(1)冒険者
アマミヤの塔の管理層にある訓練場では、今日も激しい訓練が行われていた。
訓練を行っているのは、リクを除いた『烈火の狼』の面々と、フローリア&シルヴィアのコンビだ。
「おー、スゴイな。フローリアとシルヴィアを押しているじゃないか」
模擬戦を見ていた考助がそう感想を漏らすと、隣にいたリクがガクリと肩を落とした。
「・・・・・・父上。俺たちは一応、トップクラスのチームなんだが・・・・・・? しかも二対五で、二人のうち一人は防御メインじゃないか」
「それはそうだろうけれど・・・・・・まさか、今回は勝つつもりで来ていたとか?」
何とも微妙な表情になっているリクを見ながら、考助はピンと何かにひらめいたような顔になってそう言った。
その考助の突っ込みにリクは特に表情を変えなかった・・・・・・のだが、なぜか考助は納得の表情になった。
「そうかそうか。なるほどね。そういうことなら、こっちにも考えがあるよ」
「ちょっと待て。考えって、なんだ?」
そう言いがら口元を引きつらせるリクに、考助はにやりと笑いながら答えた。
「いや、せっかくだから、妖精の一体でも参加させようかと」
「待って、いや、待ってください。それだと訓練になりません」
ツラッとした顔で言ってきた考助に、リクは土下座せんばかりの勢いで頭を下げた。
考助が呼べる妖精を一体でも呼ばれてしまうと、リクが言った通り、訓練にならなくなってしまう。
目の前で頭を下げるリクを見ながら、それじゃあどうしようかと考える考助の耳元に、ピーチの声が聞こえて来た。
「そういうことでしたら、私がシルヴィアと代わりましょうか~」
「あら、ピーチ。良いの?」
考助の問いに、ピーチが頷いた。
「良いのですよ~。たまにはしっかりと運動しないと鈍ってしまいますからね」
「そう。それじゃあ頼むよ」
リクが「えっ?」という感じで顔を上げる間に、考助とピーチがさっさと話を決めてしまった。
止める間もないというのはこういうことを言うのかと、リクは絶望的な状況に天井を仰いだ。
そのリクの様子を見て、ピーチがいつもの調子で言ってきた。
「大丈夫ですよ~。きちんと訓練になるようにしますから」
ピーチはあっさりとそう言ってきたが、彼女はその調整が出来るくらいの実力がある。
だからこそ、リクも止めたかったのだが、既に本人と考助がやる気になっている以上、それは無理だとわかっていた。
この時点でリクは、今日も勝つことは無理だったかと、内心で大きくため息をつくのであった。
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シルヴィアとピーチが交代した後は、リクの予想通りに一方的な展開が続いた。
勿論、先ほどピーチが言った通りに訓練だとはわかっているので、『烈火の狼』がまったく攻撃が出来ないというわけではないのだが、どれもこれも有効打になるような攻撃は出てこなかった。
それくらいに、あちこちに移動するピーチに翻弄されていた。
「・・・・・・あれはどう考えても反則だろが・・・・・・」
地面に手を付きそうになるくらいに頭を下げているリクの背中を、考助がポンと軽くたたいた。
「まあ、ピーチをやる気にさせてしまったのが不運だとおもって、諦めるしかないね」
「少しは慰めてくれるとかは、ないのかよ!?」
「あるわけないよ。なんで、大の大人になった自分の息子を慰めなくちゃならないんだよ」
求める相手が違っていると言いたげな考助に、リクは複雑な表情になった。
理由はどうあれ、自分が実の父親から慰められる図を想像したら、そんな顔が自然に出てきたのだ。
そんなリクに、シルヴィアがくすくすと笑いながら揶揄うような顔になった。
「それもいいんじゃないですか? 本人の希望ですし」
「・・・・・・勘弁してください」
真剣な表情になって頭を下げたリクに、シルヴィアはますますが笑みを深くして笑った。
そんなどうでもいいことを話していた考助は、ふとなにかを思い出したような顔になってリクを見た。
「そういえば、ここ数年、ダンジョン層に冒険者が入っていないみたいなんだけれど、なぜかわかる?」
「いや、なぜも何も、稼げないからなんだが?」
何とも分かり易いリクの回答に、考助は「あー」といいながら肩をすくめた。
現在冒険者の行けるダンジョン層は、低/中ランクの第五十一層~第六十層と中/高ランクの第六十一層~第七十層がある。
現在は、前者の第五十一層~第六十層はまだ比較的活動している冒険者もいるのだが、後者の第六十一層~第七十層になると、ほとんど入っている様子が見られないのだ。
ただ、それもそのはずで、第六十一層に入る前の層は、第七十一層と第七十二層になっていて、出現するモンスターが強いため稼げる金額がまったく違っている。
そのため、後者のダンジョン層に行けるような冒険者は、ダンジョンアタックを敬遠してしまう。
それに、たとえダンジョンアタックをしたとしても、持ち帰ることが出来る素材の数には限りがある。
さらに、途中でセーフティエリアもないことから、あまり深くまでダンジョンを攻略する者もいないのである。
考助が塔の開放をしてからもその傾向はあったが、近年では攻略しようとする冒険者グループはほとんどいなくなっている。
そのため、第六十一層~第七十層は、せっかく宝箱などを用意しても、閑古鳥が鳴く始末になっているのだ。
「冒険者にとっては稼ぎが重要だというのは分かるけれど、もう少し冒険する気になってくれないかなあ・・・・・・」
「いや、それを父上が言うのか?」
セントラル大陸にある塔を攻略して以降は、考助はほぼ完全に引き籠ってしまって、冒険らしい冒険はしていない。
敢えて挙げるとすれば、セントラル大陸の神域化などはあるが、それが冒険であるかどうかは微妙なところである。
もっとも、冒険者らしい活動というのが、どういうものであるのかは、誰も正確に答えることなどできない。
それは、依頼があれば何でも引き受けるのが、冒険者だからだ。
というわけで、考助が言っている「冒険者」というのは、あくまでも考助のイメージでしかない。
「それに、冒険者なんて、現実的には命がけのギャンブルでしかないからな。父上みたいに夢を見ている奴なんて、限られているぞ?」
「夢が無いなあ」
息子のまっとうな指摘に、考助は仕方ないという様子で息をついた。
冒険者というものが職業である以上は、何よりも稼げるということが大事になるのは、考助もよくわかっている。
それでも、未知の世界、未知の物を求めて行動するのが冒険者ではないか、とも考えてしまうのだ。
そんなことを考えていた考助に、リクが肩をすくめながら言った。
「それだったら、父上が実際に動いたらどうだ・・・・・・って、無理か」
考助の場合は、自ら動いたところで、現人神だとばれた時点で「やっぱりか」とか「当然だよな」という空気が流れてしまう。
それでは、他の冒険者に夢を与えるという目的は果たせないのだ。
考助自身も含めて、既に突出した実力を持っているので、周りに夢を与えるために派手に動いたところで、不信感を持たれてしまうだろう。
「無理だろうねえ。それだったら、いっそのこと、そういう人材を育てた方が早いかも?」
「父上に、そんな目利きが出来るのか?」
将来実力が伸びてくるであろう人物を探し出すことが出来れば、あるいは考助が言ったことも実行できるかもしれない。
だが、そんなことを聞いて来たリクに、考助はきっぱりと首を左右に振った。
「いや、無理」
「やっぱりか。それじゃあ、諦めるしかないんじゃないか?」
「そうだよねえ。はあ」
リクの言葉に、考助は残念そうにため息をつくのであった。
ピーチがウキウキで模擬戦に参加。
気分転換の対象になっている『烈火の狼』の面々は、災難です。
ちなみに、途中ではリクも参加していたりします。
後半の「冒険者の夢」云々は何となく付け足した話なので、実際に実行するかどうかはわかりません。




