(3)ゼロ
テイマーギルドに所属するためには、ひとり一体は従魔を連れて来る必要がある。
ところが、どんなものにも抜け道はあって、この場合はもともとのテイマーと契約なりをして、登録時にだけ従魔を貸すといった方法も取ることができる。
特にお金がある貴族や商人たちは、そうした方法でテイマーギルドのギルドカードを取得するのだ。
そんな方法でギルドカードを得てどうするのかといえば、当然、メンバー員が利用できる施設を訪ねるためだ。
その上で、自分に合う従魔を探し出そうとする者が後を絶えないのだ。
ギルド側も、取り締まりを厳しくしようにも、厳しくできないという事情があり、そこは黙認されている。
付け加えると、そんな裏道で通って来た者の中にも、本物のテイマーとなれる才能を持った者が出てくるのだから、積極的に禁止していないというわけだ。
お陰で、施設の職員が割を食う事になるのだが、それはどんな仕事でもあり得ることなので、文句を言っても仕方ない。
そもそも、どんなに規制をしたところで、従魔を連れて歩くことがステータスになる以上は、必ず抜け道を作られてしまうだろう。
それならば、ある程度監視がある中で、最後の部分で歯止めがかけられればいいというのが、テイマーギルドの現在の考え方なのだ。
ある意味納得できる理由に、考助たちは職員からここだけとして聞いた話に、頷いていた。
「まあ、下手に裏で取引されるようになるよりは、はるかにましだな」
「そうだね。それで事故なんか頻発したら、折角のテイマー人気に陰りが出るだろうしね」
今のままであれば、あくまでもきちんと従魔(候補)と対面したうえで、相性が合わなかったとお互いに言い訳ができる。
全ての者がテイマーになることなど不可能なのだから、十分に言い訳としても成り立つのだ。
考助の言葉に、それまで話をしていたテイマーが「あ」と声を出した。
今までそこまでは考えていなかったという顔だった。
「確かに、そういうことも考えられますね」
「まあ、僕らはテイマーが一般的でないところからきているから思い付けただけだね」
「多分だが、ギルドの上層部もこれまでの歴史の中で、そういったこともあったのではないか?」
代々のギルドマスターなどにそうした歴史が申し送りされていれば、今まで態度を変えていないギルドの方針にも納得がいく。
「・・・・・・そうですね」
考助とフローリアの言葉に、職員が神妙な顔になって頷いた。
ふたりの言葉からいろいろと考えさせられるものがあったのだ。
ランクが一番下の考助たちは、見られる場所(従魔)も限られている。
そのため三十分もせずに、従魔がいる檻を見終えようとしていた。
そんな矢先に、シルヴィアが気になるものを発見した。
「あの・・・・・・。あの子供はなにをしているのでしょう?」
そう言っていシルヴィアが差した先には、十歳くらいの男の子が檻の中でなにやら作業をやっていた。
シルヴィアに言われるまでそのことに気付いていなかった職員は、少し慌てた様子でそちらに近付いて行った。
「こら、ゼロ! この時間は、ここは駄目だといっただろう!」
「えっ!? あっ! やべっ!!」
ゼロと呼ばれた少年は、職員に怒られて、さらに考助たちに視線を向けて慌てていた。
どうやら、やってはいけない時間に、房(檻)の掃除などをしていたようだった。
職員が慌てて、考助たちに向かってゼロの頭を下げさせてから、すぐに別の棟に行くように指示をだした。
だが、ここで考助がストップをかけた。
「あ、ごめんなさい。ちょっと待って。少し話を聞きたいことがあるんだけれどいいかな?」
考助がそう言うと、当人と職員は勿論、シルヴィアやフローリアも少し驚いたような顔になっていた。
考助は、ゼロに向かって少しだけ視線を向けてから「構いません」と言ってくれた職員に頭を下げた。
それからゼロに視線を向けた考助は、一度房を見てから聞いた。
「君は、ほかの房と違って、わざと汚れを残すようにしていたよね? それはなぜかな?」
考助のその問いかけに、ゼロが目を見開いて、職員も驚いたような顔になってゼロを見た。
「ゼロ、お前!」
「ち、違うんです! サボったわけじゃなくて!」
「あー、いやいや。ちょっと待ってください」
ゼロと職員のやり取りを見た考助は、お互いに勘違いしていると気付いて手を振ってすぐにふたりのやり取りを止めた。
そして、改めてゼロに視線を向けた考助は、確信した様子で言った。
「君はその汚れがスライムにとって良かれと思ってやっていたんだよね?」
ゼロが手入れをしていた房は、スライムの為のものだったのだ。
だからこそ、考助は先ほどの質問をしたのだ。
「えっ!? あ、はい・・・・・・そうです」
「ゼロ! お前は・・・・・・!」
ゼロの返答にまた怒ろうとした職員に、考助は待ったをかけた。
「あー、すみません。怒るのは、次の答えを聞くまで待ってください」
考助がそう言うと、職員は訝し気な表情になった。
それに気付きつつ、考助はゼロに視線を向けたまま質問を続けた。
「何でそんなことを? 楽に仕事をしたかったからじゃないよね?」
「あ、はい。・・・・・・えっと、前に房の掃除が追い付かなかったときに、次の日見たらスライムたちが喜んでいた気がしたから・・・・・・」
ゼロがそう答えると、後ろで話を聞いていたシルヴィアとフローリアが同時に顔を見合わせた。
ふたりは、スライムのとある習性を知っているので、ゼロのその言葉が正しいとわかったのだ。
勿論、考助もそのことをわかった上で、ゼロにニコリと笑顔を向けた。
「そうか。君にはスライムたちが喜んでいるように見えたんだね?」
「・・・・・・はい。なんとなく、ですけれど。それに、わざとごみとかを上げても同じように見えたから・・・・・・」
改めて考助に問いかけられて、ゼロは自信なさげな表情になって頷いた。
そのゼロの頭を一度軽く撫でた考助は、職員に視線を向けて言った。
「ゼロが言っていることは間違っていません。指示以外のことをしていたことを叱るのは良いですが、やっていたことを怒るのは止めてもらえませんか?」
「はい? どういうことでしょうか?」
考助の言葉に、職員は狐に騙されたような顔になった。
「スライムというのは、完全に綺麗な環境でいるよりも、時折汚れた場所に居させたほうが良いのですよ。もし、スライムを長生きさせたいと考えているのであれば、ゼロのやり方は間違いではないのです」
そう続けて考助が説明をすると、職員は戸惑いながらも反論して来た。
「そう、なのでしょうか? 少なくとも私はそんな話は聞いたことが無いのですが・・・・・・」
「そうなのですか? これだけスライムを飼っているところなので、私は逆に気付いていると思っていましたよ?」
考助はそう言いながらも、これだけ整った施設であれば、一度確立した方法以外を試すことは少ないだろうなとも考えていた。
さらに、スライムは程度に餌さえ与えておけば、勝手に分裂して増えてくれる。
わざわざ寿命のことまで考えたことが無いということも想像できた。
とはいえ、テイマーギルドに入ったばかりの新人の言葉が信じられるとは、考助も考えていない。
なので、職員にある提案をすることにした。
「といってもいきなり信じて貰えるとは思っていませんから、この場は私に免じて許してもらえませんか? スライムに関しては後でレポートをギルドに提出します」
テイマーギルドは、依頼の消化だけではなく、従魔に関しての研究成果をランクに転化するシステムがある。
それらのレポートによって名を上げることができれば、ランクも上げられるのだ。
頻繁にこの国に来て依頼ができるわけではない考助にとっては、そのシステムはあり難いものなのだ。
その考助の提案に、職員は渋々と頷いて、ゼロへの説教はうやむやになるのであった。
ゼロ登場!
ゼロについての細かい話は次話でします。
勿論、今回の話のメインの登場人物です。




