(7)移住の条件
考助から話を聞いたシルヴィアは、納得した顔で頷いた。
「そうですか。あちらの連絡ミスで、これほどまでに情報が不足して、しかも遅れたというわけですね」
「あ、あの、シルヴィア? 少し怒ってる?」
何となくそんな気がした考助がそう聞いたが、シルヴィア当人はキョトンとした顔になった。
「いえ? 特に怒ってはいませんが、どうしてそう思われました?」
そのシルヴィアの顔を見た考助は、アレと首を傾げた。
「いや、特に理由はないんだけれど・・・・・・気のせいだったみたいだね」
シルヴィアの顔のどこにも怒っている要素はなく、考助は誤魔化すようにそう言った。
アカツキの一族に神託を授けた神は、早いうちから上位神に連絡をしていた。
ただし、その連絡に不手際があったことと、神と一族の繋がりが薄くなっていたために、これほどまでに時間がかかったのだ。
アカツキの一族の者が、どういう神託を受け取ったのかは分からないが、情報があまりに断片すぎると整合性が取れるようになるまで時間がかかってもおかしくはない。
ましてや、アカツキの一族は、エルフ以上に閉鎖した里で暮らしているということなので、アマミヤの塔の情報が伝わるのに時間がかかるのは当然だろう。
それでも何とかこうしてアカツキが到達できたのは、やはり神の影響があると考えてもおかしくはないのだろう。
完全に目を覚ましたアカツキを見たシルヴィアは、そんなことを考えていた。
そうしてからもう一度考助を見た。
「それで? 如何されるのですか?」
何をどうするのかは、聞かなくても分かる。
当事者であるアカツキもきちんとわかったようで、正座した状態でびくりと震えていた。
既に考助が神の一柱であることも聞いているので、今までの自分の態度も含めて、恐れさえ抱いているようだった。
アカツキのその様子を見た考助は、少し考えるように言った。
「さて、ね。別に彼の一族を塔に迎え入れること自体は良いんだけれど・・・・・・」
考助がそこで言葉を区切ると、アカツキは恐る恐る見て来た。
その顔には、どういう判断が下されるのか、聞きたいけれど聞けないとはっきりと書いてある。
「物理的に、絶滅しそうなすべての種族を塔に受け入れることは出来ませんよ?」
はっきりとそう言ったシルヴィアに、アカツキは絶望的な表情になった。
シルヴィアの意図をわかっている考助は、特に厳しい表情になったりはせずに、淡々と頷いた。
「まあ、そうなんだけれどね。折角だから、彼の一族を見てみるのも面白いかなと思って」
なんだかんだで、考助はこの世界に来てまとまった獣人たちを見るのは初めてのことになる。
勿論、街の中を歩いている姿を見たことはあるのだが、それはエルフを見るのと同じくらいの確率で、そうそう頻繁に出会えているわけではない。
ついでに、世界的に見ても珍しい種族に会えるとなれば、多少は期待しても良いだろう。
それがどんな期待に変わるかは、会ってみないと分からないのだが。
シルヴィアとしても何が何でも止めるつもりはないので、考助の気紛れに頷いた。
「そうですか。では、早速向かいますか?」
「うん。そのつもり・・・・・・なんだけれど、普通に行っても面白くないよね?」
考助はそう言いながらニヤリと笑い、シルヴィアはそれに対して首を傾げて、アカツキは何をされるのかと慄いた。
そのアカツキの予感は見事に当たることになり、彼の一族の者たちに、これまでの一族の歴史で無かったような衝撃を与えることになる。
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「――――なるほど。それで私たちに協力をしてほしいというわけですか」
考助の話を聞いて納得顔になったのは、天翼族のエイルだった。
早い話が、考助はアカツキの一族がいる所まで、浮遊島で向かおうとしているのだ。
「そういうこと。大丈夫かな?」
「そういう話でしたら、いつでも仰ってください。いつでも協力いたします」
笑顔で同意してくれたエイルに、考助は礼を言った。
その考助に、エイルは少しだけ迷ったあとに、疑問を口にした。
「ですがよろしいのですか? 浮遊島で向かうとなると、場所にもよりますが、多少の時間がかかりますが?」
単に一族の者を迎え入れるだけなら、コウヒやミツキの魔法を使ってさっさと里まで移動して、転移門を使えばすぐに終わる。
少なくとも、現在塔にいるエルフを始めとした者たちは、そうした方法で迎え入れていた。
だが、今回考助が浮遊島で移動させるのには、別の理由が存在していた。
「ああ、いいのいいの。時間を掛けて移動するのは、わざとだから」
そう言った考助に、エイルは少しだけ目を細めてから、すぐに頷いた。
「なるほど。試すおつもりですか」
エイルの言葉に、考助は特に言葉では返さなかったが、代わりに口の端を持ち上げた。
その顔を見たエイルは、考助の目的を理解した。
そして、同時に自分がするべき役割もきちんと把握した。
考助は、わざと時間のかかる浮遊島を使ってアカツキの一族を移動させて、その間に塔で受け入れるかどうかを正式に判断するのだ。
もしお眼鏡に敵わなければ、元の場所に戻せばいい。
問題は、新天地に行けるという希望を持たせただけで試験(?)を行って、もし駄目だとなれば絶望しか与えないので、きちんと最初から試験のことは伝えておく。
その上で、さらに何かをやらかすのであれば、塔で匿う必要性もないだろうというのが考助の考えなのだ。
エイルの顔を見た考助は、少しだけ引き攣った顔を向けた。
「いや、張り切ってくれるのはいいけれど、あまり無茶なことは押し付けないでよ?」
「そういうわけにはいかないです。何しろ神の住まう領域に近付くのですから」
何とも天翼族らしい言い方だが、流石に考助もアカツキの一族にそこまでの信仰心は求めていない。
考助が知りたいのは、あくまでも変な意味で自信過剰だったり、一族だけを優遇したりしていないかということだけなのだ。
考助は、張り切るエイルにそのことをどう説明しようかと頭を悩ませつつ、今までずっと黙っていたシルヴィアを見た。
その視線の意味を正確に理解したシルヴィアは、苦笑をしながらエイルに説明を始めた。
こういう場合は、考助自身がエイルにいうと、変に曲解して受け取ってしまう可能性がある。
そのため、第三者でありながら巫女という立場にあるシルヴィアが話をした方が、エイルたちには受け止められやすいのだ。
シルヴィアがエイルに説明をしている間、考助はワンリと一緒にアカツキの所へと行った。
百合之神宮から転移魔法を使って浮遊島に移動して来た考助たちだったが、アカツキは城には入れずに、外で待たされているのだ。
これは、天翼族のセキュリティの関係なので、考助も当然だと考えている。
むしろ、考助たちが自由に出入りできていることのほうが、普通ではないのだ。
城の中には入れていないアカツキだったが、それでも十分だったようで、待たされていた場所で呆然と周囲の様子を見ていた。
地面から離れて空に浮いている島が、自由自在に動いている光景が信じられないのだろう。
「アカツキ、少しいいかな?」
「あっ! はい! コウスケ様! いかがなさいましたか!?」
すっかり自分に対する態度が変わってしまったアカツキに内心で苦笑しつつ、考助は今後の予定を話した。
勿論、ここで試験を行うことを言うことも忘れない。
考助がその話をすると、途端にアカツキは真面目な顔になって頷いた。
「ということは、その試験が駄目になると・・・・・・」
「塔への移住も駄目ということかな? まあ、そんなに難しく考える必要はないと思うけれど」
考助は軽い調子でそう言ったが、なぜかアカツキは重々しい感じで頷くのであった。
というわけで、移住に条件を設けることになりました。
なにやら途端にハードルが高くなっている(むしろくぐったほうが良い?)気がしますが、気のせいです。
その辺はきちんとシルヴィアが教え込むので大丈夫です。




