(8)沈む?
リンとスーラの戯れを見ていたフローリアは、ふと視線を島の外へと移した。
「それにしても、海にもモンスターは出てくるんだろう?」
「それはそうだけれど?」
当たり前すぎるフローリアの質問に、考助はどういう意図があって聞いてきたのか分からずに首を傾げた。
アースガルドの海には、当然のように大型のモンスターも出てくる。
海を行き交っている船は、それらの生息域を躱しながら移動しているのだ。
スライム島のある階層の海にも、モンスターは出てくる。
というよりも、海にモンスターが出るからこそ、島にはスライム以外のモンスターが出てこないのだ。
この階層の海には、様々な種類のモンスターが出てくる。
「せっかく出てくるのに、ほとんど放置で勿体なくはないか?」
たとえ海のモンスターといえど、倒すことが出来れば、それは重要な素材になる。
特に、防水性に優れた素材が多く取れるので、野外活動をする冒険者にとっては、そうした素材で作られた防具や防寒具は、垂涎の的になっていたりするのだ。
考助は、ある意味一番庶民から離れているはずのフローリアが、勿体ないという庶民的な発言をしたことに面白さを感じた。
それよりも、今はフローリアの問いに答えなければならない。
「言っていなかったっけ? 僕が道具を作るときに必要な場合は、コウヒかミツキに頼んで採ってもらっているよ?」
「そうなのか?」
「そうなんだよ。といっても、これだけ広大な広さがあるから、勿体ないという意味では全然だけれどね」
階層の九割以上が海なので、時々考助が必要な素材を採取するだけでは、モンスターの生態には全く影響を与えていない。
自然の中で行われている連鎖の中に埋もれているという感じだ。
ただし、アマミヤの塔全体で見てもそれは変わらない。
冒険者が入り込めるように設定している場所は全体の三割ほどで、眷属たちが生息している階層は二割弱、残りの五割近くは、ほとんど手つかずになっている。
これは別に自然の状態を大事にしているというわけではなく、これ以上の階層に手を付けても目を通すのが難しくなるためだ。
一層一層が非常に広いアマミヤの塔では、全てを管理することなどほとんど不可能だというのが考助の考えなのだ。
勿論、眷属を召喚するだけ召喚して、あとは知らんぷりということもできなくはないが、ほとんどやる意味がないと考えている。
考助の答えに、フローリアは納得したのかしていないのか、微妙な表情で頷いていた。
それを見た考助は、内心で首をかしげていた。
「なにかあった?」
スライム島は、それこそ昔からあるので、今更こんなことを聞いてくることに違和感を感じているのだ。
勿体ないという理由だけで、フローリアがこんな顔をするはずがないという確信が、考助にはあった。
考助の問いに、フローリアはリンとスーラへと視線を向けてから、もう一度考助を見た。
「いや、先ほど、結界の話を聞いたときに思ったんだがな・・・・・・?」
「うん」
「それほどの技術を持っているスライムが誕生している島で、海に対応した個体が出ていないと考えるのは、不自然ではないかと思っただけだ」
フローリアのその言葉の後に、しばらくの間沈黙が下りた。
そして、考助はその場で頭を抱えた。
「・・・・・・確かに、その可能性はあるね。というか、今まで考えつかなかった自分が恨めしい」
「そうですね。私もまったく思いつきませんでした」
「いや、私もこの場に来て、スライムを見て思いついただけだからな」
考助とシルヴィアが感心するのを否定するように、フローリアが首を左右に振りながら答えた。
実際、何となく思いついただけで、考助に聞かれなければ、軽くスルーしていたかもしれない。
考助やシルヴィアの思考に上らなかったのも、思いつかなかったというよりは、当たり前のことすぎたのだ。
それくらいに、考助たちの中では、スライムの評価は格段に上がっているという証拠でもある。
頭から手を外して顔を上げた考助は、コウヒとミツキを見た。
「で? 実際はどうなのかな? 狩っている間に何か気付いたことはなかった?」
考助からそう聞かれたコウヒとミツキは、同時に顔を見合わせて首を左右に振った。
「残念ながら私たちが狩りをしているときは、空を飛んで狩っているから、海の中までは分からないわね」
「そうですね。少なくとも空からは、スライムがいる姿を見つけたことはありません」
コウヒもミツキも海の中で、長時間もぐって活動することは出来る。
ただ、それでもやはり、海の中では行動が制限されるので、基本的には海上で狩りをするようにしているのだ。
コウヒとミツキの答えを残念そうな顔になって聞いた考助は、楽しそうに話をしている(?)リンとスーラに向けた。
「仕方ない。スーラに聞いてみるか」
この場合、仕方ないというのは、折角の話し合いを邪魔することになるという意味での仕方ない、だ。
決して、話しかけるのが仕方ないという意味ではない。
考助は、リンとスーラのほうに視線を向けた。
「リン、スーラ、ちょっといいかな?」
考助がそう名前で呼ぶと、プルプルしていたリンとスーラはピタリと動きを止めた。
そして、揃って考助に注目するように、体の位置を少しだけずらした。
そのことに意味があるのかは、考助にも分からない。
自分に注意が向いたことが分かった考助は、更に言葉を続けた。
「聞きたいんだけれど、海の中で活動できるスライムっているの?」
考助がそう聞くと、スーラがリンのほうを見て、プルプルと震え出した。
そして、リンがそれに答えるように同じようにプルプルと震える。
やはりその仕草を見ていると、会話をしているようにしか見えないし、実際にそうなのだということがわかる。
考助たちが、一分ほどリンとスーラの様子を見ていると、突然リンが甲高い音を体から出した。
スライムが自分の意思で音を出せることを知らなかった考助たちは、突然の事にびっくりして飛び上がりかけた。
ギリギリのところでこらえられたのは、リンが音を出す前に、体の一部を伸ばしたからだ。
音はその触手(?)のようなところから出ている。
その音をリンがなんの目的で出しているのか、考助たちにもわかった。
その予想通り、十分も経たずに、考助たちの周りには何種類かのスライムが集まっていた。
体の形は様々で、中には普通のスライムと変わらないような個体もいる。
ただし、集まったそれらのすべてのスライムには、《潜水》というスキルが付いている。
何とも分かり易いそのスキルに、考助は苦笑を浮かべることしかできなかった。
ついでに、水中での戦闘に使えそうなスキルもしっかりと覚えていた。
考助がスキルを見終えると、シルヴィアとフローリアが探るような視線を向けて来た。
それに答えるように、考助は肩をすくめた。
「まあ、予想通りといえば予想通りかな。見事に特化したスキルを覚えているみたいだね」
島の中だけで餌が足りなくなれば、それ以外の場所を求めて進化をするのは、生物としての基本(?)である。
それと、今まで見て来たスライムの適応能力の高さを考えれば、この結果は当然といえるだろう。
フローリアの予想外の問いから始まった疑問は、結局当たり前すぎる結果が出て終わることとなるのであった。
まあ、当然の結果です。(キリリ)
これだけ汎用性があることを示しているのに、海方面に進化しないはずがないですねw




