(10)考助の考えと一族の矯正(失敗)
エイルから報告を受けた考助は、特に表情を変えることはなかった。
「ふーん。それで? その人たちは、今のところ愚痴を言っているだけ?」
「はい。何らかの行動に移すつもりは、今のところはないようです」
「それはまた・・・・・・。面倒が起きなくていいというべきか、覇気がないというべきか・・・・・・」
立場的には前者のほうが良いのだが、それってどうなのかと悩んでしまった考助に、フローリアが笑いながら言った。
「この場合は、余計なことはしてくれるな、が正しいのではないか?」
「ああ、やっぱりそう思う?」
むやみやたらと波風が立つことを望んでいるわけではない考助は、フローリアにそう返した。
ただ、考助とフローリアの会話を聞いていたエイルは、別の感想を持っているようで、
「いっそのこと、さっさと行動を起こしてくれた方があり難いのですが・・・・・・」
「えーと、その心は?」
先を促すように言ってきた考助に、エイルは頷きながら続けた。
「折角のコウスケ様の好意を無駄にするような言動が許せません。行動を起こして大義名分ができれば、喜んで動けます」
「やっぱり」
半分以上本気(残りは冗談)で言ってきたエイルだが、最近は固い面だけではなくこうして緩い言動も見せるようになってきていた。
それが良いことなのか悪いことなのか、考助には判断がつかないが、少なくとも考助自身にとってはあり難い変化である。
もっとも、考助を崇拝している態度は、以前からまったく変わっていないのだが。
エイルの言葉を冗談だと受け流した考助は、フムと考えるように顎に手を当てた。
「まあ、それはともかくとして、この後でよっぽどの態度の変化が無い限りは、その人たちは元の里に戻す方向かな?」
「それが無難だろうな」
考助の判断に、フローリアも頷いた。
今からそんな態度に出ているようであれば、今後塔の中でどんな要求をしてくるか分からない。
考助は別に、絶対服従を望んでいるわけではないが、余計な波風を立てられることを良しとしているわけではない。
一族が一番だと考えること自体は悪いことではないが、それを理由に他を攻めるようなことがあっては、後々問題になるのは目に見えている。
考助の結論に、エイルが首を傾げながら聞いて来た。
「よろしいのですか? 彼らを返せば、戦闘員がいなくなるようですが」
エイルのような天翼族からみれば大した戦力ではないのだが、それでも一族を守って来た実力者たちではある。
その彼らを集団から追い出してしまえば、場合によってはモンスターの襲撃から里を守れなくなることもあり得る。
「ああ、いいのいいの。戦力が足りないのであれば、狐たちに守ってもらうから」
エイルの疑問に、考助が明後日の方向から解決策を出した。
獣人たちの守りが足りないのであれば、狐などの眷属を出せばそれで守ることが出来る。
眷属は別に狐でなくともいいのだが、アカツキの様子を見る限りでは、狐が一番無難だということもわかっている。
いざとなれば、護衛役もいるとなれば、里が心配することはほとんどなくなる。
あとは、自分たちがどうやって暮らしていくのかを考えればいいだけだ。
問題があるとすれば、狩りに出て得るはずの肉をどうすればいいのかということだが、そこまでの面倒を見る気は考助には無かった。
ある方面からは、無責任すぎるという意見も出そうだが、幸いにしてここにはそんなことをいう者はいなかった。
自ら移住を望んだのだから、その程度は自分で面倒を見るべきという考えなのだ。
それに、あれもこれもと望んでくるような一族(集団)であれば、そもそも浮遊島での生活の中で、そうした物をいろいろと要求してくるだろう。
今のところは、そういったクレクレ君もほとんどない状態なので、考助たちはそういった方面では安心して見ていた。
勿論、生活していくうえで、塔の階層にある物だけではどうしても不足する物は出てくる。
そうした物は、きちんと取引なり何なりで手に入れればいいのだ。
それらをどうやって手に入れていくのか考えるのは、それこそ一族を率いていく者たちが考えていくことである。
考助が用意できるのは、あくまでも彼らが安心して生活していくための「場」だけなのだ。
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考助たちがそんな話をしていることはまったく知らずして、長老とアカツキは、他の主要メンバーと共に話し合いを行っていた。
その内容は、偶然にも考助たちが話していたものと似通っていた。
「――――それはつまり、なんですか? 我らに誇りを捨てろと!?」
夜な夜な愚痴をこぼしていた者たちの代表の男が、長老からそのことを指摘されて、怒りだしていた。
その者に、長老は冷めた視線を向けた。
「その誇りとやらが、ここにいる一族の者たちを危険に晒しているということをわかっているのか?」
「一族の誇りを捨ててまで、新天地に行く必要はない!」
「そうか、ならば其方たちはこの島から降りて元の里に戻ればよい。誰もそれは止めないぞ?」
「ぐっ!?」
突き放したような長老のその言葉に、男は言葉を詰まらせて黙り込んだ。
気持ちとしては里に戻りたいが、先のことを考えればそういうわけにもいかないと考えていることがありありと分かる。
そんな男に、長老はさらに続けた。
「どうした? 我らは別に其方たちがいなくとも大した違いはない。さすがに、戦闘員の全員を連れていかれれば困ったことにはなるだろうがの」
夜の間に管を巻いているのは、戦闘員のごく一部でしかない。
むしろ戦闘員の中には、今の生活を気に入っているものさえいるのだから、全員を味方に付けることなど男には不可能だった。
そんな男に、アカツキがため息交じりに続けた。
「別に長老は、不満を持つなと言っているわけではない。だが、今これだけの生活を与えてくれている者たちに、感謝のひとつもせずに文句を言うだけなのはどうかと言っているのだ」
そう言ったアカツキに、男は鋭い視線を向けた。
元々は、一族の中でも一、二を争うほどの激しさを持っていたアカツキが、こんなことを言ってくること自体、男にとっては信じられないことなのだ。
だからこそ、男はアカツキについその不満をぶつけてしまった。
「お前が! お前ほどの力を持つ者が、なぜそんな弱腰になっている!? もっと強気に交渉すれば・・・・・・!」
そう言ってきた男に、アカツキは深くため息をついた。
「自分が持っている力など、これから向かう先にいる方々に比べれば、ほんのちっぽけなものでしかないさ」
声を強めるでもなく、弱くなるわけでもなく、ただただ淡々とごく普通に語ったその言葉に、男は思わず言葉を失った。
アカツキのその態度が、事実を語っていると一瞬にしてわかったのだ。
そんな男に、アカツキはさらに続けた。
「大体、お前たちは勘違いしているようだが、ここで普通に暮らしている天翼族でさえ、まともに戦える相手ではないからな?」
盛大な勘違いをしているであろう男に、アカツキはきっちりとその事実を突きつけた。
普段の天翼族は、ただただのんびりと農作業やその他の生活をしているだけなので、見ようによっては戦闘種族には見えない。
だが、天翼族は、間違いなく戦闘種族に属している側の種族なのだ。
そんなことすら見抜けていない男に、他の者たちの呆れたような視線が突き刺さっていた。
そして男は、それらの視線に耐えるように、ジッと身を小さくしていた。
そこまで言われてもなお、彼の中にある不満は消えていないようだったが、これ以上続けてもただ反発が生まれるだけだろうと、とりあえずその場はお開きになるのであった。
今回の考助は割と突き放しています。
獣人たちの里の様子を聞いて、ほかに受け入れた種族と違って、割とまだ余裕があるとわかっているからです。
といっても、せっかく塔に住みたいと言ってきた者たちを完全に拒絶をするつもりはなく・・・・・・結果としてこんな対応になっているというわけです。
それはともかく、馬鹿なことをやっている男たちは、自分の意見が通らなくて怒っている子供のようなものだとお考えください。
そうしないとイライラが募る可能性が高いですw




