(6)逃亡
ミクは、非常に珍しいことに、友人から聞いた一言で、一瞬頭の中が真っ白になった。
「・・・・・・はい?」
「いや、だから! ミクと戦って勝ったら結婚できるって噂が流れているの!」
一度は聞き間違いだと思い込みたかったが、友人がご丁寧に二度同じことを言ってくれたので、ミクは聞き間違いじゃなかったかと額に手を当てた。
そして、どうしてそんな噂が流れているのかと、真剣に考え始めた。
セイヤとシアが、ミクの実力について話をしたのが昨日のことだ。
それ以外に自分に関する噂がもとになるようなものが思い当たらないので、それが原因で噂が広まったということが分かるが、どこをどう間違えばそんな話になるのか、まったくわからなかった。
戦って実力を試してやろうという輩が出てくることは想定していたが、なぜ結婚話に繋がるのか、まったく意味がわからない。
渋面になって考え始めたミクを見て、周囲の者たちはやはりただの噂だと理解した。
中には、あからさまに安堵のため息をつく者もいたが、残念ながら(?)ミクがそれを見ることはなかった。
今は、ちょうど昼休みで、噂が拡散して突撃されることになる可能性もないわけではない。
さてどうしようかと悩んだミクは、自分の机の上と中の物をかばんに片付け始めた。
その様子を見ていた友人が首を傾げて聞いてきた。
「・・・・・・どうしたの?」
「とりあえず、逃げます」
非常に簡潔にそう答えたミクに、クラスメイトから同情的な視線が向けられた。
彼らは既に噂が嘘であることはわかっているのだが、それを否定するまで面倒になることも理解できていた。
そのため、授業をサボると堂々と宣言するミクに、非難めいた視線を向ける者は皆無だった。
鞄に道具をしまい始めたミクに、周囲からいろいろな物を渡された。
簡潔にいえば、変装用のための道具だ。
周囲の友人たちに感謝しつつ受け取ったミクだが、中にはなんで学園にこんなものを持ってきているのかという物まである。
「・・・・・・なぜ、つけ毛(ウィッグ)なんて持ってきているの?」
それを渡されたとき、ミクが思わずそう聞いてしまったが、聞かれた相手はオホホと口元に手をやって誤魔化していた。
まあ、用途はともかくとして、今のミクにとってあり難いことには違いない。
ミクは、素直にお礼を言いながら受け取って、素早くそれを頭に付けた。
そのほかにもいろいろと着ければ、一目見た時にミクだとはわからない程度の変装は出来ていた。
そして、何人かの友人らと教室を出て、玄関先まで送ってもらえれば、あとは靴を変えて目的地に向かうだけである。
そこまでついて来た友人たちに礼を言ったミクは、そのまま逃げるようにして校舎を後にするのであった。
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学園を出たミクが向かった先は、家ではなく、別の所だった。
家で待ち構えているような輩がいるとは思えないが、念の為の対応だ。
そして向かった先はといえば・・・・・・、
「は~い、どちら様で・・・・・・って、ミクちゃん?」
そういって驚いた声で出て来てくれたのは、リクの冒険者パーティメンバーのひとりであるカーリだ。
カーリも今ではリクの嫁(のひとり)の座に収まっている。
残念ながらまだ子供はいないが、特に仲が悪くなっているわけではないので、出来るのも時間の問題だろう。
もう一人のダーリヤもしっかりと嫁の座を獲得している。
こちらは子供が一人いて、絶賛子育ての真っ最中だ。
ミアも一度だけリクが管理層に連れて来た時に、見たことがある。
それはともかくとして、今は避難場所として、リクの家を選んだのだ。
ただ、ミクが一人で来るのは初めてのことだったので、カーリはかなり驚いていた。
「カーリ義姉様、申し訳ありません。ちょっと匿ってください」
ミクがそう言うと、流石に熟練の冒険者だけあって、まずはなにも言わずに家に引き入れてくれた。
ミクが居間に姿を現すと、ちょうど子供を寝かしつけていたダーリヤが驚いた顔を向けて来た。
それを見たカーリが、首を振りながら言った。
「事情はこれから説明してもらうから」
カーリがそう言うと、ダーリヤはすぐに納得した顔になる。
そのやり取りを見て、ミクが流石だと思っていたのは口にはしなかった。
ちなみに、リクたち一家は、考助たちの関係を参考にして家族関係を築いている。
結婚前から管理層に出入りしていたカーリとダーリヤが、考助たちの関係を見て憧れていたということもその理由の一端にある。
それため、同じ家に住んでいても、カーリとダーリヤの関係が険悪になることは、今のところはない。
そのカーリとダーリヤに、ミクが学園で起こったことを説明し始めた。
ミクの説明を聞いたカーリとダーリヤは、苦笑半分、呆れ半分といった顔になっていた。
「なるほどね~。学園にいるはずのミクちゃんがここにいる理由は納得できたわ」
カーリがそう言うと、ダーリヤは何度かコクコクと頷いていた。
「それはいいけれど、リクはもうしばらく帰ってこないわよ?」
「あ、それは大丈夫です。今は目くらましのために、こちらにお邪魔させてもらっているので」
「目くらまし?」
カーリがそう言って首を傾げると、ミクは頷きながらゴソゴソと鞄の中を漁りだした。
ちなみに、ミクがもっている鞄は、考助が少しだけ手を入れて空間拡張の機能が施してあったりする。
見た目ではわからないハイスペックな鞄の中からミクが出したのは、考助から渡されている通神具だ。
ちなみに、通信具ではなく、通神具であることがミソである。
その通神具をミクが操作すると、すぐに相手から応えが返って来た。
『ミク? どうしたのですか?』
「お母様、緊急事態です」
相手のピーチが余計な質問をしてこないうちに、ミクはすぐにそう言った。
その口調で冗談ではないとわかったのか、ピーチはすぐに状況を説明するように言ってきた。
ミクも余計なことは言わずに、先ほどカーリとダーリヤに説明したのと同じことを繰り返した。
そして、その話を聞き終えたピーチはと言えば・・・・・・。
「――――お母様?」
応答が無くなったことを不審に思ったミクがそう問いかけると、通神具から笑い声が聞こえて来た。
「・・・・・・お母様」
わずかにむくれながらそう言ったミクの雰囲気を感じ取ったのか、すぐに笑い声は途切れた。
『ごめんごめん。とりあえず、家の辺りは大丈夫そうだからすぐに戻ってきてもいいわ』
「はい」
ピーチの言葉に、ミクは安心した様子でそう答えた。
そして、ミクが何かを言うよりも先に、ピーチがさらに付け加えた。
『それから、カーリとダーリヤ。娘を預かってもらってありがとう。お礼は後で持っていきます~』
きちんと母親としてカーリとダーリヤにお礼を言ってきたピーチに、二人は通神具に向かって言った。
「いえ、とんでもないです!」
「困ったときはお互い様」
『それもそうですね~。ですが、お礼はきちんとします。というか、お茶にでも付き合ってください』
のんびりと付け加えられたその言葉に、カーリとダーリヤは拒否することなく、楽しみだと受け入れるのであった。
さすがのミクも、押し寄せる男子(一部女子?)どもをすべて相手する気にはなれませんでしたw
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是非、応援よろしくお願いいたします。
現在、第二章突入。




