(17)続・ケイシーの秘密
精霊の姿が見えるのは、エルフの中でも珍しい。
ましてや、完全な(?)エルフではないケイシーが、精霊の姿が見えるというのは、かなり珍しい部類に入るだろう。
もっとも、ケイシーの場合は、エルフの血が四分の三あるので、エルフ寄りといえなくもない。
ただし、ケイシーの姿は、エルフのように長い耳ではなく、ごく普通のヒューマンのように見える。
「――この姿のお陰で、私はヒューマンだと思われがちです。学園でも数人の親友しか、私の中に流れるエルフの血のほうが濃いということは知りません」
精霊術が使えるのが珍しいので、たまに疑ってくる者もいるのだが、外見のお陰でエルフの血が入っていたとしても、割合が少ないと思われるようだった。
この世界では、地域によってはハーフエルフに対する迫害などもないわけではないが、少なくともセントラル大陸内では、そこまで激しい差別はない。
そもそも、すべての大陸から人が移動してきていて、雑多な種族が入り混じっているため、ハーフは珍しい存在ではないのだ。
エルフに関しては、そもそも里から出てくる数が少ないため珍しいと言えるが、まったくいないわけではない。
そう考えれば、ケイシーにエルフの血が混じっていたとしても、おかしな態度を取られることはないだろう。
ではなぜ、ケイシーがはっきりエルフの血が濃いと言わないかといえば、
「いつから見えるようになったのかははっきりしませんが、精霊が見えると知られたら余計な騒動に巻き込まれるからと、両親が黙っているようにと躾てくれたのです」
ということだった。
エルフでも珍しい精霊を見る能力があるケイシーは、様々なところから目を付けられる可能性がある。
自ら様々な要求を撥ねつけられるだけの力があればいいが、少なくとも学園に在籍している程度では、それらのところからの要求をすべて突っぱねることは出来ないだろう。
だからこそケイシーは、精霊術を使えることは表に出していても、精霊が見えることは周囲に黙っているのだ。
ケイシーの話を聞いたセイヤとシアは、一度顔を見合わせてから、さらにケイシーを見た。
「話はわかったけれど、それで俺たちにある用事ってなにかな?」
改めてセイヤがそう聞くと、ケイシーは頷いてから続けた。
「それは、厚かましいお願いになるのですが、私に精霊術を教えてもらえないかということです」
「私たちが? ご両親から教わればいいのでは?」
シアがそう聞いたのは、別に面倒だとかではなく、基本的にエルフが精霊術を教わるのは両親からということになっているためだ。
別にルールとして明文化されているわけではないが、昔からの慣習としてずっと続いている。
勿論、親以外から教わることもあるのだが、それはちょっとした手ほどきとか、その子が特殊な生まれで親が別の者に頼んだ方がいいと判断したときに限られる。
里で育ったわけではないケイシーが、その原則を知っているのか分からなかったため、シアが確認するように視線を向けている。
そしてケイシーは、そのシアに向かって頷いた。
「勿論、両親もこのことは知っています。むしろ、お二人から教われるのであれば、教わったほうがいいと言っていました」
ケイシーの両親は、彼女が特殊な生まれにあることに気付いている。
その能力が、自分たちの教えられる枠を超えていることも、わかっていた。
ケイシーには話していないが、一度は里に戻ることも考えたくらいだ。
そんな状況だったので、ケイシーからの話は、むしろ渡りに船だったのである。
何となくケイシーの両親の苦労している姿が目に浮かんだセイヤが、一度シアを見てからケイシーに言った。
「俺たちは構わない……と、言いたいところだけれど、やっぱり親に確認してみないと返事のしようがないかな?」
別にエルフの精霊術は、一子相伝のように周囲に秘密にしているわけではないが、師と弟子のような関係でもあるので、一応師にあたる親には確認する必要がある。
もし、セイヤとシアが成人でもしていれば話は別なのだが、今はまだ完全に親の手を離れたというわけではない。
「それは当然だと思います。今日は、とりあえず、私のお願いを聞いて欲しかっただけですから。――返事はいつでもお待ちしています」
ケイシーがそう付け加えると、セイヤとシアは同時に頷いた。
とりあえず、返事は後日ということで、この場は解散することになった。
ケイシーと別れたセイヤとシアは、その日のうちにコレットに確認をすることになったのだが、許可はすぐに下りた。
むしろ、塔の里を出たエルフの子が、学園に入学をしているということに驚いていたくらいだった。
「学園って、そうそう簡単に入れるところではないはずなんだけれどねえ。やっぱりエルフという立場を上手く利用したのかな?」
コレットがそう聞いてきたが、そこまでの情報を持っていなかったセイヤとシアは、分からないと首を振ることしかできなかった。
もっとも、コレットも確実な情報が知りたかったわけではない。
「そう。私も旅をしていたときは、いろいろと利用してきたからね。それに対してどうこう思うことはないけれど」
「そうなの?」
不思議そうな顔をして首を傾げるシアに、コレットは笑いかけた。
「そうなのよ。珍しいエルフがいるというだけで、珍獣のような扱いをするところもあったしね」
昔のことを思い出すように言ったコレットに、セイヤとシアは「ハア」としか返せなかった。
過去に、考助たちと旅をしたこともある二人だが、そんな扱いを周囲から受けたことが無かったので、あまり実感として湧いてこなかったのである。
そんなふたりに、コレットは優しく笑いかけた。
「まあ、それはいいわ。とにかく、二人がその子に精霊術を教えるのは、なんの問題もないわ。それよりも、きちんと力になってあげなさい」
そう言いながら、コレットは心の中で『たとえ裏切られたとしてもそれはそれで経験になるだろうし』と付け加えていたが、勿論そんなことは口にしない。
セイヤとシアは、精霊が見えるという特技で、他の人にはない独特の感覚を持っている。
その感覚で、ケイシーのことが信用できると判断したのであれば、それはそれで正しいかも知れないのだ。
むしろ、そうした感覚を養う上でも、今回の件は十分に役に立つというのが、コレットの考えだった。
そんなコレットの心の内などいざ知らず、セイヤとシアは許可が下りたことを単純に喜んでいた。
三人で話をしていたときに、出来ればケイシーの願いをかなえてあげたいと思っていた。
それが何故かといえば、精霊が見えるということで苦労をしたのは、自分たちも同じだったからだ。
セイヤとシアが苦労をしたのは、小さいときだったが、むしろだからこそ、いま苦労をしているケイシーを助けたいとそう考えたのである。
何となく最後のほうで、ふりのようになっていますが、ケイシーが何かをたくらんでいるとか、そういうことはありません。
次からはまったく関係のない話を書く予定で、気にする方は気にすると思いましたので、ここで報告しておきますw




