(4)ナナとワンリのやり取り
「あれ、ナナちゃん。今日はこっち?」
管理層のくつろぎスペースに顔を出したワンリは、そこでナナが考助に撫でられているところを発見した。
そのワンリの問いに答えるように、考助に撫でられたままナナが「ウオン」と何とも締まりのない声を出した。
完全にお腹を見せてだらけている姿からは、Aランクの魔物を単独で倒せるような神獣だとはとても思えない。
だが、周囲に居る者たちは、すでに慣れ切っているので、誰もそれに対して突っ込みを入れる者はいなかった。
勿論、ワンリもそのうちのひとりだ。
「今日は八十一層に行くんじゃなかった?」
「オン」
「あ、そうなんだ。今はどこも危なそうなところはなさそうですしね」
「オンオン」
「あ、そうなの? うーん。私も大丈夫だとは報告が上がってきているけれど、見た方がいいかな?」
「ワフ!」
「そうだね。そうするよ」
ワンリとナナが明らかに会話をこなしているが、それを不思議に見ている者は、管理層にはいない。
この二人(?)が会えば、いつもこんな感じで会話が進んでいくのだ。
ちなみに、ワンリの言葉が敬語になっていないのは、ナナとの付き合いが、人化できるようになる前からである。
そういう意味では考助たちも同じなのだが、ワンリに言わせれば、別枠扱いになっているようである。
ワンリとナナの会話を聞くとはなしに聞いていた考助だったが、少しだけ興味が出て、話に混ざることにした。
「なんか、話を聞く限りでは、危ないところが出てくるみたいだけれど?」
「あ、えーと、そういうわけではないんです。ただ、時々、未進化種が相手にするには難しい魔物が出てくるというだけです」
あの短い返答でどうやってその内容を聞き取っているのかも興味深かったが、それよりも今は別のことが重要だった。
「倒すのが難しいって?」
「ええっと・・・・・・こちらでいうところの、進化種もしくはリーダー種ということになるのでしょうか」
「ああ、なるほど」
ワンリの返答に、考助は納得した顔で頷いた。
普通のフィールドは勿論、塔の中の階層でも進化種が出てくることは既に確認されている。
それが、狼や狐がいる階層にも出てくることがあるということだろう。
それはそれで重要なことなのだが、わざわざ考助たちが乗り出すまでもなく、これまでも眷属たちだけで対処できているのだから問題ないはずだ。
ただし、進化種が出ているにも関わらず、それほどの犠牲が出たという気配も感じたことが無いのは、少しだけ気になった。
「進化種が出ている割には、あまり犠牲が無いように思えるけれど?」
「ああ、それは、出た時には、私かナナちゃんか、高ランクの進化した仲間で倒していますから」
野生の進化種が出たときは、基本眷属たちだけでは手を出さずに、ナナやワンリが倒すことにしているのだ。
勿論、進化種と戦うことも重要な経験となるので、必要に応じてナナやワンリが監視している中で戦わせることもある。
それに、現在の眷属は、神獣に近いレベルまで進化している種もいるので、どうしてもナナやワンリだけで対応しなければならないというわけではない。
狼や狐の事情を聞けた考助は、今更ながらに納得していた。
今の考助は、眷属たちからの歓迎を受けるために顔を出すくらいで、直接的なかかわりはあまり持たないようになっている。
それほどまでに、眷属たちが安定して暮らしているので、わざわざ考助が手を出す必要が無くなっている。
定期的に召喚している餌代わりの魔物の調整などは、基本的にはナナやワンリから話を聞いて行っているのだ。
考助にとって塔の眷属たちは、既に親から離れた子供のようなもので、ほとんどを自主性に任せている。
「そんなことになっているのか。まあ、大事になっていなくてよかった」
「それは大丈夫ですよ。何かあったらすぐに報告しますし」
ワンリがそう答えると、考助は頷き返した。
「そうだね。でも、まあ、今の狼や狐たちに何かがあったら、それこそ塔そのものがあぶなくなるんじゃない?」
考助はまんざら冗談でもなくそう言った。
眷属の中でも狼や狐は初期のころから召喚し続けていたこともあって、数も実力も他の眷属とは段違いになっている。
今、召喚はほとんど行っていないのだが、それでも自然に生まれてくる子供のお陰で、増えて行っているのが現状なのだ。
そんな状態の狼や狐が、存続が危ぶまれるほどの状況になるとすれば、それこそ大氾濫でも起きない限りは起きないはずである。
塔の中で大氾濫が起こって、魔物たちが暴走をすればどうなるのか、未だに確認したことはないので、どうなるのか考助にもわからない。
まあ、人が管理している塔で、大氾濫が原因でその手が離れたという話は聞いたことがないので、そもそも眷属たちが傷つくだけで塔そのものには変わりはないのかもしれないが。
とにかく、眷属たちがいる階層でも進化種やリーダー種が出ていて、それらが討伐されているということが知れただけでも考助にとっては収穫だった。
だからといって、なにか考助が対処するつもりは今のところない。
それをすれば、折角ナナやワンリがきちんと自分たちで対処していることを否定することにもなりかねないからだ。
考助としては、無理や無茶をしていなければそれでいいので、敢えてそこだけを伝えることにした。
「まあ、何か困ったことがあったら、いつものように言ってくれればいいから」
「はい。それは勿論よくわかっています」
ワンリがそう答えるのに合わせて、ナナも「ウオン」と返してきた。
言葉は話せなくても、きちんと話の内容は伝わっているからこその答えだった。
真面目な話の後は、先ほどと同じように撫でモードに戻った(モフりモードともいう)。
その際に、ワンリが微妙に羨ましそうな顔をして見て来たので、考助はついその頭を撫でてしまっていた。
しかし、見た目高校生くらいに見える女の子(?)に、それはいかんだろうと思わなくもなかったが、ワンリはなにも言ってこなかったのでセーフと言い訳をしていた。
もっとも、その様子を傍で見ていたシルヴィアに言わせれば、あれほど嬉しそうな顔をしていたのに何を言っているのか、ということになる。
ただ、残念ながらいつものことなので、誰もがなにも言わずにすべてを無言のまま終わらせてしまったので、それぞれがお互いの思いを抱きつつ、定例行事は終わるのであった。
何となくワンリ話が続いたので、ナナも混ぜた話でした。
最後のは様式美という事で、苦情は受け付けません。(キリッ




