(5)今後の為の手配
里に姿を見せたピーチに、闇の者たちを率いているジゼルは目を丸くして出迎えた。
「どうしたんだ? こっちに来るのは珍しいのではないか」
「そんなことはないですよ~」
第五層の屋敷に移ってからは里に顔を出す機会は減っているが、まったく来ていないわけではない。
長であるジゼルに報告するようなことが起きていないので、顔を見せる必要がないのだ。
逆にいえば、ピーチが顔を見せたということは、それだけのことが起こったということになる。
ジゼルもそのことが分かっているので、軽口のような言葉を言っているが、顔はまったく笑っていない。
ピーチもそのことには気付いているので、一言だけ軽く返したあとに、すぐに本題に入った。
「――――というわけで、なにやら探りが入っているようです~」
「なるほど。それは確かに我々が動かないといけないだろうな」
ピーチの報告に、ジゼルもすぐにそう決断した。
この時点でジゼルは、ピーチが見つけた者を闇の者だと結論付けている。
だからこその決断だったのだが、ピーチがなぜか微妙な表情になったのを見て、なにか早まったのかと勘違いした。
「どうしたのだ? なにかおかしなところでもあったのか?」
「おかしいというかですね~・・・・・・どうにもちぐはぐで分からないのですよ」
そう前置いたピーチは、自分が不思議に思っていることをジゼルに話した。
ピーチが不思議に思っていることとは、周囲にいる監視たちに気付かれないほどの実力を持っているのに、あっさりとピーチに見つかったことだ。
ピーチのなかでは、それほどの実力があるのであれば、そんな初歩的なミスをするはずがないというのが常識なのである。
ところが、自分で罠を仕掛けるように屋台をあの場に出したのに、すぐにピーチに見つかったばかりか、その当人には気づいていないようだった。
そのちぐはぐさが、ピーチに中ではどうにも引っかかっているのである。
ピーチからそう説明を聞いたジゼルは、思わず苦笑を返してしまった。
「どうしたのでしょうか~?」
「いや、まさか其方が気付いていないとは思っていなかったのだが・・・・・・其方が本気で隠れれば、この里の者でも気付ける者はほとんどいないと思うぞ?」
そのジゼルの言葉に、ピーチは思わずといった感じで目をパチクリとさせた。
その顔は、まさか自分がそこまで成長しているとは考えてもいなかったと言っている。
それを見たジゼルは、やはりかという様子で頷いて、更に言葉を続けた。
「里の中で実力が抜きんでてから比較対象になる者がいなかったのだから仕方ないと思うが、一度自分の実力をきちんと知っておいた方がいいな」
「・・・・・・そうみたいですね~」
自らの実力を過信するのは危ないことだが、自身が思っている以上に実力があるのも時として事故に繋がることがある。
ピーチの場合は、特に自分の種族が進化をしてから実力が伸びているのだが、それについていける実力の持ち主は里にはいなかった。
ある程度の実力差で済んでいるのであれば比較するのも難しくないのだが、あまりにも離れてしまうと基準にするものがなくなるので、正確に把握することが難しいのである。
自分の実力が正確に分からない状態で実践に出れば、なにかを勘違いした時点でとんでもないことを起こす可能性がある。
闇の世界では、そうしたことが特に顕著に出てくる場合がある。
現に、今もそのせいで相手の実力差が分からずに、ピーチにとっては不思議な感覚に陥っている。
この感覚のずれは、早急に直さないと、闇の活動をして情報を得たとしても分析にずれが生じる可能性がある。
それは、闇の活動をする場合にとっては、致命的なミスになりかねない。
ピーチの顔からそれらのことを認識したジゼルは、助け舟を出すことにした。
「一度、里の者ときちんと話をして、今の実力を正確に知ると良い」
「はい。そうします~」
ジゼルの言葉に、ピーチは素直に頷いた。
このままでは、里の者も当然だが、考助たちにも迷惑をかけかねないためだ。
そのピーチを見て、ジゼルは困ったような顔になった。
「しかし、そうか・・・・・・。ピーチがそんな状態では、人選が悩ましいところだな」
ピーチが相手との実力差を正確に計れているのであれば、こちら側も選ぶ人選はさほど苦労しないで済む。
だが、相手の実力がわかっていない状態だと、気付かれないようにするためには、それなりの者を選ばないといけなくなるのだ。
「ご迷惑をおかけいたします~」
「いや、なに。苦労はするだろうが、別の意味での苦労だからな」
苦笑しながら言ったジゼルの言葉に、ピーチも困ったような嬉しいような、曖昧な笑みを浮かべた。
里の者たちは、考助が関わる案件になると、ほかのことを考えずに我先にと立候補してくるのだ。
それは、なぜかミクに関しても同じだった。
ジゼルが言った苦労というのは、選ばれなかった者が不満を貯めるといった意味がある。
ただ、こればかりはピーチにもどうしようもないので、ジゼルにはいつも通り苦労してもらうしかない。
今回の件で、実働部隊に誰を選ぶのかはジゼルが決めることになった。
ピーチは、今まで通りに生活をすることが重要なので、その部隊には選ばれない。
とはいえ、調査が進めば、相手の目を引きつける目的でピーチが動くこともあり得る。
そのための連絡方法などを話し合って、この場での話し合いは終わった。
やることを終えて屋敷を去って行くピーチを見ていたジゼルは、大きくため息をついてから呟いた。
「あれほどの力を持ちながら、自身の力を知ることが出来ない・・・・・・か。いや、だからこそ、だな。・・・・・・できることなら早く知ってほしいものだが・・・・・・こればかりは仕方ないか」
ジゼルはそう言ったあとに首を左右に振って、自分が行うべきことをやり始めるのであった。
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ジゼルと話をしたピーチは、今度は考助と話をするために管理層に向かった。
前日に話をしているので多く話すことはないが、今日起こったことは話をしておく必要がある。
それに、一族の者たちが今回の件で動き始めたことも伝えなければならない。
連続で管理層に姿を見せたピーチを、考助は笑顔で出迎えた。
昨日の今日なので、ピーチが来た目的はわかっているが、それとこれとは別である。
簡単に挨拶の言葉を交わしてから、ピーチはすぐに本題に入った。
「――――というわけで、今後は里の者が動くことになりました~。基本的に報告は私宛に来ますが、ここを経由すると思いますので、よろしくお願いします」
第五層の屋敷は、サキュバスの一族と直接のやり取りをするような状態にはなっていない。
普段の報告書の類も管理層を経由して受け取っているので、そこは今まで通りと変わらない。
ピーチの説明に頷いた考助は、少しだけ首を傾げた。
「それは良いんだけれど、ミクたちには説明するの?」
「そうですね~。まだ話をするのは早いでしょうね~」
ミクたちがべらべらと話を周囲にするとは考えていないが、ちょっとした態度の変化で気付かれてしまう可能性がある。
ミクはその辺の訓練を受けているので大丈夫だろうが、セイヤとシアは厳しいだろう。
それならば、最初から三人には伝えない方がいいというのがピーチの判断だ。
ピーチの説明に納得した考助は、頷いてそれに同意するのであった。
ピーチ大活躍!
主人公(考助)ちょい活躍!
数話ぶりの出演なのに、ちょっとだけしか出てこない主人公でしたw




