(8)果てしない山
その日、ワンリは狐のお宿で使う消耗品を買うために、クラウンの本部を訪ねていた。
相手は、商人部門統括のシュミットだ。
「よく来ましたね」
「お久しぶりです。シュミットさん」
二人は、ワンリが小さかった(若かった?)時から知っているので、気安い雰囲気になっている。
シュミットは、正式にワンリの本性を紹介されたことはないが、これまで流れてきている噂などから何となく正体は察していた。
だが、考助から教えられたわけでもないので、迂闊なことは聞かずにこれまで通りの付き合いを続けている。
特に、狐のお宿ができてからは、よく会うようになっていた。
ただし、普段はワンリ自身が来るわけではなく、別の人化した狐が来たりしている。
ワンリが来るときは、大抵が仕入れている物に何かがあったときである。
だからこそ、シュミットは、ワンリを見てわずかに顔をしかめた。
「・・・・・・また何かありましたか?」
「ああ、いえ。すみません。そう言うわけではないのです。たまたまこちらに出て来たので、ついでに会っておこうと思いまして・・・・・・ご迷惑でしたか?」
「いいえ、とんでもございません! そういうことでしたら、大歓迎ですよ」
少し申し訳なさそうな顔で言ったワンリに、シュミットは笑顔になりながらそう答えた。
実際シュミットは、時折こうしてワンリと会うことを楽しみにしている。
長い間の付き合いがあるからということもあるせいか、気分は孫の成長を見守るおじいちゃんといった感じである。
シュミットの年でワンリほどの年齢の孫を持つ者がいたとしてもおかしくはない世界なので、もし二人が町を歩けばそうみられることもあるはずだ。
まあ、似ているかと言われれば、ほとんどの者は似ていないと口をそろえて答えるだろう。
そんなワンリとシュミットが少しだけ雑談をしていると、部屋のドアがノックされた。
「統括、来客中失礼いたします」
「ああ、構わないから入りなさい」
大した話をしていなかったので、シュミットがそう答えると、ドアが開いて部屋の外から一人の男性が入って来た。
「何か話があると伺ったのですが・・・・・・?」
その男は、少しだけ不思議そうな顔になりながらシュミットにそう言った。
ワンリは、男がその台詞を言う前に、チラリと自分を見て来たことに気がついている。
それでもワンリは気付かないふりをして、出されていたジュースを口にしていた。
ワンリの微妙な態度に気付きつつ、シュミットは何気ない様子で男を向いて言った。
「せっかくの機会ですから、貴方にもこちらの方を紹介をしようと思いましてね」
シュミットがそう言うと、ようやくワンリは立ち上がって礼をした。
「初めまして、ワンリと申します」
「ああ、はい。初めまして、私はドリスです。シュミット様の補佐をしています」
ドリスはそう言いながらわずかに戸惑ったような顔をシュミットに向けた。
普通であれば気付かないような変化だったが、シュミットはしっかりと気付いている。
だが、その表情の意味に気付いていながら、シュミットは敢えてドリスの疑問には答えなかった。
「ワンリは、私にとっては、とても大切なお客様の一人ですから、ぜひとも紹介しておきたかったのです」
「そうでしたか」
笑顔で言ったシュミットに、ドリスはこれまた営業スマイルですと絵にかいているような顔をしながらワンリに向かって頭を下げる。
それに対してワンリは、ニコリと微笑み返した。
ドリスの顔を見ながらシュミットはさらに続けて言った。
「今回は、お二人の顔合わせをしたかっただけですから、これだけで十分ですよ」
「は? これだけ、ですか?」
「ええ。・・・・・・ああ、特に商品を用意してもらうという事はありません。必要なものはすでに用意してありますから」
「そうですか」
短く答えたドリスは、どこまでも営業スマイルを浮かべたままだった。
だが、ワンリには、たったこれだけの用事で自分を呼んだのかと言っているのが聞こえていた。
勿論、脳内補正なのだが。
もう大丈夫ですよと言ったシュミットに頭を下げて、ドリスは部屋を出て行った。
その彼が十分に離れるのを聞き分けていたワンリが、シュミットを見ながら言った。
「シュミットさん、彼を試しましたか?」
「おやおや。それを見抜かれるとは、まだまだですね」
「見抜くというか・・・・・・随分と分かり易い気がするのですが?」
不思議そうな顔をして首を傾げるワンリに、シュミットは苦笑を返した。
すぐにその苦笑を消したシュミットは、首を振りながら答えた。
「あれでも、一応は私の後継と周囲から言われるくらいには、優秀なのですがね」
シュミットがそう言うと、ワンリは心底驚いたような顔になった。
どこをどう見れば、ドリスがシュミットの後継になるのかが、まったく分からなかったのだ。
「ああ、勘違いしないでください。あくまでも後継のひとりであって、決まったわけではありませんよ?」
「そうですか」
シュミットの言葉に、ワンリは心底安心した様子で頷いた。
正直に言えば、シュミットの大事な客と聞いて、ドリスがワンリのことを最上級の扱いをしなかった時点で、とても後継になれるとは思えない。
自分はまだしも、あの管理層にいるメンバーの相手をし続けるのは不可能だろうというのが、ワンリの感想だった。
ワンリのその思いを見抜いたのか、シュミットが再び苦笑しながら言った。
「あれでも本当にやり手なんですがね。自分の想像、というか常識の範囲を超える相手が出た場合には、どうしても駄目なようですねえ」
これから先は、あれでは駄目なのですがと続けたシュミットに、ワンリはため息を吐くように言った。
「ご苦労様です」
後継と目されている者たちが何人いるのか分からないが、シュミットはこれから何年もかけて本当にそうなれる者を育てていかなければならない。
そのうちの一人があのドリスだとすると、本当に苦労するだろうと思っての言葉だった。
ワンリにそんな言葉を返されて、シュミットも何とも言えない表情になった。
「まったく。正直、ガゼランが羨ましいですよ」
初めて聞くようなシュミットの弱音(?)に、ワンリは目を丸くしつつ、問いかけた。
「冒険者部門は、優秀な人が?」
「ええ。あそこには、『烈火の狼』のメンバーがいますからね」
「ああ、そういうことですか」
シュミットの言葉に、ワンリが納得の顔で頷いた。
リクの仲間である一人が冒険者部門の統括になれば、最初から意思疎通も上手くいくはずだ。
それでなくても、学園の卒業生も何人かいるはずなので、選びやすいというのがシュミットの見立てだった。
同情的な視線を向けて来たワンリに、シュミットはこの日何度目かの苦笑を返しながら言った。
「まあ、まだ時間はあるはずなので、これからゆっくりと鍛えていくことにしますよ」
「それがいいでしょうね」
ワンリはそう言いながら、管理層にいるメンバーを頭に思い浮かべていた。
最低限、あのメンバーに飲まれないようにしなければいけないと、そう考えるだけで果てしなく高い山を登るような気がするワンリなのであった。
※タイトルと最後の文は、あくまでもワンリ視点での感想です。
 




