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塔の管理をしてみよう  作者: 早秋
第12部 第1章 引っ越し
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閑話 初めてのお客様(後)

 商人としてはまっとうなのだろうが、どうにも先ほどの経験からうさん臭く見えてしまった店員の笑顔に、ボズは思わず本音が漏れてしまった。

「・・・・・・ここはまともな店なのか?」

 その問いかけに、店員――エトが膝から崩れ落ちてしまった。

「うっ、ううっ・・・・・・。そ、そうですよね。どう見ても怪しいことこの上ないですよね・・・・・・」

「お、おう・・・・・・?」

 そのあまりにも哀愁が漂った姿に、ボズが戸惑ったような返答をしてしまった。

 

 そして、それをみたせいなのか、店のカウンターから女性――フランカが一人出てきて、エトを慰めるように肩を叩いた。

「あ、貴方。折角初めて来てくださったのですから、頑張りましょう!」

「そ、そうだった! 申し訳ございません!」

 フランカの慰めに、エトが勢いよく立ち上がって、ボズに向かって頭を下げた。

 エトとフランカにとっては、店に配置されてから初めて迎えるお客様だ。

 この機会を絶対に逃すわけにはいかないという気合が入っている。

 勿論、そんなことは感じさせないように、雰囲気は商人らしくなっている。

 

 店員の反応にすっかり毒気を抜かれてしまったボズは、その場でぐるりと店の中を見回した。

 遠目で見た感じでは、魔道具が置かれているように見えるのだが、それ以外にもなにかが置かれているようにも見える。

「・・・・・・んで、一応聞くが、ここは店でいいんだよな?」

「ええ、はい。それで間違いございません。・・・・・・・・・・・・限りなく怪しいことは、重々承知の上です」

 自分から店のおかしい点を申告して来たエトに、ボズは首を傾げた。

「普通、商人ってのは、自分が不利になるようなことはしないと思ったが?」

「まったくもってその通りです。・・・・・・ですが、私も雇われの身でして、これ以上はどうしようもありません」

 てっきりエトが店の店主だと思っていたボズは、少しだけ憐みの視線を向けた。

 エトが雇われの身で、この店を自由に出来ないと知って、多少の同情が芽生えたのだ。

 

 店の雰囲気に呑まれていたボズだったが、エトの態度にすっかりいつも通りの気持ちになっていた。

 そして、周囲を見回しながら、

「どんなものが置いてあるんだ?」

 そのボズの問いかけに、エトは完全に商人としての顔になった。

「そうですね。基本的に置いてあるのは魔道具になりますが・・・・・・冒険者であるお客様には、この辺りなんかはどうでしょうか?」

 その言葉を皮切りに、エトは次々におすすめの商品をボズに勧め始めた。

 

 

 エトから商品を勧められたボズは、内心で驚愕していた。

 表に驚きを出していないのは、商人であるエトを相手に、駆け引きをするための材料を与えないためだ。

 冒険者として長い間活動していれば、これくらいのことはできるようになる。


 ただし、ボズのその努力は、ほとんど無意味といっても良い状況だった。

 なぜなら・・・・・・、

「はっ・・・・・・!? その効力の魔除けが、そんな値段だと!?」

「ええ。これ以上上げると、店のオーナーから私が怒られるんですよ」

 苦笑しながらそう言ってきたエトに、ボズはもう一度信じられないという視線を向けた。

 はっきり言えば、ぼったくりどころか、店の存続を心配しなければならないようなレベルの安さだった。

 

 しかもさらに驚いたことに、店舗部分はさほど広くは見えなかったが、ボズが要求さえすれば望んでいた効果の一段上の魔法具が次から次と、信じられない値段で出てくる。

「むう・・・・・・。どれもこれも欲しいんだが、残念ながら手持ちが少ない」

 はっきりとボズがそう言ったのは、取り置いてほしいという意味を込めている。

 勿論、エトもそのことにすぐに気付いたが、曖昧な顔になって首を左右に振った。

「それこそ残念ですが、お客様がすぐにこの店に入れるかどうかは、わかりません」

 そう言ったエトの言葉を、ボズは思わず聞き流してしまうところだった。

 

 一度頭の中でその言葉を反芻したボズは、不思議そうな顔を浮かべてエトを見た。

「・・・・・・どういうことだ?」

「私にも詳しいことはわかりませんが、お客様が今回入って来た入り口をもう一度見つけることができるかどうかはわからないそうです」

 エトのその説明を聞いたボズは、なんともいえない表情になった。

 普通であれば、なにを馬鹿なことをと言っているところだが、そもそもあのおかしな布があった場所や、店に入る途中の不可思議現象を考えれば、あり得ない話ではない。

 ・・・・・・そうボズも理解できてしまったのだ。

 

 大きくため息をついたボズは、非常に残念そうな声を出してから頷いた。

「・・・・・・そうか」

 今度は、その返答を聞いたエトが少し不思議そうな表情を浮かべた。

「このようなお話を信じられるのですか?」

 自分の店だろうに、と言おうとしたボズだったが、すぐに雇われの身だということを思い出して苦笑を返した。

「ああ。冒険者を長い間やっていると、こういう不思議な話を耳にする機会も多いってことだ。実際に体験もしたことがあるしな。・・・・・・もっとも、町の中では初めての経験だが」

「・・・・・・さようでございましたか」

 ボズの心からの言葉に、エトが真面目な表情になって頷いた。

 

 エトは、この店に入って来る客は、選ばれた者たちが来るということは聞いていた。

 考助からの直接の言葉だけに、疑っていたわけではないが、それでも今のボズの話を聞いて、そのことを実感できた。

 これだけのことが起こっているにも関わらず、すぐに冷静に対応をしているボズは、それだけの経験を積んでいるということがわかったのだ。

 勿論、いままでの会話で、人格的にも問題が無いことはある程度理解できている。


 さすが現人神が作った場所だと感心しているエトだが、まだ完全に信用ができているわけではない。

 それは、現人神が信じられないとかいうことではなく、人は己の持つ常識を越える物を見たときには、目の色を変えることを知っているためだ。

 そのくらいのことを神が見抜けないとは思えないが、商人としての習性が、どうしても一歩引いたところで人を観察するようになっているのである。

 ちなみに、考助たちはそのことを理解したうえで、エトに店を任せているので、どっちもどっちといえるだろう。

 

 そんなエトの信条はともかく、ボズがこの店(・・・)に来るお客様としては上客だということは、いままでの会話で理解できた。

 そのためエトは、ボズが持っているであろう懐の中身を推測しながら、これから先役に立つであろう魔道具や回復薬を勧めて行くのであった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 さんざん悩んだうえで、ひとつの魔道具を買うことを決めたボズは、財布の中に入っていたほぼ全財産を出してその魔道具を買った。

 出来ることならギルドに預けてあるお金を引き出したうえでもう一度店に行きたかったが、残念ながら店主が言った通りに、それは許してくれなかった。

 店を出て、あの不可思議な布をくぐったボズが後ろを振り返ると、そのときには既に布は消えており、いつも通りの道に戻っていたのである。

 ボズは、店主の言う通りだったと半分納得し、残りは店にあった魔道具の数々を思い出して、残念な気分になっていた。

 店主の言葉を信じるならば、またあの名もなき店を訪ねるのは、なかなか難しいということになる。

 

 そして、ボズがあの不思議な店に入ってから数日後、町の中である店に関するひとつの噂が流れるのであった。

ボズとエト(&フランカ)の初体験でしたw

締めはいつもと(?)変わらないので、数行でおしまいです。

今章最後の話は、翻弄される領主さまという感じで行くと思います。


※次話更新は、6/26(月)になります。

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