(4)飛翔の分析
――――天翼族はどうやって空を飛んでいるのか。
それは、当の天翼族にとってもほとんど考えたことのない事柄だった。
むしろ、当事者だからこそ考えたことが無かったといっても良いかもしれない。
人がどうやって二本足で歩くのかとヒューマンが考えないのと同じことだ。
もしかしたらゴーレムを作っている魔道具屋辺りなら考えたことがあるかもしれないが、それは一般的な知識にはなっていない。
早い話が、生きていくうえで必要な知識ではないので、おざなりになっているというのが正しいのかもしれない。
考助からその話を聞いたエイルは、なるほど確かに一度調べてみるのは面白かもしれないと考えた。
特に、この世界においては、翼がある者が特別扱いされていることも知ったので、そうした理論的な知識も場合によっては必要になるだろう。
考助に言った通り、自分たちが翼を神聖視していたりするわけではないので、詳細を調べることに抵抗はない。
とはいえ、流石に見ず知らずの人を相手にするのも躊躇われる。
調査対象が、自分になるのか、自分以外になるのかは分からないが、研究対象になってくれというのは頼みづらいのだ。
そう考えたエイルは、考助に向かって言った。
「別に翼と飛行に関しての調査をするのは構わないのですが、どなたが調べるのでしょうか?」
ここで自分たちで調べると言わなかったのは、考助の中でやる気が見えて、既に候補がいると思ったからだ。
ここで重要なのは、エイルの中に、考助自らが調べるという選択肢が無かったということである。
逆に、誰かに頼むなんてことを欠片も考えていなかった考助は、一瞬キョトンとした顔になった。
「誰って、僕が調べるつもりだけれど? こんなこと他に頼めるわけもないよね。あっ、もしかしたらシルヴィア辺りも加わるかもしれないかな?」
考助がそう答えると、エイルの側からガタンという結構大きめの音が聞こえて来た。
「・・・・・・大丈夫? なんか大きなものが当たったみたいだけれど?」
「大丈夫です。何の問題もありません」
通信具から聞こえてくるエイルの声は、いつも通りで考助はそうなのかと普通に頷いていた。
だが、この時考助は気付いていなかった。
実は通信具から聞こえて来た音は、エイルが動揺して思わず足が台に当たってしまったということに。
更には、比較的近くでふたりの会話を聞いていた別の天翼族が驚愕の表情になっていたということも。
ついでに、その天翼族が、抜け駆けは許さないという顔になっていたなんてことは、まったく想像の外にあった。
通信具の向こうで、静かな闘争が繰り広げられていることに気付かずに、考助は続けた。
「そう? ――もし、快く協力してくれる人がいれば、複数人いると嬉しいかな?」
一人だけを調べても、データ的には意味がない。
それだと、その人物の特異な例ということもあり得るからだ。
天翼族全体でというくくりを持たせるのであれば、どうしても何人かを調査する必要があった。
少し図々しかったかなと思う考助に対して、エイルは平静を装って応えた。
「具体的にはどれくらいがよろしいでしょうか?」
「え? う、うーん。そうだねえ。最低でも二~三人はいてくれると嬉しいかな? 本当はそれ以上が良いけれど、流石に一度に調べるには時間がかかりすぎるだろうし」
「そうですか。・・・・・・二~三人ですね」
「難しいかな?」
「いいえ。そんなことはございません。コウスケ様の都合のいい時間に合わせて、その人数を揃えます」
考助の不安を打ち消すように、エイルはピシリと答えた。
エイルは何気なさを装って考助と会話をしていたが、実はこの時、エイルのいる部屋ではちょっとした騒ぎが起きていた。
ただし、騒ぎといっても通信具に音が入っては駄目だと、その場にいた皆がわかっているので、静かに騒いでいたのだ。
具体的に言えば、私が行くというプレッシャーと共に、視線(ガンともいう)を飛ばし合っていたのである。
その中にはエイルも含まれていたのだが、通神具の先にいる考助は、そんなことが起こっているとは分からずに、通信を終えたのであった。
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管理層にやってきたエイルに続いて、ふたりの天翼族が転移して来た。
そのふたりは、熾烈な戦い(じゃんけん)を勝ち抜いて来た猛者である。
ちなみに、エイルは考助と一番よく話をしているのは自分だという、よくわからない主張を強弁して最初から争いには加わっていない。
さらにいえば、天翼族の中では今回のことは大騒ぎになったのだが、それを考助に悟らせてはいけないということも徹底されていた。
裏でそんな騒ぎがあったとすれば、考助が引いてしまうことを心配したのである。
考助の性格をしっかりとつかんでいる天翼族らしい分析の結果だった。
そんな天翼族の裏事情はまったく知らずに、考助はエイルたちを歓迎した。
考助が予想した通り、天翼族の飛翔にはシルヴィアも興味を示しており、さらにはシュレインも新たに加わっていた。
シュレインに話をしたところ、ヴァンパイアにも空を飛ぶという能力が昔あったそうだ。
それが、実際に浮いていたのか、単に跳んでいただけなのかが、意見が分かれているということで、参考までに天翼族の飛翔の仕方を知りたいと言ってきた。
結果だけ考助から聞ければそれでも十分だったのだが、たまたま都合が空いたので、それならと調査に加わったのである。
そんな感じで始まった天翼族の調査は、特に派手なことはなく、地味なことの繰り返しだった。
簡単に言えば、天翼族が飛んでいるときと地面を歩いているときで、魔力の流れに違いがあるのかということから調べるので、ひたすら歩いたり飛んだりを繰り返すだけだ。
天翼族にとっては、空を飛ぶことは歩くことと変わらないくらいに体力を使うことなので、流石にずっと動きっぱなしだと疲れてくる。
飛んだり歩いたりと何度も行えば、当然体力も失ってくるので、さほど長時間の調査は続けられなかった。
これは別に天翼族の体力が無いというわけではなく、疲れてくるとまた別のものが作用するかもしれないということで、張り切る天翼族たちを考助が説得して止めていた。
天翼族のその様子を見て、考助はそんなに飛翔について知りたかったんだ、とずれたことを言っていたが、それを聞いたシュレインとシルヴィアが残念そうな顔をしていた。
だが、考助はそれに気づかずに、天翼族の調査を続けていた。
その結果、一回の調査でそれなりのことが分かって来た。
まず、これは予想通りといえば予想通りなのだが、やはり天翼族の飛翔には魔力が使われていることが分かった。
ただし、今のところの調査では、どんな魔法が使われているのかまでは分からない。
「魔力が動いているのはわかっていても、使っている当人がまったく意識していないから、調べようがないの」
その結果に、シュレインがそう言うと、考助も頷いた。
「まあね。どんな魔法なのかは、少し調べるのに手間がかかるかな?」
魔力の流れを細かく分析すれば、ある程度どんなことが起こっているのかは分かる。
ただ、それが、既存の魔法とまったく違った物だと、分析のしようがない。
新しい未知の魔法だと判断されるだけである。
今後は、既存魔法と比較しながら、一つ一つ調べて行って、類似の魔法が無いかと確認していくのだ。
結果的に、同じものが見つからなければ、未知の魔法ということになる。
もっとも、考助もすべての飛行(飛翔)魔法を知っているわけではないので、世界のどこかで同じ魔法を使っている魔法使いもいるかもしれない。
ただ、残念ながらそれは、そのときになってみないと分からないのである。
後半長々とした文章が続いてしまいました。
ですが、この部分を会話を交えて書くと、だらだらとした説明が続くだけなんですよね。
ただ、飛んだり跳ねたりしている姿を延々と書いても仕方ないかと><
一応、天翼族の秘密(?)についてはこれで一区切りです。
あとは、考助が地道に調査を続けて、後々結果を報告してくれるでしょうw




