(8)騒ぎの行方
ミクが学園から逃げ出したと聞いたセイヤとシアは、揃って笑っていた。
「さすが、ミクだね」
「そうねー」
まったく心配していなかったセイヤとシアだが、ミクの対応の早さには流石に驚いている。
といっても、周囲にいるクラスメイトほどではない。
呑気そうに笑っている二人を見て、クラスメイトたちはここに来て、本当に心配する必要はないのではないかと思い始めていた。
「なんというか・・・・・・随分と規格外なのね?」
「そんなことないと思うわよ? だって、兄さまや姉さまたちも昔同じようなことをしたって話だし」
呆れたように言ってきた女友達に、シアは軽く答えた。
トワを筆頭に、考助の子供たちはなんだかんだ学園内で騒ぎを起こしている。
そのたびに、それぞれができる限りの対応をしてきたのだから、ミクのこともさほど驚くようなことではない。
むしろ、セイヤとシアが、大きな騒ぎを起こさずに、ここまで学園生活を送って来たほうが、兄弟にとっては初めてのことといえる。
もっとも、セイヤとシアの場合は、ほとんど人付き合いをしてこなかったために、余計なトラブルも寄ってこなかったということもあるのだが。
トワたちの伝説は、いまでも語り継がれている話もあるお陰で、クラスメイトたちは納得したような顔になっていた。
「まあ、そういうわけだから、あまり心配しても仕方ないよ。それに、こうなった以上、恐らく上が動くだろうしね」
「上?」
「あー、良くてトワ兄さま、悪ければ親が出てくるだろうなあ」
セイヤが勘弁してほしいという顔になってそう言うと、ほかの面々は青ざめていた。
流石に考助本人が出てくるようなことにはならないだろうが、かもしれないというだけでも十分な牽制にはなる。
いくらセイヤといえども、これくらいの駆け引きは出来る。
セイヤの言葉に、シアの女友達が慌てた様子で聞いて来た。
「お、親って、まさか・・・・・・!?」
「あー、何を考えているのかは分かるけれど、父さまはこんなことくらいでは出てこないわよ?」
シアがそうはっきり断言すると、何人かのクラスメイトたちはホッと安堵のため息をついていた。
ほかの者たちも、行動には移していないが、顔を見れば安心していることが分かった。
クラスメイトたちと話をしているうちに、午後の授業時間が来た。
だが、セイヤとシアは、別行動になった。
というのは、教室に入って来た教師が、いきなり学園長代理が呼んでいると言ってきたのだ。
敢えてなんの用事かは言ってこなかったが、教室にいた全員がその理由を一瞬で理解していた。
その雰囲気を感じ取ったセイヤとシアは、諦めたようにため息をついて、学園長代理の所に向かっているというわけだ。
学園の学園長は、トワが兼任している。
そのため、実務に関しては学園長代理が回しているので、セイヤとシアが呼ばれたということは、それだけ今回の件を学園側が重視しているということになる。
セイヤが少しだけ緊張した面持ちで学園長室のドアをノックすると、中から「入りなさい」という声が聞こえて来た。
「「失礼します」」
流石のセイヤとシアも、学園長室に入るのは初めてのことなので、緊張しながら代理が座っているところまで歩いて行った。
学園長代理は、重厚な造りの机に向かって、何やら書類仕事をしているようだった。
セイヤとシアは、学園長代理が何かを言うまで机の前で待っていた。
といっても、長い時間待たされたわけではなく、二人が机の前についてから三十秒も経たずに、学園長代理は顔を上げていた。
「すまないね。ちょうど切りが良かったから」
「いいえ」
代理の言葉に、セイヤは首を振った。
それくらいの間待たされたからといって怒るほど、セイヤもシアも馬鹿ではない。
「それで、君たちをここに呼んだ理由だが・・・・・・」
「ミクの件でしょうか?」
今度はシアがそう問いかけると、学園長代理は「そうだ」と頷きつつ続けた。
「ミク嬢は、噂を聞くなり学園を出て行ったようだが、どこに向かったか分かるか?」
そう聞いて来た代理を見ながら、セイヤとシアは同時に首を傾げた。
学園で起こっている騒ぎに対処するために呼んだというのなら分かるが、なぜミクの居場所を聞いてくるのかが分からない。
それに、そもそもセイヤとシアは、ミクが向かった先がどこであるかまでは知らない。
普通に考えるなら自宅に帰ったとも考えられるが、ミクであればそんな単純なところにはいかないだろう。
「いいえ。ミクは俺たちには会わずに出て行きましたから」
「そうか」
若干暗い顔をした代理を見て、シアが不思議そうな顔で聞いた。
「なぜミクの居場所を聞くのでしょうか? この場合は、騒ぎを収めるほうが先なのでは?」
シアがそう問いかけると、学園長代理は難しい顔になって首を左右に振った。
学園長代理の行動の意味が分からずに、セイヤとシアは黙ったままその答えを待っていた。
「私としてもそうしたいのが山々なのだが、この学園の建前としては、学生のもめ事は学生同士で解決するというのがあるからな。下手に手出しをすることができないのだ」
「あ~、ありましたね。そんな規則」
代理の説明に、セイヤも納得した声を上げた。
平の職員ならともかく、学園長代理という立場にあると規則に縛られて動けないことも多々ある。
ただし、それはそれとして、学園長代理がなぜミクを捜しているのか、その理由はまだ分からない。
シアは、その疑問を素直に口にした。
「でもなぜミクを捜しているのでしょうか?」
「今回の件を当事者から直接話を聞きたいのだ。噂が広まりすぎて、どうにも元となっている原因が掴めなくてな」
学園長代理がそう答えると、セイヤとシアは同時に顔を見合わせた。
それなら、自分たちでも十分に答えることができる。
セイヤとシアを見て不思議そうな顔をした学園長代理に、二人は先日の内容を話した。
そして、最後にシアが付け加えた。
「――というわけで、私たちが話したことに尾ひれがついて、今のような話になったのだと思います」
「・・・・・・なんという・・・・・・」
シアの説明を聞いた学園長代理は、頭を抱えながらそう呟いていた。
流石にそんな展開は予想もしていなかったようだった。
それを見て気の毒に思ったセイヤが、追加の情報を話すことにした。
「それから、ミクの居場所はわかりませんが、何をしようとしているかはわかります」
「本当かね!?」
「はい。といっても、そんなに難しいことではありません。恐らくピーチ母さまに連絡を取っているのでしょう」
「そこから、間違いなくトワ兄さまにも連絡が行くと思いますよ?」
シアがそう付け加えると、学園長代理はぐったりと頭を机の上に乗せた。
「そう言うわけですから、恐らく規則がどうのと言っている暇はなくなるかと思われます」
「どちらかと言えば、面白がって騒ぎが大きくなる可能性も・・・・・・」
シアが何気なくそう言うと、学園長代理はガバリと上体を起こした。
その顔は、これ以上の騒ぎは勘弁してほしいと言っている。
だが、セイヤもシアも、この騒ぎがどうなるのか、もう予想することもできなくなっている。
二人の兄弟や親がどの程度関与することになるのか、それによっても変わって来るだろう。
あとは、嵐が過ぎ去るのを待つしかないと、セイヤとシアは言葉にはしないが、そんなことを考えているのであった。
ううむ・・・・・・。
なにやら余計に騒ぎが大きくなりそうな予感が・・・・・・。
き、気のせいですよね。きっと。




