(12)通達
国王との面会を終えたカルタスは、すぐに自宅へと戻った。
まだやり残した仕事はあったが、何よりも国王の用事が優先されるのだから、カルタスにとっては当然のことだった。
いつもよりも早い帰宅に驚く嫁に、息子のミロを呼んでくるように言った。
そのときのカルタスの雰囲気を感じ取ったのか、嫁はなにも言わずにミロを呼びに行った。
隊長といえどもさほど大きくはないカルタスの家には、書斎なんてものはない。
そのためカルタスは、客間のひとつでミロを待っていた。
「父さん、呼んだ?」
そう言って室内に入って来たミロを見て、カルタスは内心でため息をついていた。
どこで育て方を間違ったのかと、家に来るまで自問自答していたが、ミロの姿を見ても答えは出なかった。
それ自体が既に甘やかしていることの証拠なのだろうかと、後悔することしかできなかった。
呼ばれた理由が分からずに不思議そうな顔をしているミロを見て、カルタスは重くなっていた口を開いた。
「二日後、お前は学園の闘技場である少女と戦ってもらうことになった」
「・・・・・・はい?」
突然すぎるその宣言に、ミロは一瞬呆けた顔になって、すぐに首を傾げた。
「どういう事? とある少女って誰?」
そう言っているミロの顔を見る限りでは、まったく思い当たりがなさそうだった。
カルタスとしては、親の前で隠し事が出来るようになったかと嬉しく思う一方で、こんなことで自覚したくなかったと、複雑な気持ちになっていた。
首をかしげたままのミロに、カルタスはポイとある書面を投げ出した。
「流し読みでいいから見てみろ」
相変わらず固い態度を崩さないカルタスを見ながら、ミロは恐る恐るその書面を読みだした。
そして、数行も進まないうちに、ミロの顔が驚きに包まれていった。
「な、何だよ、これは!? まるっきり俺が犯人だと言っているみたいじゃないか!」
「そうだ。もっと正確に言えば、お前を含めて、お前の仲間たちが馬鹿な真似をしたということだ」
国王がもってきたその書面には、ミロを含めて複数人の人間が、今回の騒動に関わっていると結論付けられていた。
勿論、ラゼクアマミヤの討伐隊に所属しているカルタスは、その調査結果を疑うようなことは、まったく考えてもいない。
なんの感情も込めずに、ただまっすぐに自分を見てくる父親を見て、ミロは慌てた様子で手を振った。
「ち、違う! 俺はなにも知らない!」
「ああ、そう言うと思っていたよ」
あっさりとそう返してきたカルタスに、ミロは再び呆けたような顔を向けた。
「え・・・・・・?」
「わからないか? その署名がある時点で、証拠があろうがなかろうが、そんなことはもうどうでもいいんだ」
あまりにも乱暴なその意見に、ミロは反論のための勢いを封じられていた。
カルタスがミロに見せた書面には、トワ国王の署名がしっかりと入っている。
それだけでもラゼクアマミヤ国内で、その内容を疑う者はほとんどいないだろう。
その上で、さらに宰相と国内で唯一の将軍の署名まで書かれている。
ここまでお膳立てをされていれば、もはやその書類について疑いを持つ者は誰もいないだろう。
それほどまでに、その三者は、ラゼクアマミヤ国内において、絶対の実力と信頼を勝ち得ているのだ。
カルタスからそう指摘をされたミロは、慌てて書面の最後に書かれている署名を確認した。
そこには、確かに三者の連名で書かれている。
「そ、そんな・・・・・・」
この三者の連名による署名については、学園でも最初のうちに叩き込まれることである。
それゆえに、ミロは自分がなにを言おうが、すでに流れが決まっていることを理解した。
呆然としている息子を見ながら、カルタスは相変わらず感情をこめずに言った。
「随分と愚かな真似をしたものだな。それとも、絶対にばれないとでも思っていたのか? 残念ながらその程度の策は、大人になればいくらでも見ることが出来るからな?」
折角そう教えても黙ったまま書面を見ているミロに、カルタスはさらに続けた。
「しかし、よりにも寄って、なぜ国にとっての重要な相手に馬鹿なことをしたのか。いくら本気で懸想したからといっても、他にやりようはあるだろうに」
「ち、違う! そんなつもりは!」
思わず、反射的にそう言ってしまったミロは、ハッとした顔になってまた黙り込んだ。
それを見ていたカルタスは、内心でホッとしていた。
今回の件で国の要職に就けさせるのは諦めているカルタスだが、命を断ったり、それと同じような状況に置かなくて済んだと思ったのだ。
もしミロが最後の最後まで嘘をつき通していれば、そうすることもカルタスの頭の中には考えとしてあったのだ。
それがぎりぎりのところで回避されたので、安心したというわけである。
勿論これは、国王を含めた今回の決定にはまったく関係していない。
あくまでも、カルタスがけじめとして決めていたことだった。
そんな考えをおくびにも出さずに、カルタスはミロを見ながら続けた。
「そうか。まあ、お前の気持ちなどもはやどうでもいい。とにかく、学園側が用意した決闘には必ず出るように。もし、逃げたりしたら、その時点で退学もあり得るそうだ。ああ、病欠も認められていないからな」
「・・・・・・」
「病気になっていようが、元気だろうが、戦闘ともなれば敵は容赦なくかかって来る。そのための実戦練習だと思えばいいだろう」
突き放すように言ったカルタスに、ミロはすがるような視線を向けて来た。
「父さんは・・・・・・」
「なんだ?」
「父さんは、俺が勝てると思う?」
そう聞いて来たミロに、カルタスはため息をついて見せた。
「そんなこと分かるわけなかろう? 俺はミクという少女に会ったこともなければ、遠目で見たこともないのだぞ? それでどうやって判断しろと?」
逆に言えば、一度みれば大体の相手の実力は分かると、カルタスは続けた。
実際、カルタスはそれが出来るだけの力があるからこそ、隊長職に就いていられるのだ。
もっとも、実際にミクを見たカルタスは、その自信を打ち砕かれることになるのだが、それはまだ先の話である。
相変わらず黙ったままのミロに、カルタスはもう一度ため息をついた。
「どうあがいても二日後には結果が出ているのだから、今更相手の実力を知ったところでどうにもならないだろう。それに、今回の罰は決闘に出ることであって、勝敗は関係ないからな。せっかくの機会なのだから、思いっきりやってみればいい」
突き放したように言ったカルタスに、ミロは首を左右に振った。
「なぜ、こんなことに・・・・・・」
「今更なにを言っているんだ。いくら仲間に誘われたからといっても、やっていいことと悪いことの区別くらいはつけるように育てて来たつもりだったんだがな・・・・・・」
そう言ってはみたものの、結果としては大失敗に終わってしまった。
嘆きたいのはこちらだと内心で思うカルタスだったが、それは敢えて口にしなかった。
それが父親としての優しさだと、思うことにしたのである。
結局、父から息子への話は、一方的な通達で終わった。
もともと、反論などさせるつもりはなかったのだが、署名入りの書面がよほど効いたらしい。
さらに、二日後の決闘には、カルタスも出るようにとまで言われていた。
もともと息子がやらかしたことの結果を見守るつもりはあったので、カルタスは一も二もなく同意していた。
さらにいえば、何を考えて少女との決闘をさせるのか、それを見たいという思いもあった。
後から思い知らされることになるのだが、そもそも国王を始めとした例の三者が、罰にならないようなことをやるはずがないのだが、それを思い出すのはその少女の戦いぶりを見てからのことになるのである。