(2)従魔の常識
一度アマミヤの塔の管理層に戻った考助たちは、新たに二体の狼を加えてテイマーギルドに戻った。
この二体の狼は、別に今回用に用意したわけではなく、普段から管理層や始まりの家でシルヴィアやフローリアに付き添っている。
そのため、とって付けたような印象を与えることなく、二人に馴染んでいるのでちょうどよかったのだ。
もっとも、普通のテイマーのようにしっかりと躾が出来るのかといえばそれは別で、普段はナナや他の狼たちからいろいろ教わっていたりする。
最終的には考助がいるので、シルヴィアやフローリアが狼の躾のようなことをしたことはほとんどない。
もっとも、それでもしっかりとシルヴィアやフローリアの言うことを聞くので、何ら問題ない。
その日、二度目のテイマーギルド訪問となったが、同じ受付嬢は笑顔になって考助たちを迎え入れてくれた。
勿論、仕事的な意味合いもあるのだろうが、少し前に考助たちが来ていたことをきちんと覚えていたのだ。
その証拠に、
「お待ちしていました。新規登録でよろしいですか?」
と聞いてきたのだ。
当然のように、考助たちがそれぞれ狼を連れていることも確認していた。
カウンターに近付いた考助は、頷きながらクラウンカードを差し出した。
「そうです。あと、クラウンとの複数登録よろしくお願いいたします」
「畏まりました。ランクに関しては、仕事内容が特殊という事もあり、一番下からということになりますが、よろしいですか?」
テイマーギルドの仕事は、テイムモンスターを利用した特殊なものもあるため、ランクが同じにはならない。
もっとも、討伐や護衛といった仕事もあるので、クラウンでの経験がまったく無駄になるというわけではない。
テイムギルドのギルドカードには、クラウンでのランク表示がきちんとされて、それらの依頼は同じランクのものも受けられるようになっている。
考助たちが自分の言葉に頷くのを確認した受付嬢は、その他にクラウンと違っている点を説明し始めた。
とはいっても、業務内容でクラウンと違っているのは、テイマー専用の仕事があることくらいだ。
あとの違いは、テイムモンスターの扱いや別の建物になっているテイマー専用の施設の利用方法などだ。
それらの説明を受けた考助たちは、はれてテイマーギルドのカードを手にすることができたのである。
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受付で登録作業を終えた考助たちは、早速テイマー専用施設へと向かった。
入り口でギルドカードを差し出すと、なんの問題もなく通ることができた。
といっても、一番下のランクで始まっているので、利用できる範囲は当然ながら限定されたものでしかない。
とりあえずは、どんなシステムで運営されているのかを確認するだけなので、それで問題なかった。
テイマー専用施設は、一応外観上は建物のように見えるが、大部分は天井が無く空が見えている。
それもそのはずで、建物の中では多くのテイムされたモンスターが飼われているので、空気の入れかえは非常に重要なのだ。
それでも獣の匂いが完全に消されるわけではない。
そんな空気の中、考助たちは平然とした様子で建物の中を進んで行った。
考助は勿論、普段から眷属たちに触れているシルヴィアやフローリアもこの程度の匂いは大した問題ではないのだ。
というよりも、むしろもっと濃い匂いを想像していた。
予想以上に空気が綺麗で、驚いたほどだった。
考助たちのランクで見れる従魔が入れられている檻を見ながら、フローリアが感心したような顔になっていた。
「これは予想以上にいい場所だな。もっと空気は淀んでいると思ったのだが」
フローリアのイメージでは、野生で飼われているわけではなく、狭い檻の中にたくさんのテイムモンスターが押し込められていると想像していた。
そんな中では、どうしたって従魔たちの匂いは籠り、慣れていない者にとっては耐えがたい匂いになる。
ところが、この施設は、貴族の子女であっても我慢できないほどの匂いは、ほとんどしていなかった。
勿論、流石にすべてを消すことは出来ないようで、ところどころで特有の匂いが籠っている場所はある。
だが、その程度の匂いを我慢できないようであれば、そもそも優れたテイマーになることなど不可能である。
ただし、この施設には、一流のテイマーを目指さない者も来ることがある。
それがどんな者たちかといえば・・・・・・、
「ハハハ。そう言っていただけると、こちらとしても嬉しいです。ただ、中にはやはり耐え難いという方もいらっしゃいまして、私どもとしては常に悩みどころです」
フローリアに向かってそう言ってきたのは、考助たちに付けられた案内役の職員だった。
全てのテイマーにこうして案内役がつけられるわけではなく、初めて施設に訪れる者には、こうして必ず一人は職員がつけられるのである。
それは、施設を訪ねて来たテイマーの為ではなく、時に予想もできない行動に出たりするお客から従魔たちを守るためでもある。
もっとも、既に三体もの狼を連れている考助たちを見て、職員は内心でこのお客は楽そうだと安堵していた。
実は、案内役を決めるときに静かな戦い(じゃんけん)が職員同士で行われていたのだが、勿論そんな姿を考助たちに見せるほど、職員たちは愚かではなかった。
そんなことには気づかないまま、フローリアは職員の言葉に首を傾げた。
「そんな者がわざわざこの施設に来るのか?」
フローリアにしてみれば、従魔は匂いを出すのが当たり前で、それを嫌がるようであればテイマーにはなれないというのが当たり前である。
これにはフローリアだけの考えではなく、考助やシルヴィアも同意するように頷いていた。
その様子を見た職員は、少し声を潜めながら言った。
「お客様たちなら大丈夫でしょうからお話しますが、中には香水やら何やらをつけたままいらっしゃる方が・・・・・・」
最後の方は口を濁した職員だったが、考助たちにはそれだけでどういった者たちがそんなことをするのかを理解できた。
テイマーであることが誇りにもなるこの国では、貴族たちの間で従魔を持つことがステータスになっていたりする。
勿論、相性などの問題で、全ての貴族が従魔を持っているわけではない。
というよりも、貴族全体の割合からすれば、実際に従魔を持っている貴族は、三割程度だろう。
それでも他国に比べれば、とんでもなく多い数なのだが、その数がときに貴族としての矜持を傷つけることもあるのだ。
そうした事情から、この国の貴族たちは、近くのテイマーギルドに登録だけを行い、ランクの低い従魔を求めて施設にやって来ることがある。
そうした貴族の女性たちが、従魔のことをまったく考えずに、普段の装いのまま施設に来るのだ。
そうした『お客』は、この施設ではもっとも敬遠される存在なのである。
「何というか・・・・・・本来の目的から大きく外れていることに、当人は気付いていないのでしょうね」
多少呆れた様子でそう言った考助に、フローリアも苦笑しながら頷いた。
「彼女らにしてみれば、それが当たり前と思い込んでいるからな。むしろ着飾っては駄目なんてことは、かけらも考えたことが無いのではないか?」
普通であれば、そちら側の人間であったはずのフローリアだからこそ出てくる感想だった。
そのフローリアの言葉に頷いている考助とシルヴィアを見ていた職員は、やはり当たりだったと内心で小躍りしているのであった。
施設の中の匂いに関してですが、あまり具体的には考えていません。
家の中でペットを飼っている場合でも、人によってはその匂いが耐え難いということもあるでしょうから。
そんな中に、香水やら化粧やらをしてくる貴婦人たちは、やはり異質といえるでしょうね。
当人たちはまったく気付いていなかったりしますが。




