(11)クレーマー
百合之神宮には、眷属の狐たちが頻繁に姿を見せている。
人懐っこく、攻撃らしい攻撃もしてこない狐たちは、既に百合之神宮を訪れる(一部の?)者たちにとって、マスコットキャラ的存在になっていた。
だからこそ、時として招かれざる客もまた来ることになる。
「・・・・・・なに、あれ?」
一ノ神殿(または太陽神殿)の前で何やら喚いている観光客らしき者を見つけた考助が、首を傾げながら神殿の管理をしている巫女に尋ねた。
「あ~、あれは、ですね・・・・・・」
どういうわけか言いづらそうにしている巫女を見て、ますます考助の疑問は深くなった。
一応、お客として招き入れている以上、きちんと対応しないと駄目なのではと思ったのだ。
どう考助に答えたものかと苦慮する巫女に代わって、たまたま一緒に着いて来ていたシルヴィアが苦笑しながら答えた。
「あれは、ちょっとしたご意見ですよ」
シルヴィアの持って回った言い方に、考助は真面目な顔になった。
「いや、だったら尚更きちんと聞かないと駄目なんじゃない?」
神宮は、積極的に観光客を受け入れているわけではないが、何か改善すべき点があるなら直していくべきである。
どこまでも真面目な考助の答えに、シルヴィアはわざとらしく真面目な表情を作って頷いた。
「なるほど。ということは、コウスケ様が狐たちの躾をしてくださるということですね?」
「・・・・・・・・・・・・ハイ?」
シルヴィアの言葉を聞いた考助は、予想外すぎる内容に、たっぷり十秒ほど経ってからそう答えるのであった。
いつもいるというわけではないが、百合之神宮では、時折無茶な要求をしてくるお客が来たりする。
勿論、出来る限り対応することは対応するのだが、中にはきっぱりとお断りすることもある。
というよりも、神社(神宮)という性質上、お客様のどこまでも我が儘な要求には応えられないことも多々ある。
極端な例を出すとすれば、巫女たちが定期的に唱えている呪がうるさいから止めろ、なんてことを言われることもある。
流石にそういった「要望」には、はっきりと出来ませんと答えたうえでお引き取り願うのだが、中にはそれでは引きさがらない者もいるのだ。
その中で、最近多くある「要望」の中に、いま考助が目(耳?)の当たりにしている要求があるのだ。
「――狐が懐いてきて可愛いと聞いたのに、まったく懐いてくれない。私に懐く狐を連れてきなさい――とか、懐かないのは詐欺じゃないか――とか。言い方は様々ですが、共通しているのは、自分に懐かないのは納得できないので、そちらで何とかしてほしいということですね」
「・・・・・・・・・・・・その人たちって、ひょっとしなくても馬鹿なんじゃ?」
思わず毒を吐いてしまった考助だったが、それすら気付いていない様子で、ただただ茫然としていた。
あまりに予想外すぎることを言われて、完全に思考が停止してしまっていた。
どう考えてもそんなことを言ってくる者は、相手が魔物だという事をすっかり忘れているとしか思えない。
いや、そもそもそんな主張をしてくる者が、まともだと考えるのがおかしいのかもしれないが。
考助に同意するように頷いたシルヴィアは、ため息を吐くように言った。
「まったくもってその通りなのですが、あの手の方たちは、自らの信念で自分の主張を繰り返すので、相手をするのは骨が折れます」
「それはまあ、そうだろうねえ。いっそのこと、強制退去にでもしたら?」
「それは最終手段ですね。巫女にしろ神官にしろ、あの手の相手はいい修行になりますので、ぎりぎりまでは相手をすることにしています」
「あ~、なるほど」
巫女や神官たちが納得したうえで相手をしているのであれば、考助としても強制的に手を出すつもりはない。
「それに、神宮からお帰り願ったあとは、入れないようにしてありますから」
「ああ、そういうことね」
現状、百合之神宮へは、第五層にある転移門から直通で来るしか方法がない。
その転移門を転移不可にしてしまえば、もう二度と百合之神宮へは来れなくなるというわけだ。
修行と割り切って対応をしているのであれば、考助からいう事はない。
ただ、それでもあんな主張をする者が、この世界にいるとは思わなかった。
「一度、魔物とはどういう存在なのか、きちんと教えた方がいいんじゃないかなあ?」
疲れ切った表情でそう言った考助に、シルヴィアは首を左右に振った。
「ああいう方たちには何を言っても無駄でしょう」
珍しく突き放した様子できっぱりと言い切ったシルヴィアに、考助としては苦笑を返すことしかできなかった。
あの手の輩を相手にすれば、自分も同じような感じになるとわかっているのだ。
そんな考助に向かって、シルヴィアがさらに続けた。
「それに、基本的には大陸外の身分が高めの方たちというのが共通している事項になります」
勿論、セントラル大陸内の住人がまったくいないというわけではないのだが、割合からすればごく僅かである。
セントラル大陸では、どこに住んでいても、魔物の氾濫という危険があるために、その脅威は子供のころから教えられるのだ。
それがあるために、不用意に魔物と近付こうとする者はいないのである。
普通は、百合之神宮で狐たちに触れ合おうとする者は、そうしたことを前提にした上で、それでもとやって来る者たちなのだ。
・・・・・・本来は。
「箱入り娘か息子か知らないけれど、それならそれで、ずっと箱の中に入っていればいいのにね」
ため息混じりにそう言った考助に、シルヴィアは「まったくです」と頷いていた。
ちなみに、これまでの考助とシルヴィアの会話は、しっかりと先の巫女に聞かれていた。
巫女にとっては祀るべき対象である考助と、自分たちよりもはるかに上に位置している巫女のやり取りは、彼女にとっては、非常に心臓に悪いものだった。
考助からは、いつ早々に排除しろと言われるのかと戦々恐々としながら、シルヴィアにはそのための防波堤になってもらえるように、心の中で祈っている。
祈る対象が間違っているという突っ込みをしてくる者は、この場には誰もいない。
そもそも、彼女の心の中の葛藤なので、誰にも気づかれないで済んでいた。
そんなことを考えていた巫女に、考助が視線を向けながら言った。
「いつもご苦労様、としか言いようがないんだけれど、ごめんね」
「い、いいえ! とんでもございません。そのようなことで、いちいち頭を下げられないでください!」
思わずといった様子で、半分悲鳴混じりに巫女が考助に言った。
現人神に対して忠告めいた言い方になっているのは、まったく気付いていなかった。
勿論シルヴィアは、そのことに気付いていたが、敢えてそのことは指摘せずに考助を見た。
「先ほども言った通り、修行の一環でもありますので、コウスケ様はあまり気になさらずに」
「あ~、そういうことなら、今ので止めておくね」
「それでいいかと思います。あとは、折角ですから、ユリ様にお礼を言っておいたほうがいいかと思います」
「ユリに?」
繋がりが分からずに首を傾げる考助に、シルヴィアがさらに続けて言った。
「転移門を通れないようにするために、魔力紋を記録していただいています」
転移門を通れないようにするためには、魔力紋を登録しなければならないのだが、時折それをするためのクラウンカードや通行証の受け取りを忘れることがある。
そうした場合には、ユリが覚えておいた魔力紋をそのまま登録してしまうのだ。
神宮内にいる他人の魔力紋を感じ取ることが出来るユリならではの離れ業であった。
「そういうことなら、わかったよ」
シルヴィアに向かって頷いた考助は、早速とばかりに百合之神社へと向かった。
神宮内であれば、考助が呼べばどこでも出てくるのだが、形式は大事にするべきだという考助のこだわりなのであった。
どこにでも出てきます。クレーマー。




