(16)ケイシーの秘密
訓練場での騒ぎがあってから数日後のこと。
セイヤとシアは、学園のお茶会室の一室に呼ばれていた。
学園にお茶会室があるのは、将来そうした場所に呼ばれることがあり得る生徒が多く在籍しているためで、出来た当初からあるものだ。
その場で話した内容は、基本的に外に漏れることはなく、きっちりと万全の防音体制が取られている。
そのため、秘密の会話をするためには、もってこいの場所なのである。
そんな部屋にセイヤとシアを呼んだのは、先日訓練場の前で少しだけ話をしたケイシーだった。
きちんと正式の招待状(のようなもの)で呼び出していることから、よく話に聞くような裏庭に呼んで取り囲むような雰囲気ではない。
そもそもその招待状は、教師の目にも留まるようになっているので、おかしな呼び出しではないと証明するには、ちょうどいいのだ。
セイヤとシアも、そのことはきちんと授業で教わっているので、安心して(?)お茶会室へと向かった。
先日の件から周囲の者たちは不安そうにしていたのだが、セイヤとシアがケイシーは大丈夫だと言って収めてきたのである。
セイヤとシアがお茶会室に入ると、そこには既にケイシーが待っていた。
一応正式な形の呼び出しになるので、学園で習った通りに招待主が招待者を迎える形式に則っている。
もっとも、形式ばったやり取りは最初だけで、あとは普通に話していいとケイシーから切り出した。
「いきなり呼び出して、申し訳ありません。本来であれば、用件のある私のほうがお伺いするべきことだったのですが……」
困ったような顔で頭を下げて来たケイシーに、セイヤとシアは同時に首を左右に振った。
「あー、いいのですよ。ケイシー先輩、人気があるみたいですから、変に勘繰られるようなことはしないほうが良いでしょう」
セイヤがそう言うと、シアもコクコクと頷いていた。
実はあの騒ぎの後、セイヤの友人たちは、ケイシーたちのことをしっかりと調べていたのだ。
といっても、特にケイシーに関しては、情報を入手することに苦労することはなかったらしく、すぐにセイヤとシアにも話をしてくれた。
それによると、ケイシーは精霊術を使えるという特技とその実力から、同学年内では五本の指に入るほどの人気者ということだった。
勿論、戦闘の実力だけではなく、人気者になるだけの美貌も備えている。
ちなみに、セイヤとシアが学園に入学する前の時には、学園で一番だとさえ言われていたほどだった。
それほどまでの人気者が、いきなり下の学年の者と話をすれば、いい意味でも悪い意味でも注目されることになるのは間違いない。
ましてや、その相手が今となっては彼女以上に注目を集めているとなれば、どう頑張っても噂が飛び交うことになることは決まっている。
それであるならば、最初からお茶会室に誘ってきたことは、セイヤとシアにとっては有り難いことだった。
ちなみに、友人たちが心配していたのは、そんなケイシーの親衛隊もどきが何をしてくるか分からないという意味での不安からだったりする。
セイヤの言葉を聞いたケイシーは、ホッと安堵の表情になっていた。
以前少し会っただけの相手に、多少強引すぎる呼び出しになったのではないかと不安に思っていたのである。
「それなら良かったです。余計な気を使わせてしまったのかと、思っていましたから」
「そんなことは気にしなくてもいいです。それよりも、ケイシー先輩」
首を振りながらそう言ったシアに、ケイシーは小さく首を傾げた。
「なんでしょうか?」
「私たちのほうが後輩なのだから、敬語ではなくてもいいと思うのだけれど・・・・・・?」
「そういうわけにはいきません」
少し食い気味にそう言ってきたケイシーに、セイヤとシアは少し引いてしまった。
思えば訓練場で会ったときからそうだったが、ケイシーは最初からセイヤとシアに対して、尊敬の念を持って対応しているように思えた。
それがなぜなのか、今もってセイヤとシアにはわかっていなかった。
勿論、ケイシーに交じっているというエルフの血について関係していることは分かっているが、それ以上のことは何も分からないのである。
セイヤとシアの態度を見て、ケイシーはハッとした表情になって、少しだけ恥ずかしそうな顔になった。
「申し訳ありません。実は、父からお二人のことはよく聞いていたのです。・・・・・・小さいときから」
「小さいときから?」
ケイシーの説明に、シアが首を傾げる。
セイヤとシアは、学園に入るまでは基本的に塔のエルフの里に籠っていて、外に出るようなことはなかった。
そのため、それ以外に二人のことが話に伝わっているとは思っていなかったのだ。
不思議そうな顔をしているセイヤとシアに、ケイシーはクスリと笑って言った。
「聞いたことはありませんか? 塔の里のなかからでも外に出た者がいるという話は」
「それは勿論」
ケイシーの言葉に、セイヤがそう即答した。
外部との交流がほとんどない塔のエルフの里だが、里の者が外部に一人も出たことが無いわけではないのだ。
悪い例ではあるが、コレットのように外の世界を目指す者もいないわけではない。
考助は勿論、コレットは、そうした者たちの為に、きちんと外に出るための道を用意してあるのだ。
そもそもコレット自身が、里を飛び出して考助という最高の出会いができたために、その道を閉ざすつもりはなかった。
それでも塔の里が閉鎖的なままなのは、単に多くのエルフたちが外に出たがらないためである。
実はケイシーの父親は、塔の里を飛び出して外の世界に向かった数少ないエルフのうちのひとりだったのだ。
セントラル大陸内で冒険者として旅を続けていく中で、母親となる女性と奇跡的な出会いを果たして、その結果ケイシーが生まれることとなった。
「――父と母は、小さいときからよく私に言っていました。自分たちが出会えたのは、間違いなくお二人の両親がいたからだと。だからきちんと感謝をするようにとも」
ケイシーがそう言うと、セイヤとシアは微妙な顔になった。
それは、自分たちの功績(?)ではなく、両親の成したことのお陰だと思ったのだ。
それで自分たちが年上のケイシーから尊敬されるのは、何か間違っていると感じたのだ。
そんなセイヤとシアの様子を見て、ケイシーが慌てて手を振った。
「あっ! 勘違いしないでください。確かに、両親の影響はあるのですが、私がお二人を尊敬しているのは、それだけではないのです」
「・・・・・・どういうこと?」
そう言って首を傾げるシアに、ケイシーは少し笑いながら言った。
「私がお二人と会う前は、逆の意味で反発していたときもあるのです」
小さいときから両親が褒めちぎっている人物の子供という事で、少なからずケイシーの中には反抗心のようなものがあった。
ところが、その小さな反抗心は、セイヤとシアを実際に目にした時には、あっさりと吹き飛ばされてしまっていたのだ。
「お二人を取り巻いている精霊を見て、なんて精霊に愛されている方たちなんだろうと、私の気持ちはすぐに塗り替えられてしまったのです」
その言葉自体、セイヤとシアにとってはくすぐったいものがあったのだが、それよりも重要なことが隠されていることに、すぐに気がついた。
セイヤとシアは、同時に顔を見合わせてからケイシーを見た。
「まさか、ケイシー先輩は、精霊の姿が・・・・・・?」
「はい。はっきりとではないですが、見えています」
断言するようにそう言ったケイシーに、これはわざわざお茶会室を借りるはずだと、セイヤとシアは納得の表情になるのであった。
前回なんとなくで出したケイシーですが、長い付き合いになりそうな予感がプンプンとしていますw
 




