閑話 戸惑う店主候補
説明回?
人生というのはままならない上に、何が起こるかわからない――――。
この半年の間でエトが痛感したのが、後の人生に刻み込まれることになるこの言葉だった。
十五のときに師匠から独り立ちをして三年。
さらにそこから二年経ってフランカと出会い、なんとか彼女の親に認められるようになるまでさらに二年。
フランカと一緒になったときには、エトは既に二十二才になっていた。
独り立ちしてからもそうだったが、フランカと出会ってからの二年は、エトはがむしゃらに働き続けた。
何しろ、彼女の父親から彼女との婚姻を認められる条件が、自分の店を持つということだったのだからそうするのも当然だ。
その甲斐あって、小さいとはいえ店を持つことが出来たのだから、ただの行商人だったエトにとっては僥倖に巡り合えたといってもいいだろう。
だが、その幸運が続いたのは、それから一年もしない間だけだった。
店を持った一年後、フランカと無事に結婚式も上げてから僅かもしないうちに、彼女の実家の経営が傾き始めた。
きっかけは、これまで店を取り仕切ってきたフランカの父親の死だった。
フランカの結婚を見届けたエトにとっての義父は、緊張の糸が切れたかのように病気で倒れたのだ。
その後、一月もせずに急逝してしまってからが、彼らの転落人生の始まりだった。
義父は、娘を嫁にやる条件としてただの行商人に店を持つように言うほどに、ときに強引な手腕を発揮することがあった。
簡単に言えば、多少無茶な条件でも借金を重ねてきていたのだが、長男がそれを引き継いだ際に、その借金で首が回らなくなったのだ。
その波は、エトが作った店にも来たのだ。
具体的に言えば、店を構えるときに作った借金をすぐに返すようにと長男に言われたのである。
その長男にしてみれば、フランカは実の妹に当たるのだが、これまでと違って猶予を持ってくれるなんてことはしてくれなかった。
なにしろ、その長男自身も店の経営で首が回らなくなっていたのだから致し方ない。
たとえ血の繋がった兄妹といえども、そこは商売人として非情になるのも仕方ないと理解していた。
逆に、フランカからは謝られることになったのだが、エトとしても自分に責任が無いわけではないことはわかっていた。
フランカ自身は、実の兄から借金を取り立てられることになったのだが、そこは商売人同士として割り切っているようだった。
ただし、短いとはいえ夫婦として暮らしてきたのだ、時折フランカが寂しそうな顔になっていることもエトは気が付いていた。
だが、そのときのエトとフランカは、ひたすら借金を返すために寝る間を惜しんで働いていたので、お互いに気を使う余裕もほとんどなかった。
結果として、借金は返せなくなり、店は売りに出されて、エトとフランカは借金奴隷として売られることになる。
それがエトとフランカにとっての人生最大の転換点だったとも気付かずに。
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「――慣れることね」
その言葉を聞くのは何度目だろうか。
エトは心の中で呪いの言葉のように呟きながら、その気持ちを顔には出さないように必死に押しとどめた。
商人として笑顔を取り繕う技術が、こんなところで役に立つことが、嬉しいのか悲しいのかは微妙なところだ。
エトが奴隷としての先輩であるセシルとアリサから教えを乞うようになって、丸二日が経っていた。
その間、エトとフランカは、ただひたすらこれまでの人生で培ってきた常識を打ち払うように言われてきた。
考えてみれば、エトがフランカと共にこの場に来ることになったこと自体、非常識な状況だった。
借金奴隷として奴隷落ちした者たちは、基本的に教育期間を設けられてから主人となる者へと紹介される。
ところが、エトとフランカの場合は、その教育期間はほとんどなかった。
なにしろ、ふたりが奴隷落ちしてから約一日で買われたのだから、それも当然だろう。
普通ではありえないその状況に、エトとフランカは、同時に買われたのだとわかってから、喜びよりも先に戸惑いのほうが勝っていた。
さらにいえば、奴隷商人の顔を見れば、自分たちがどれほどの高額で買われたのかもすぐに理解できた。
ましてや、買い主だと奴隷商人から言われて会わされたのが、見たこともないような美女ふたりだったのだから、エトでなくとも普通ではないと感じるのは当然だろう。
いま思えば、そのときに買われることを拒否すればよかったのだが、夫婦ともども買ってくれるという言葉に、つい飛びついてしまった。
本来であれば、奴隷に購入者を拒否する権利はないのだが、教育期間なども含めて交渉する余地はあったはずだ。
何よりも、購入者の美人二人が、直接「拒否しても良い」と言っていたのだから間違いない。
それ自体が、そもそも疑っても仕方のないことだったのだが、当時のエトにはそんなことを考える余裕はなかった。
結果として、本来はクラウンカード持ちでないと気軽に使えないはずの転移門を簡単に使った美人二人は、エトとフランカにとんでもない存在を紹介することになる。
そのとんでもない存在が、本来の主人となる者だと言われて、エトとフランカはこれ以上ないほど取り乱してしまった。
ただ、これに関しては、エトとしても大いに釈明したいところである。
一体、どこの誰が、神が奴隷を必要としていると考えるのか。
その日の夜は、身の上に起こった幸運なのか不運なのかよくわからない状況に、フランカと頭を突き合わせて相談することになったのである。
ご主人様(コウスケ様)と対面した翌日には、エトとフランカは、先輩奴隷であるセシルとアリサからアマミヤの塔の管理層における常識を教わることになった。
なぜこのふたりだったのかは、単純に時間が空いていたからと説明されていた。
そして、セシルとアリサから管理層やアマミヤの塔での常識を教えてもらっている間に、エトは先ほどの言葉を何度も言われることになったのだ。
そのセシルが何とも言えない顔になって、エトとフランカを見た。
「言っておくけれど、余計なことを考えずに、本当に慣れておかないと、これからもどんどん非常識なことは出てくるわよ?」
その実感の籠った先輩奴隷の言葉に、エトとフランカは同時に喉を鳴らした。
そもそも、セシルとアリサ自体が、通常ではありえない存在なのだ。
普通、奴隷なんて身分は、主から許されればすぐに解放を望むものだ。
ところが、このふたりは、主人から言われても自ら奴隷でい続けることを望んでいる稀有な存在である。
しかも、管理層には、ほかにも同じような存在がいるという。
その主人が現人神という特別な存在だからなのかと、エトは最初にそう考えたのだが、それは当人たちからすぐに否定された。
エトにはどういうことなのかはさっぱりわからなかったが、そもそもセシルとアリサがコウスケ様の奴隷になったのは、コウスケ様が現人神になる前だったと説明されたのだ。
その話自体、エトにとってはよくわからないことだった。
そもそも現人神になるとはどういうことだと聞いてみたが、セシルとアリサは同時に顔を見合わせて「ご主人様だから」の一言で済ませてしまった。
結局、エトにわかったのは、これから自分たちの主人となるべく存在は、現人神の名に恥じないような非常識の塊だということだけだった。
エトがそう達観した数日後、自分が任されることになる店に置くことになると言われた魔道具の数々を紹介されたときに、大いに頭を抱えることになるのは、また別の話である。
今更ながらに第三者からの視点で書いてみましたが・・・・・・とても書ききれないですね。
考助たちの非常識さは。
これ以上だらだら書いても仕方ないので、これで止めておきますが、正直中途半端な気がしています。orz
エトとフランカには、少しでも早く慣れてもらうしかないですね。
次も閑話で、初めてのお客様になります。




