にとっては、あくまでもケイシーに見せるための予定調和的な動きでしかありません。




