(9)信用
リリカによって強引にシルヴィアとフローリアを自分の家に招き入れることになったサリーは、シルヴィアとフローリアにとある飲み物を用意して出した。
そして、それを見たフローリアが、少し感心したような声を上げた。
「ほう。これは『お茶』ではないか」
「おや。女王様も知って・・・・・・ご存知でしたか」
ついいつもの調子で話しかけたサリーは、慌てて口調を変えた。
そのサリーに、フローリアは首を左右に振りながら言った。
「リリカに言っているような言葉使いでいいぞ。どうせもう私は引退した身だからな」
「いや、いくら引退したからといってもね・・・・・・」
そう言って肩をすくめたサリーに、リリカが軽い調子で言った。
「フローリア様が良いと仰っているのだから、いいのですよ。それよりも、私にはないのですか?」
リリカは、シルヴィアとフローリアがお茶を口にしているのを見てから、サリーを見た。
そのリリカに、サリーがお茶を入れるための道具を指しながら答えた。
「お湯は沸いているんだから、自分で入れればいいじゃないか」
「はあ。まったく、相変わらずなんですから」
「そのセリフ、そっくりそのまま返すぞ」
「待て待て。その調子でやられたら、いつまでたっても本題に入ることが出来ないぞ」
また目に見えない戦争が始まりそうになったところで、流石に見かねたフローリアが苦笑しながら止めた。
流石にフローリアに止められて、いつものじゃれ合いを続けるような根性(?)はリリカとサリーには無い。
一度顔を見合わせてから、リリカがフローリアに向かって頭を下げた。
「・・・・・・申し訳ありませんでした。どうぞ話を続けてください」
「だから、それが固いと・・・・・・いや、いいか。こんなことに固執しても仕方ないからな。好きにするといい」
フローリアは諦めたようにそう言ってから、本題に入った。
話す内容は、リリカにしたことと同じ内容だ。
ただし、サリーには孤児の面倒と同時に、基礎の訓練をしてもらうことも付け加えている。
フローリアから話を聞き終えたサリーは、しばらく考えるような表情になった。
「――――ひとつ聞くが、その子たちは、現人神の手足になって働くってことかい?」
サリーが話を聞いて懸念したのは、自分が育てた子供たちが、現人神にいいように使われることになるのではないかということだ。
フローリアの話を聞いて、自分が孤児の為の施設で働けることに、嬉しいという気持ちもあった。
だが、その点がきちんとわからないと、うかつに返答しては駄目だという思いがあった。
いくらなんでも、子供たちを良いように育て上げて神の尖兵にする気は、サリーには無い。
そのサリーに、リリカが答えようとしたが、それをフローリアが少しだけ右手を上げて止めた。
そして、サリーに向かって笑みを向けた。
「うむ。その疑問はもっともだな。いかにもコウスケのことを知らない者が考えそうなことだ」
その褒めているのか、こき下ろしているのか、微妙に曖昧な言い方に、サリーは戸惑った表情を向けた。
そのサリーを助けるように、シルヴィアが笑いをこらえるように、口元を押えながら言った。
「サリーさん。こういってはなんですが、そんなことは、コウスケ様が最も嫌がっていることなんですよ」
「・・・・・・そうなのですか?」
「ええ。勿論、コウスケ様に逆らったりしないように教え込むことはするでしょう。ですが、一から十まで全てコウスケ様の指示に従って動くような人形を作るつもりは、誰にもありません」
考助が欲しがっているのは、あくまでもダンジョン層を攻略してくれる人材であって、自ら望むままに動く兵士ではない。
考助が望めば、二名ほどがそのために動くだろうが、そんなことは決して言わないことは分かっているので、決して余計な真似はしない。
だからこそ、シルヴィアもフローリアもそう断言できるのだ。
二人から説明をされてもなお、懐疑的な表情を浮かべているサリーに、シルヴィアは困ったような顔になった。
「こればっかりは、私たちの言葉を信用してくれとしか言いようがないからな」
「そうですね。頼めばコウスケ様も会ってくれるでしょうが、それをしてしまうと強制になりかねないですから」
たとえ考助にそのつもりが無くても「お願い」をしてしまえば、それは神の言葉と受け止められてしまう可能性がある。
神だと名乗らないときの普通の会話であればそんなことは心配しなくてもいいのだが、今回の件は考助の名前を出して動いている。
そのため、シルヴィアが言った通りになってしまう可能性は否定しきれない。
ここで、シルヴィアとフローリアの様子を見ていたリリカが助け舟を出してきた。
「リーダー。私からも断言いたしますが、現人神はそんなことをするような人物(?)ではないですよ」
リリカがそう言うと、サリーは少しだけ驚いたような表情になった。
「リリカは、その・・・・・・神に会ったことがあるのか?」
「はい。何度か機会がありましたから」
シルヴィアに視線を向けながら言ったリリカに、サリーは納得した様子で頷いた。
サリーは、シルヴィアが現人神の巫女であることを知っているので、その繋がりでリリカが直接会っていてもおかしくはないと理解できた。
流石に長年一緒に冒険者パーティの仲間をやっていたリリカの言葉は、サリーもすぐに信用することが出来た。
別にシルヴィアやフローリアが嘘をついているとは考えていなかったが、初対面の人間の言葉をすぐに信用するほど、サリーはお人よしではないのだ。
「そうか。それじゃあ、それは良いとして・・・・・・ただ、やっぱりすぐに答えを出すことは出来そうにないですね」
フローリアが話したような施設を作るとなれば、間違いなくサリーの残りの人生をかけての仕事になる。
それでなくとも今の生活があるので、そう簡単に良いですとは答えられないのだ。
もっとも、その答えはシルヴィアとフローリアも予想していたので、すぐに頷いた。
「まあ、そうだろうな。それについてはさほど心配しなくともいい」
「そうですね。さすがにひと月となると時間がかかりすぎですが、半月くらいは余裕があります」
そもそも、考助が張り切って建物を作っている最中なので、それが終わらなければ、子供たちを受け入れる準備すら出来ない。
勿論、その前までには人材を用意しておきたいところだが、それでもシルヴィアが言ったくらいの時間は待つことは可能だ。
それに、シルヴィアもフローリアも、サリーが断ることはほとんど考えていない。
サリーの顔を見れば明らかに前向きに考えようとしていることがわかるので、あとは心の整理をつければいいだけだろうと予想しているのだ。
そして、その予想は間違っておらず、いきなりシルヴィアとフローリアが来て話をされたサリーは、まずは落ち着いて考えようとしていた。
リリカから見れば、サリーが今の時点で断らずに待ってもらおうとしていることで、既に答えは出ているような気がしたが、敢えてこの場でそれは言わなかった。
一番楽観視しているのがリリカなのだが、自分が余計なことを言えば、今のサリーの中にある勢いが消えてしまいそうだと感じたのだ。
それが当たっているのか間違っているのか、答えが出るのは少し先の事になる。
そして、半月後再びサリーの家をリリカと共に訪ねたシルヴィアは、今回の話を受けるという返答を当人から受け取るのであった。
何となくうだうだしてした回になってしまいました。
少しばかりサリーの葛藤(?)を書きたかったのですが……。
とりあえず、サリーが加わったことが確定して、次は考助のターン?(タブン)




