(13)ゼロの成長
考助がゼロの赤ペン先生を始めてから、ひと月が経っていた。
その間、ゼロは目覚ましいほどの進歩を見せている。
もともと孤児院では、自分の名前と他人の名前くらいは書けるように子供たちに教えている。
それが功を奏していたのか、まずはその日に起こったことを手紙にして書くようにという訓練を始めた所、あっという間に違和感のない手紙が書けるようになっていた。
もともとこの世界での文字(文章)は、口語調と文語調の違いがほとんど無く、話し言葉そのままに文章にできるのも大きい。
ゼロの普段の会話が、さほど難しいものではなく、結果として文章もさほど難しくならなかったのだ。
勿論、時には変な文法を使ってきたり、綴りを間違っていたりはしていた。
そのたびに、考助がチェックを行って、それを送り返すという事を繰り返していた。
そしてある日、いつものように送られてきた手紙を見ていた考助は、思わずうなるような声を上げていた。
それを聞きつけたのか、シルヴィアが不思議そうな顔を向けて来た。
「どうしたのですか? ・・・・・・あら、それはゼロからの手紙ですか」
「うん。そうなんだけれど・・・・・・。とりあえず見てもらえれば分かる・・・・・・かな?」
考助はそう答えながら、手紙をシルヴィアに渡した。
手紙を受け取ったシルヴィアは、一通り読み終えて首を傾げた。
「子供らしい文章とはいえますが、きちんと書けていると思いますよ?」
「うん。そう。ミスらしいミスもなく、しっかりと書けているね」
「・・・・・・それで、なぜそんな顔をしているのでしょうか?」
「うーん。どうにも僕の感覚がずれているのかもしれないけれど・・・・・・普通、名前を書ける程度の子供が、たったひと月でここまで書けるようになるの?」
考助が首を傾げながらそう問いかけると、シルヴィアはハッとした表情になった。
確かにおかしいと思い当たったのだ。
もう一度手紙の文章に目を通したシルヴィアは、感嘆のため息をつきながら答えた。
「確かに、そう考えると、素晴らしいとしか言いようがないですね」
「そうなんだけれどね。孤児という環境がそうさせているのか、本人の意欲が素晴らしいのか・・・・・・あるいは、本当の天才なのか。どっちにしても、空恐ろしいほどだね」
文字を教え始めてたったひと月でここまで書けるようになるというのは、普通では考えられない。
もしかしたら、単に書く機会が無く、テイマーギルドの施設などで文字には触れていたのかもしれない。
そんなことを考えていた考助だったが、首を左右に振った。
「まあ、本人の努力もなしにここまで成長することはないはずだから、変な勘繰りをするのはやめておこうか」
「勘繰りというと・・・・・・ゼロが不正をしていると思われているのですか?」
「いやいや。そういう事じゃなくてね。天才だとか秀才だとか、そういう子供が出てくると、どうしてもあの方たちの関与を疑ってしまうんだよね」
考助が言う「あの方」というのが誰であるのかすぐに思い当たったシルヴィアは、笑みを浮かべながら首を左右に振った。
「それはないでしょう。この世界に、どれほどそう呼ばれている子供たちがいると思いますか?」
「まあ、そうなんだけれどね。本当の意味での天才だったら、そういうこともあり得ると――」
そこまで答えた考助は、首を左右に振った。
話がそれている上に、はっきり言えばどちらでも良い話だった。
「――これ以上はやめておこうか。今はあまり関係のない話だしね。まあ、興味深いと言えば興味深いから、時間のある時に話すのもいいかもしれないけれどね」
「それもそうですね」
シルヴィアも僅かに苦笑しながら頷いた。
今はゼロのことが話の中心で、女神たちを軸に持ってくると話が長くなりすぎて、収拾がつかなくなってしまう。
ゼロの手紙をもう一度見ていた考助は、やがてぽつりと呟いた。
「・・・・・・もっとゆっくり教えるつもりだったけれど、少し予定を早めてみるかな?」
そう言った考助に、シルヴィアが意味ありげな視線を向けた。
「本当に少し、ですか?」
「うん、少し、だね。変に詰め込み過ぎても仕方ないし。まあ、でも、ゼロがついてこれるようだったら、もっと上を目指してもいいかな?」
「・・・・・・あまり無茶な教え方はしない方がいいと思いますよ?」
考助は、ゼロの姿を見ながら教えているわけではないので、当人が無理をしているのかどうかまでは、直接確認することができない。
変に詰め込み過ぎると、勉強自体が嫌になってしまって、潰れてしまう可能性もあるのだ。
そう考えると、下手に教育進度(教育レベル)を上げて、折角の才能をつぶしてしまっては、非常に勿体ないことになる。
シルヴィアの念を押すような確認に、考助は深く頷いた。
「うん。わかっているよ。・・・・・・といっても、どういう教え方をするべきか、悩むなあ」
考助はそう言いながら腕を組みながら考え込み始めた。
ゼロが順調に文章を書けるようになってきたので、あとはスライムに関しての知識を吐き出してもらうことになる。
一言でいえば、論文を書いてもらうのだが、流石にそこまで難しい文章は書くことができないだろう。
アースガルドの世界での論文は、考助が知っているものよりは、より単純で格式ばったものではないが、それでもある程度の形式というものはある。
それに合わせて、ゼロが文章を書けるようになるかといえば、また別の話だ。
知識として知っていることと、他人に説明するための論理的な思考ができるかどうかというのは、また別の話だからだ。
そうした論文の形式を、どうやってゼロに身につけさせるのかというのは、考助にとっても悩みどころだ。
しばらく悩んでいた考助だったが、やがて首を左右に振った。
「決めたのですか?」
「うん。まあ、決めたというか、先送り? とりあえず、今回はたまたまかも知れないから、しばらく様子を見るよ。その間に、しっかりと計画を立ててみる。ほかの人たちの意見も聞きながら」
自分ひとりで考えると、どうにも碌な結果にならなさそうな気がした考助は、そう結論付けた。
「そうですね。そのほうが良いと思います」
実はゼロの成長ぶりが、考助に原因があるのではないかと少しだけ疑っていたシルヴィアは、それを顔に出さないようにしながら平静を装って頷いた。
ほかの者たちの手が入れば、考助の影響は多少なりとも抑えられると考えたのだ。
シルヴィアがそんなことを考えているとはいざ知らず、考助はシルヴィアの答えに満足した顔になっていた。
その上で、改めてゼロが書いた手紙におかしなところはないかと、チェックを始めた。
少なくとも今のままでは子供口調のままなので、それは直さないと話にならない。
そう考えた考助は、文章を訂正するべく、各所に赤ペンを入れ始めたのである。
ちなみに・・・・・・。
考助の自制が効いたのか、シルヴィアの駆け引きが効いたのかは不明だが、その後のゼロはごく普通の才人程度に収まることになる。
ただし、その才能はテイムに限ってのことになるのだが、それが幸か不幸かは、当人が選ぶべき答えなのであった。
これでゼロ君の話は一旦終わりになります。
このあとの話は・・・・・・まだ考えていないのでですが、どうしましょうか?w




