(1)狐タイプの獣人族
珍しくワンリが呼んでいるとシルヴィアに教えられて、考助は始まりの家からくつろぎスペースへと向かった。
考助が姿を見せると、床の上に座っていたワンリたちが、勢いよく立ち上がって頭を下げて来た。
「別にそんなことしなくてもいいのに。それにしても何があったの? ワンリが他の子たちをここに連れて来るなんて、珍しいよね?」
考助はそう言いながらワンリの両脇に控えるように立っていた二人の女の子を見た。
その子たちは、人の姿をしているが、ワンリと同じく人化できる狐だということはすぐにわかった。
珍しいのはワンリが管理層に来ることではなく、他の狐たちを連れて来ることだ。
ワンリもそのことを意識しているのか、頷きながら話し始めた。
「この子たちは、普段は百合之神宮内にいる子たちなのですが、何やら最近不思議な者が訪ねてくるようになったそうです」
「不思議な者?」
考助はそう言ってから一度だけワンリを見て、すぐにふたりの女の子に視線を移した。
考助に視線を向けられた女の子ふたりは、交互に説明を始めた。
「なにか、とってもあったかいんです!」
「それでいながら懐かしい気分になるの!」
そう言ってきてくれたが、考助にはさっぱり意味が分からない。
首を傾げながらワンリを見ると、彼女も同じなのか苦笑しながら首を左右に振った。
「私にも意味が分からなかったので、折角ですから一緒に確認しに行きませんかと思ったのです」
「ああ、なるほどね」
女の子たちの説明はともかく、ワンリの目的はそれで察することが出来た。
ワンリは、自分が確認しに行ってから考助に話をするよりも、一緒に確認をしてどうするべきかを決めるほうがいいと考えたのだ。
ワンリの言葉に頷いた考助は、早速とばかりに動き出した。
「それじゃあ、行ってみようか。・・・・・・あれ? 今日も来ているのかな?」
肝心なことを聞いていなかった考助に、女の子たちはコクコクと頷いた。
狐たちが気になっている人物は、一度百合之神宮に来ると、結構な長時間敷地内にいる狐と戯れている。
狐たちが気にしている相手は、最初に現れてから一度もその行動パターンは変わっていないので、今日もそうであるならまだいるはずだ。
考助がワンリたちを連れて百合之神宮へと向かおうとすると、それに合わせてシルヴィアもついてきた。
「せっかくですから、私も神宮の様子を見たいと思います。ここ最近、孤児施設のほうばかりで神宮には行けていませんでしたから」
そう理由づけをしていたが、結局のところ自分と一緒にいたかったのではないかと、そのときの考助は考えた。
そのすぐ後に、己惚れすぎかと自重をしたのは、考助らしいところだが、それはあくまでも心中でのことなので、誰にも気づかれずに済んだのであった。
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考助たちが百合之神宮に着いたときには、幸いにしてその人物はまだ神宮内にいた。
見た目は少年よりの青年といった風貌のその人物は、五体の狐に囲まれていた。
考助が知る限りでは、そこまで狐の扱いに長けた存在は、数えるほどしか知らない。
大抵は、狐は体に触れようとすると、カブリと甘噛みをしてくるのだが、それさえも行われていなかった。
ちなみに、甘噛みといっても飼われている犬や猫のように微妙な力加減の調整をしてくれるわけではないので、かなり痛い目にあう。
もし狐のその習性を知らなければ、本気で噛んできたのかと思うほどなのだ。
そのため百合之神宮では、狐たちが近付いてきたとしても、不用意に触ってはいけないと教えていたりする。
その人物は、そのことを知っているのかいないのか、まったく気にした様子もなく、近くにいる狐の背を撫でていた。
狐もほとんど反応していないことから、よほど狐の扱いに慣れていることが、そのことからも分かる。
感心しながら近付いて行く考助たちに、その人物は最初から気付いてたのか、ある程度の距離に来たところで立ち上がった。
そして、なぜか考助ではなく、ワンリを見て目を見開いた。
「なんと! このようなところで、九尾の方に会えるとは思っておりませんでした」
いきなりそう言ってきたその青年に、考助は驚いてワンリを見た。
ワンリの人化は、普通は見抜けるようなものではなく、考助が知るような物語に出てくる化け狐のように尻尾や耳が出ているわけではない。
完全にヒューマンと同じような姿形をしているので、見ただけでは気付かないはずなのだ。
しかも、ワンリのことを「九尾」と特定して言っている。
目の前の青年には、考助たちが知らない、何か人化した狐の正体を見抜けるようなスキルでもあるのかも知れない。
そう考えた考助は、失礼になるとわかっていても、青年の持つスキルを見抜こうとした。
だが、それよりも早く、ワンリが青年に向かって言った。
「私たちの血を引くあなたは、この地に何をしに来たのですか?」
ワンリがそう言うと、なぜかシルヴィアが驚いたような視線を青年に向けた。
考助には意味が分からなかったが、シルヴィアにはきちんとわかったのだ。
ワンリの言葉に、言われた当人は驚きもせずに、なぜかワンリに対して膝をついた。
「この地では、狐が非常に大切にされていると。そういう噂を聞いたため、実際を確認するために、人里離れた山奥から出て参りました」
「そうですか。それで? 事実であることは確認できましたか?」
「貴方がこの地にいるのに、狐がひどい目にあうはずがありません」
「そう」
ワンリは、青年の言葉に頷きはしたものの、なぜかその表情は晴れていなかった。
ワンリがその思いを払しょくしようと青年にさらに話しかける前に、少しだけ焦った様子でシルヴィアが聞いた。
「ワ、ワンリ。この人は、もしかして獣人族なの?」
「はい。それも、狐のタイプですね」
ワンリがあっさりそう答えると、シルヴィアは驚きで目を見開いた。
「シルヴィア?」
なぜそこまで驚いているのかが分からずに、考助は少しだけ首を傾げてシルヴィアを見た。
「狐タイプの獣人族は、既に絶滅したと考えられているのです」
「絶滅? なるほど。それは驚くね」
噂の真偽はともかくとして、既にいないと思われていた種族が目の前にいたとなれば、驚くのは当然だろう。
ちなみに、考助がそのことを知らなかったのは、特に興味もなかったため、今まで話題に上らなかったためだ。
そもそも獣人族は、その絶対数が少ないとされていて、目の前の青年のように特徴ある耳や尻尾が無ければヒューマンと変わらないので、気付かれることもほとんどない。
そのため、よほど親しくならない限りは気付かれることも少ないため、獣人族であることを隠して過ごすことも可能なのだ。
もっとも、以前と違って獣人族だからといって、迫害されるような対象ではない。
ただし、その珍しさから無理やりに奴隷にしたり、囲い込んだりすることもないわけではない。
それは、獣人族だけではなく、他の種族も同じなのだが。
狐のタイプの獣人族が絶滅したと考えられているのは、獣人族が迫害を受けていたときに、姿を見せなくなったためだ。
それ以降、これまでの間、少なくとも公の席で確認されたことは、一度もなかった。
その結果、狐タイプの獣人族は、絶滅したと一般的には考えられている。
ワンリが言うことが正しければ、目の前に現れた青年が狐タイプの獣人族ということになる。
それは、その界隈の者たちにとっては、相当な朗報といえる事実なのであった。
今まで一度も触れていなかった(はずの)獣人族の話題でした。
既に作者もこの世界には獣人族がいないとしたのか、絶滅したのか、どう描写したのか忘れてしまっていますw
とりあえず、狐タイプの獣人族については、絶滅したと思われていた、という曖昧な状況にしていますw




