(13)幸せの形
娯楽の少ないアースガルドにおいて、考助の楽しみの一つに、温泉に入ることがあげられる。
やはり風呂と温泉では、少なくとも気分的には大違いなのだ。
といっても、魔物が出てくる世界のこと。
野外で湯につかってのんびりするという習慣は、ほとんどなかった。
勿論まったくないわけではないが、風呂と同様に、のんびりする間の護衛を雇える財力がある者くらいしか入ることが出来ない。
そうした施設は、やはり限られた所でしか造られていないので、一般に広まるのは中々難しいというのが、常識だった。
温泉が湧いているような場所は、やはり田舎の山の中というのが相場で、そうした場所にはもれなく魔物もついてくる。
温泉街のような場所もあるにはあるが、やはりそうした場所を利用できる者は、時間と財力がある者たちが中心になっている。
そんなわけで、狐のお宿に温泉があると広まったときには、特に一部の者たちに、熱望されるほど人気が出ていた。
そんな狐のお宿の温泉に、考助が満足気に浸かっていた。
「うーん。やっぱりのんびりするには温泉だねえ」
「それは認めるが、考助の場合は、別の邪な思いもあるような気がするが?」
さらりと突っ込みを入れて来たフローリアに、考助は反論しようとして止めた。
「それは認める。……けれど、それって、フローリアやシルヴィアも同じだよね?」
「……むっ」
「わ、私もですか?」
考助の反撃に、フローリアは不覚にも言葉につまり、飛び火して来たシルヴィアは、慌てた様子で視線をウロウロとさせた。
一緒にお風呂に入るなんてこれまで何度もしてきているのに、シルヴィアはいつまで経っても完全に慣れる様子がない。
今のように不意打ちを喰らうと、いつもとは違うシチュエーションに、つい乱されてしまうのである。
フローリアとシルヴィアのいつもと違う反応に、これだから一緒に風呂に入るのは止められないと、考助は心の中でニヤリとしていた。
考助は、別に色欲だけで混浴をしているわけではなく、いつもと違った様子が見られるのを楽しんでいるという面もあるのだ。
ちなみに、今考助たちが入っている混浴温泉は、いわゆる家族風呂で、狐のお宿に用意されている部屋それぞれに作られている露天風呂である。
この世界で、これほどの上等な温泉に入ろうと思えば、よほどの高級旅館に泊まらなければならない。
これもまた、狐のお宿が人気になる理由のひとつとなっている。
「まあ、そういうことだから、それはどっちもどっちという事で」
「そ、そうだな」
この件に関しては、自分もまきこまれると悟ったフローリアは、抵抗することなくあっさりと認めた。
シルヴィアはそっぽを向いているが、否定しないところを見て、考助は同意したとみなした。
「そんわけで話を戻すとして、こんなにのんびりしていると、他の人に悪い気がしてくるね」
「その気持ちはよくわかるが、あまり気にしすぎるのも良くないと思うぞ? そう思うのだったら次の機会に取っておけばいい」
今この場に来ていないシュレイン、コレット、ピーチは、子供の面倒を見なければならないために来れていないのだ。
子育て経験があるフローリアの言葉は、それなりに重みがあった。
付け加えると、本来は考助自身も子育てをしなければならないのだが、立場上あまり深くは手出ししないように相手から言われているので、どうしようもない。
ヒューマンの社会で子供を育てなければならなかったフローリアやシルヴィアはともかく、他の三人もそう言い出したときは、考助は面喰らっていた。
二人の時にはできなかった分、張り切って育てるつもりだったのが、肩透かしを食らった形である。
シュレインたちがそう言い出したのは、やはり考助が現人神という立場にいるからで、あまり子育てに煩わせる姿を周囲に見せるわけにはいかないという体面的な問題だった。
もっと言えば、ピーチはともかく、シュレインやコレットも種族の中では上の立場なので、直接子育てをすることはなく、乳母に任せるのが基本なのだ。
そもそもの根本の考え方が考助の知る一般常識とは違っているので、潔く諦めているのである。
シュレインはともかく、コレットやピーチの子たちは、すでに分別がつくほどに成長しているので、家で留守番をしているように言いつけて来ることは出来なくはない。
ただ、それをやってしまうと、今度は自分たちも一緒にとなるのは確実なので、今回は遠慮したというわけだ。
今日は平日なので、今頃子供たちは学園で勉強中のはずである。
ちなみに、狐のお宿は平日も休みの日も関係なく人は入っている。
これは、そもそも宿に泊まるお客は、狐たちが選んでいるからで、宿の込み具合も自由にコントロール出来るようになっている。
そうした諸々の結果、限定されたメンバーで風呂を楽しんでいるのだが、考助としてはやはり気になるものは気になる。
「それは、他の皆にも言われたよ。でも、やっぱりね・・・・・・」
そう言った考助に、シルヴィアはクスリと笑って見せた。
「コウスケさんらしいですが、別に完全に忘れて楽しめと言っているわけではありませんよ。あまり気にしすぎては駄目だというだけです」
「それならまあ、なんとか・・・・・・。あら? 結局、今まで通り?」
一周回ってそう気付いた考助に、フローリアはクツクツと笑って「そうだな」と頷いた。
フローリアもこうなることが分かっていて、敢えて先ほどの話題を振ったのだ。
考助の風呂の習慣に慣らされて、シルヴィアとフローリアも長湯をするようになっている。
とはいえ、やはり限界はあるので、そこそこのところで止めておいて、湯船からは上がった。
まだまだ時間はあるので、また時間を置いて入ればいいのだ。
そして、出された夕食に、考助は思わず驚きの声を上げた。
「あれ? 刺身ってここで出していたっけ?」
「うん? 考助は食べたことがなかったか? 以前もあったような気がしたが・・・・・・」
フローリアは不思議そうな顔になって首を傾げた。
実は、セントラル大陸は海岸沿いにしか町が無いことが功を奏してか、魚料理はかなり発達(?)している。
さすがに崖の上にあるような町や村ではないのだが、海岸があって普通に漁師がいる場所では、刺身も食べられているのだ。
転移門で海岸の町と通じているアマミヤの塔の第五層の街にも、生の魚は入って来ていて、少し高めのお金を払えば刺身も食べることができる。
考助が驚いたのは、そうした新鮮な魚を仕入れる伝手がないと思っていたからなのだが、実は答えは簡単だ。
ワンリを始めとした何人(体?)かいる転移門を使える狐が、海のある階層に行って直接仕入れてきているのである。
それでもやはり数は限られているので、宿に泊まっているすべてのお客に出せるわけではない。
この日はたまたまワンリが仕入れを行っていて、優先的に考助に出されたというわけだ。
もっとも、ワンリはこの日に考助が泊まるとわかっていて、自ら率先して仕入れに出向いたのだが。
そんな裏事情はともかくとして、久しぶりに刺身を口にした考助は、獲れたての魚の味を十分に味わって食べていた。
その様子をシルヴィアとフローリアが幸せそうな顔で見ていたのだが、最後まで考助はそれに気づくことはなかったのであった。
狐のお宿で刺身の話は書いていなかったような・・・・・・という曖昧な状態で書いてしまいました。
被っていたらすみません><




