(2)ミクの違和感
屋台での買い食いを終えたミクたちは、その後で特に寄り道をすることなく家へと戻った。
「「「ただいまー」」」
いつも通りに挨拶をしながら各自の部屋に入ろうとしたとき、なぜかストップがかかった。
「ちょっと、あなたたち、少し待ちなさい」
そう言ってミクたちを止めたのは、眉をひそめていかにも怒ってますという顔をしたコレットだった。
そのコレットの顔を見たセイヤとシアは、表には出さないようにしていたが、既に内心では腰が引けていた。
「ただいま、母さま。なにかあった?」
「今日もいつもと変わりなかったわよ」
そんなことを言ってきたセイヤとシアに、コレットはふふんと得意げな表情になった。
「あのね。隠すつもりならもっと上手にやりなさい。・・・・・・それで? どこで買い食いをしてきたの?」
スパッとそう言い切って来たコレットに、セイヤとシアは、なんとか抵抗して見せる。
「な、なんのことだか・・・・・・」
「そ、そうよ! 濡れ衣よ!」
ミクは既に隠すことを諦めているのだが、一応共犯としては、セイヤとシアを裏切るわけにもいかず、黙ったままでいる。
だが、流石にセイヤとシアの言い訳(?)には、内心でため息をついていた。
(全然、誤魔化せてない)
そう思ってはいたが、当然ながら口に出して言うことはしない。
ただ、そう思っていたのはミクだけではなく、コレットも同じだった。
「あなたたちね・・・・・・。ハア。もういいわ。怒る気も失せたわ」
大きくため息をついたコレットは、セイヤとシアを見ながら言った。
「今度から隠し事をするときは、きちんと精霊たちにも言い聞かせてからにしなさい」
「「あっ・・・・・・!?」」
コレットたちのように精霊が見える者たちからすれば、根本のところから駄目だったと指摘をされて、セイヤとシアは失敗したという顔になった。
そんなふたりに、コレットはもう一度呆れたようにため息をついてから、もう行きなさいとばかりに手をひらひらと振った。
コレットたちのやり取りをいつも通りの光景だなと、妙なところで納得していたミクは、コレットを見ながら聞いた。
「コレットお母様。お母様、知らない?」
知らない人が聞いていればややこしい言い方だが、ミクが「お母様」というときは、ピーチのことを指している。
コレットは当然その呼び方に慣れているので、戸惑うことなく答えた。
「ピーチだったら、今日は管理層に居るわよ? ・・・・・・何かあった?」
ミクの様子がいつもと微妙に違っていることに気付いたコレットが、少し声を潜めながら聞いて来た。
ミクがセイヤとシアには何も話していないことに、すぐに気付いたのだ。
その様子に流石だと思いつつ、ミクは少し悩んでから頷いた。
セイヤとシアには話をしていなかったが、コレットにはきちんと話しておいた方が良いだろうと判断してのことだ。
「・・・・・・そう。それなら直接管理層に行ったほうが良いかもしれないわね。今日はコウスケもいるみたいだし」
最近の考助は、始まりの家と行き来しているので、管理層に居ないこともある。
だが、今日はたまたま管理層で寛いでいるところを、コレットは子供たちが帰って来る前に見ていた。
そのときに、今日は始まりの家には戻らないということを聞いていたのだ。
管理層に行く転移門は、この家にもあって、ミクでも問題なく動かせる。
その話を聞いたミクは、すぐに転移門のある部屋に向かおうとしたのだが、すぐに立ち止まってコレットを見た。
「ええと・・・・・・、コレットお母様は?」
一緒に話しを聞かなくていいのかという顔をしたミクに、コレットは首を左右に振った。
「私はいいわ。必要であれば、コウスケか、ピーチが教えてくれるでしょうから」
「わかった」
コレットの答えに納得したミクは、一度頷いてから転移門のある部屋へと向かった。
それを見送ったコレットは、セイヤとシアが近くにいないことを確認してから小さく呟いた。
「やれやれ。さすがピーチの子供というか・・・・・・。どんな厄介話を持ってきたのかしらね?」
既に自分も関わることになることを確信しているようなコレットの言葉は、誰に聞かれることもなく空中に消えて行くのであった。
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管理層のくつろぎスペースに入ったミクは、そこに考助とピーチがいるのを見つけた。
勿論、当然だがコウヒとミツキは、考助の傍に控えている。
他にはシルヴィアとフローリアがいるだけだ。
最近では珍しく父と母(義母)に当たる人しかいないのを見て、ミクは話をするのには丁度いいと思った。
ミクでは、誰がいるときに話をしていいのか、判断がつかなかったのだ。
くつろぎスペースに入って来たミクを見て、考助が不思議そうな顔になっていた。
「あれ? ミク、どうしたの?」
「うん。少しお父様とお母様に話したいことがあってきた」
ミクがそう言うと、何となくいつもと違う雰囲気を感じ取った考助が、身を起こして真面目な表情になった。
その考助の傍では、ピーチも同じように真剣な顔になっている。
「何かあったのかな?」
「うん――」
考助にもう一度聞かれたミクは、先ほど家に帰って来る直前に、屋台を発見したときに感じた違和感について話し始めた。
ミクの話を聞き終えた考助は、すぐにピーチを見た。
既にミクはサキュバスとしての高度な訓練を受けているので、感覚的なことは考助には分からない。
こういうときは、ピーチに話を任せた方が早いのだ。
「ミク、それは人の視線のようなものでしたか~?」
「ごめんなさい。一瞬すぎて、分からなかった・・・・・・」
少しだけ落ち込んだような顔になったミクに、ピーチは首を左右に振った。
もし、その違和感がどこかからの監視だとして、今のミクに気取られないように、一瞬で気配を消せる相手となると、相当の実力者になる。
ミクが謝る必要はないのだ。
勿論、この時点でピーチは、ミクの感じた『違和感』が、ただの勘違いだという可能性も頭に入れている。
それは別に、ミクが未熟だからというわけではなく、どんなに熟練者であっても、そうした勘違いは起こるためだ。
ミクの様子を見ながら、しばらくどうするべきかを考えていたピーチは、やがて結論を出したのか、考助を見て言った。
「しばらく私が様子を見ますね~」
「ピーチが? ・・・・・・それはいいけれど、ほかに手は必要ないの?」
考助の問いに、ピーチは首を左右に振った。
「今はまだ確定しているわけではありませんから~。それに、少し気になることがありますし」
「気になること?」
ミクの話ではまったく気付かなかった考助が、首を傾げながらピーチを見た。
考助に向かって頷いたピーチは、今度はミクを見ながら言った。
「ミクたちが見たという露店が気になるのですよ~」
「露店? でも、セイヤたちが話を聞いて、特におかしな点はなかったんだよね?」
考助の疑問に、ミクがコクコクと頷いた。
流石にミクもあのタイミングで露店ができているのが怪しいと思ったからこそ、話題を逸らす意味もあったが、敢えてあの時に露店に話を振ったのだ。
だが、ミクが話を聞いた限りでは、特に怪しい点はなかった。
そんなミクに、ピーチが小さく微笑みながら言った。
「別に露店の親父さんはおかしいとは思っていませんよ~。ただ、その親父さんを動かした誰かがいるかもしれないと思っているだけです」
たとえば、客を装ってこれが売れないのはおかしい、売れていないのであればどこどこで売ってみてはどうかなど、目的の場所に誘導する方法はいくらでもある。
ピーチが疑っているのは、そういったことが無かったのかということだ。
それを知るためには、もう少し深く店主と話をしなければならなかった。
だが、それをミクに求めるのは、少し酷だということもピーチはきちんとわかっている。
こういった推測は、どうしても経験が必要になって来るものなのだ。
ピーチは、自分の話を聞いて悔しそうな顔になっているミクを見ながら、こうやって経験を積んで行けばいいと内心で考えているのであった。
ミクは、年齢の割にはとっても優秀です。
ですが、やっぱり経験が足りないというところは出てきます。
知識では知っていても、実際には結びつかないということもあるでしょうしね。




