(9)精霊術の不思議
考助が始まりの家から管理層のくつろぎスペースに戻ると、コレットがセシル、アリサと話をしていた。
一応、精霊魔法の師弟関係である以上は、珍しい組み合わせというわけではないが、何となく気になった考助が話しかけた。
「随分と弾んでいるみたいだけれど、なんの話をしているの?」
考助がそう聞くと、コレットが真面目な顔で返してきた。
「え? ヒューマンとエルフの使う精霊術の違いについて?」
思った以上にガチな話に、考助は邪魔をしたかと考えて、頭を下げた。
「いや、ゴメン。お邪魔だったみたいだね」
考助も一般の人よりは精霊術のことを知っているが、この三人にはとてもではないが敵わないのだ。
だが、そんな考助に、コレットは右手を振った。
「いえ。そんなことはないわよ。折角だから一緒に話さない?」
「え? いや、でも、あまり役に立たないと思うけれど・・・・・・?」
「いいから、いいから」
強引に誘ってくるコレットに、考助は戸惑った表情を浮かべて、セシルとアリサを見た。
自分が混ざってもいいのかという意思を込めていたのだが、ふたりはあっさりと頷きを返してきた。
セシルとアリサからも同意を得てしまった考助は、仕方なくその場に腰を下ろした。
その考助の顔を見たコレットは、コロコロと笑いながら言った。
「そんなに嫌そうな顔にならないでよ。本当に必要だと思ったから誘ったのよ?」
「必要・・・・・・?」
精霊術に関して、自分が必要だとは思っていなかった考助は、今度は戸惑ったような顔になる。
その心情を見抜いたコレットは、すぐに考助を呼び止めた理由を話し出した。
「話していた内容が、モンスターの使う精霊術とエルフ、ヒューマンが使っている精霊術にどんな違いがあるか、ってことだったのよ」
モンスター、というよりも、眷属のことに関しては、考助ほど詳しい者はいないだろう。
そう考えたからこそ、コレットは考助にこの場に残るように言ったのだ。
コレットの言葉にようやく納得した考助は、その場に腰を落ち着けた。
ただし、確かに眷属に関しては詳しい自信があるが、精霊術に限っていえば知っていることは少ない。
「うーん。眷属が使う精霊術ねえ・・・・・・。そもそも違いってあるの?」
考助の疑問に、コレットは頷いた。
「あるのよ。少なくとも見かけ上はね」
「見かけ上? その話を聞く限りでは、違いがある方がおかしいって言っている気がするけれど?」
コレットの言い回しにきちんと気付いた考助は、首を傾げた。
その考助に、コレットは頷いてから続けた。
「普通に考えれば、違いが出てくる方がおかしいのよ」
「えーと、その理由は?」
いまいち言っていることが分からずに、考助はさらに説明を求めた。
ただ、コレットもどう説明していいのか分からないという顔をしている。
その両者を助けるように、アリサが間に入って来た。
「コウスケ様、たとえ使っている側が違っていても、精霊は精霊です。本来であれば、術に違いが出てくるはずがないのです」
「あくまでも、理屈上では、ですが」
アリサの言葉を引き継ぐように、セシルがそう付け加えた。
精霊術というのは、簡単に言えば、精霊に「命令」をして術を起こすという現象である。
ここで問題になっているのは、精霊には違いが無いのに、起こる現象に違いが出ているということだ。
だが、それでもまだ考助には、なぜそれを三人が問題にしているのかが分からなかった。
「いや、だって術者の命令が違っているんだから、違いが出ているように見えるのは当たり前じゃないの?」
エルフとヒューマンはともかく、モンスターや眷属となれば、そもそもの思考自体が大幅に違っている。
となれば、精霊にしている「命令」が違っていると考助が考えるのは当然だろう。
ところが、考助の考え方は、精霊術を使っている三人にとっては違っているようで、
「そんなことはないわよ。術者の命令がある程度違っていても、現象を起こすのはやっぱり精霊なんだから、同じになるはずよ?」
と、コレットが言えば、続いてセシルやアリサもそれに同意して来た。
「そうですね。いくら燃料が違っていても、火が起こるという現象自体に違いが出るはずがないです」
「命令という入力が違っていても、結果としては精霊が起こすことなので、同じ現象になるはずです」
女性三人から口々にそう説明された考助は、右手の手のひらを向けて少し待ってもらった。
三人が言いたいことはなんとなくわかるが、先ほどの自分の言いたかったことと、少しズレが出ている気がしたのだ。
そのズレがなんであるのか、落ち着いて考えたかった。
しばらく考えた考助は、その違いを見つけることが出来た。
要は、馬車の操縦で例えると、馬や馬車が精霊になり、御者が術者になる。
どんな速さでどういう道を通って行くのか命令するのは御者だが、性能自体は馬や馬車の造りによって決まっているので、速さそのものには違いが出ないというのが、三人の意見だ。
それに対して、考助が言っているのは、御者の能力が違えば経験の差などで違いが出てくるのは当然じゃないか、ということだ。
考助のたとえ話に、コレットが納得の表情になった。
「そういうことね。そのたとえ話で説明すると、私たちが言っていることは、たとえ御者が変わっても馬車自体の性能が変わらないので、目的地に着く速度は変わらないというわけ」
「そうそう。でも、そんなはずはないよね?」
考助が期待を込めてそう言うと、なぜかコレットは難し顔になって腕を組んだ。
「うーん。どうかなあ?」
「ええっ!? だって普通に考えたら御者によって違いが出るのは当たり前じゃないの?」
「ああ、うん。だから、そういうことじゃなくて、ね」
今度はコレットがそう言いながら、どう説明するべきか悩み始めた。
考助が言い出した馬車の話は、精霊術とは根本が違っているので、例えて説明するのが難しい。
それでも、敢えて言うとすれば、どういえばいいのかと考えているのだ。
とはいえ、コレットはさほど悩まずに考助を見て言った。
「ああ、そうか。私たちが言っているのは、御者として腕がまったく一緒なのに、種族の違いによって速度の差が出るのはどういうことなのか、ということなのよ」
「ええと、それは馬車も同じってこと?」
「そうそう」
考助の問いに、コレットはようやく通じたかと嬉しそうに頷いた。
そのコレットの表情とは対照的に、考助が不思議そうな顔になった。
「ええと・・・・・・そんなことが?」
「あるのよ。というか、精霊術を使っていると、割と頻繁に起こるのよね」
「なるほど。それは確かに不思議だねえ」
ようやくコレットたちが言いたいことが分かった考助は、納得した顔で頷いた。
今までそんなことはまったく気付かなかった考助は、先ほどの質問を思い出して首を左右に振った。
「聞きたいことは分かったけれど、そもそも違いなんて見比べたことが無かったから、よくわからないよ」
「まあ、そうよね。そもそも、眷属たちが使っている魔法が、どう違っているかなんて、比べようとも思っていなかったし」
コレットが同意してくると、考助がもう一度不思議そうな顔になった。
「あれ? それじゃあ、さっきの質問は?」
考助がそう聞くと、コレットはチロリと舌を出した。
「セシルとアリサに聞かれて、思いついたの」
コレットも聞かれるまではまったく意識していなかったのだ。
それでも、感覚的には何かが違っているという意識はあった。
だからこそ、先ほどの質問に繋がるのだが、結局それが何なのかまでは分からなかったのだ。
結局、そもそもの基礎から認識が違っていた考助にとっては、まったく答えられるような内容ではなかった。
とはいえ、眷属が使う精霊術のいくつかは、コレットたちよりも詳しかったので、話せることは話しておいた。
もっとも、考助にはそれが何の役に立ったのかは、さっぱり分からないままなのであった。
久しぶりの組み合わせ、でしょうか?
それはともかく、精霊術に関しては、どう説明したものかと色々考えたのですが、結局馬車に落ち着きました。
最初は車のハイオクとレギュラーの関係にしようかとも思ったのですが、そもそも車がない世界の人に対するたとえ話にはならないので、やめました。
(余計わけが分からないw)




