(9)現在と過去
今ではほとんどソルの手を離れて運営されているゴブリンの里だが、当然ながら時折様子を見に行ったりはしている。
その際に、ソルは里を運営している者たちから報告を受けることになる。
そして今、その報告を受け取っていたソルは、何やら厳しい顔をしていた。
「あれ、ソル? どうしたの? 僕が聞いた限りでは、特に駄目なところはなかったと思うけれど?」
たまたま一緒に着いて来ていた考助が、ソルに顔を向けながら首を傾げた。
考助が聞く限りでは、里の運営は順調に行っていて、着実にゴブリン及びその進化種の数は増えている。
特に、進化種が以前と比べて着実に多くなっていた。
より生活が安定したためなのか、魔物との戦いで亡くなる数が減っているためなのかは分からないが、進化種が増えていることだけは確実なようだった。
考助に問われて、今度は落ち込むような顔になったソルに、他の鬼たちも顔を見合わせたり、不思議そうな顔になっている。
それらの視線を感じたソルは、言いにくそうに考助の顔を見ながら答えた。
「いえ・・・・・・私がずっといるときよりも、上手くいっているように感じたから、つい・・・・・・」
そう言いながら両手の人差し指をツンツンと合わせだしたソルに、考助は思わず吹き出してしまった。
見た目は妖艶という言葉がしっくりくるソルが、そんな仕草をしているところを見ると、そうなってしまうのも当然だろう。
その代わりといっては何だが、他の鬼たちは、唖然とした表情で考助とソルを見比べていた。
今の二人は、以前とは全く違った関係のように見える。
ソルが里を離れる前は、それこそ考助のことを触れるのもためらう絶対神というような扱いをしていたのだが、それがだいぶ薄まっている。
いまでもソルが考助のことを敬愛していることは疑いようがない事実ではあるのだが、腫物を扱うような感じではなくなっている。
それが悪い方向に行っているのではなく、考助にとってもいい方向に向いているのだから、何ら問題ないのだ。
そして、考助とソルの関係の変化は、鬼たちにとってもいい方向に変わっていくことになるのだが、それが分かるのはもう少し経ってからのことだ。
とりあえず現在は、若干涙目になりつつ、ソルが考助を見た。
その視線を受けて、考助はなんとか笑いを収めながら言った。
「ごめんごめん。別に馬鹿にしているとかじゃなくてね。ソルがいなくなっていい方向に進んだんだから、別にいいじゃないか・・・・・・といってもソルは納得しないか」
そう言いながら天井を見て考えるような仕草をした考助は、ポンと手を合わせてから続けた。
「以前までの里は、ずっとソルという母親的な存在におんぶに抱っこの状態だった。それが、親がいなくなることによって、独り立ちを始めた。――そう考えればいいんじゃないかな?」
「独り立ち・・・・・・」
考助の言葉を聞いたソルは、考えてもいなかったという顔になって、ポツリとそう呟いた。
ソルが離れる以前の里は、考助の言う通り、どこかで彼女に頼りきりになっている部分があった。
勿論、それぞれ高位の鬼に進化した者たちが、それぞれの分野で活躍はしていた。
それでも、やはり最終的な判断は、全てをソルからの指示で決定していたのだ。
半強制的にソルが里から離れることにより、それらの鬼たちが独自に判断して里を運営するようになってきた。
それが、里にとっていい方向に向いて来たと言えるだろう。
だが、今は上手くいっている里の運営も、ずっとこの調子で続くというわけではない。
「だからね。ソルも里の運営に関しては、親が子を見守る感じで見ていればいいんじゃないかな? ただし、子が誤った道に進んだら、叱るのは当然親の役目だけれどね」
考助が念を押すように付け加えると、ソルも真面目くさった顔になって頷いた。
「なるほど。確かに仰る通りです」
ソルがそう言うと、ほかの鬼たちは、引き締まった顔になっていた。
考助の言葉を受けて、ソルが納得したのだ。
やると言ったら必ずやるだろう。
この場にいる鬼たちは、ソルのいざというときの恐ろしさを、身に染みてわかっている者たちばかりだ。
考助の言葉を聞いて決意を胸に秘めたソルは、決して逆らっていい存在ではない。
それがわかっているからこそ、彼(彼女)らがソルに逆らうことなど、あり得ないのである。
落ち込みから復活をしたソルは、鬼たちと共に、里の見回りを始めた。
考助もコウヒをお供にしながら、それに付き合っている。
現在の鬼たちが管理する里は、数十年をかけて、狩猟採集をしていた集落から、農耕生活を始めた村へと様変わりをしていた。
畑が多くあるのは勿論のこと、その畑がきちんと管理できるように、しっかりと生活をするための家が建っている。
あとは、それらの畑を守るように、簡素ながらも城壁(のようなもの)が建てられているのが印象的だった。
魔物が出てくる環境では、やはりそうした壁は、安定して暮らしていくために、必須の条件になっているのだ。
初期の頃の里を覚えている考助としては、これだけ発展して来れば、感慨深い思いも湧いてくる。
ソルがガボとして生きていたころから知っているのだから、それも当然だろう。
今、ソルの片腕として動いている者でさえ、当時いなかった者もいるのだから。
そんな考助の想いを見抜いたわけではないだろうが、ソルが探るような視線を向けて来た。
「――なにかございましたか?」
「いや。よくこれだけ変わることが出来たなあってね。ソルがガボだったあの時と比べれば、段違いだろう?」
今となっては、ソルのことをガボと呼べるのは、考助くらいしかいない。
ソル自身がそう呼ばれることを許していないということもあるが、そんな過去を覚えている者が減っているということもある。
それから、ソルが許していないのは、ガボという名前が気に入らないのではなく、むしろ逆で大切にしているからこそ、考助以外に呼ぶのを許していないのだ。
周りの者たちでその名を覚えている者は、それを察しているからこそ、絶対にガボの名前で呼ぶことはしないのである。
本当に、久しぶりに考助からガボの名前で呼ばれたソルは、一瞬驚いた顔になったあとで笑顔を浮かべた。
「そうですね」
「これは、間違いなく、ソルがこれまで頑張って来た結果だよ。それは、誰も認めなくても、僕が認める。――それじゃあ、駄目かな?」
考助は、悪戯っぽい笑みを浮かべてソルを見ながらそう言った。
そして、それを見ていたソルは、一瞬軽く息を飲んでから答えた。
「――――とんでもございません。私にとっては、なによりのお言葉です」
そう言って頭を下げたソルに、考助はただ短く「そう」とだけ応えるのであった。
考助とガボ(敢えて)の関係も変化しています。
ガボの名前を憶えていた人たちは、どれくらいいるでしょうか?w




