(10)飼わないという決断
カーディガン家でスライムを飼うためには、いくつかの条件がある。
その理由は主に人間側のもので、スライムにはほとんど関係がない。
とはいえ、その人間側の理由が、スライムにとっては悪い環境になってしまうこともあるのだ。
人間側だけではなく、きちんとスライムの事情も考慮したうえで話をした考助に、スコットは納得の表情になった。
「そうか。確かに言われてみればその通りだね。やっぱりこの場合は仕方ない・・・・・・」
「いえ。そういうことでしたら、飼っても構いません」
諦めかけたスコットに、レンネが前言を翻してそう言ってきた。
レンネとしては、自分の為に夢を諦めてほしくないという思いもあるのだ。
だが、そんなレンネに考助は首を左右に振った。
「いえ。それはやめておいた方がいいでしょう」
「な、なぜ・・・・・・?」
駄目だと言ってきた考助に、レンネが不思議そうな顔になった。
考助は、そのレンネを見た後で、レンカを見た。
その視線の意味を察したレンカは、考助に向かって頷いてからレンネを見た。
「母上。申し訳ないのだが、私でも今の母上にスライムを預けようとは思わないのじゃ」
「レンカ・・・・・・!?」
実の娘から言われた言葉に、レンネは少しだけ傷ついたような顔になった。
その顔は、本当になぜなのかよくわかっていないと語っている。
レンカがさらに続けようとしたところで、考助がレンカを見て言った。
「レンカ、ありがとうございます。それ以上は私が説明します」
ここから先は、実の娘からよりも自分が話をした方がいいと判断して、考助はレンネを見た。
「レンネ様。今の貴方の決断は、あくまでもスコット様の事情に考慮しただけのものにしか見えません。そんな状態で、スライムを預けても、きちんと世話ができるとは思えないのです」
今の状態でレンネがスライムを手に入れたとしても、それはあくまでもスコットの為だけであって、自分自身がスライムを可愛がりたい、育てたいという思いからではない。
勿論、考助は数回レンネに会っただけでしかないが、それでもスライムを無下にするとは思えない。
ただ、それとこれとは話が別なのだ。
先ほど考助が適性を調べたように、モンスターを飼う場合には、犬などのペットと違って世話を他の者に任せるということが出来ない。
いまレンカが行っているように、大部分を自分で行動して世話をしなければならないのだ。
スコットのためにとスライムを飼うことを決断したレンネが、長い間そうしたことに時間を使うことをよしとするかどうかは、考助には判断が出来ない。
そうした事情やスライムのことを考えれば、考助が言った通り「今は無理」という答えしか返せないのだ。
考助の厳しい言葉に、レンネは少しだけショックを受けたような顔になった。
公爵家に嫁いだ身として、またもともと貴族令嬢だったレンネは、他者から世話をされることはあっても、自分で世話を焼いたことなどほとんどない。
勿論、レンカを始めとして、自分が生んだ子はきちんと育ててはいるが、それも侍女たちの手を借りたうえでのことだ。
完全に自分だけの手で育てるなんてことは、考えたこともない生活を送ってきたのだ。
考助から言われた通りに、自分自身でスライムを飼うということをまったく考えていなかったことに気付いて、レンネは内心で愕然としていた。
そのレンネの顔を横から見ていたスコットが、彼女の肩をポンと叩いた。
「レンネ。やっぱり今回は諦めよう」
「・・・・・・あなた」
ごめんなさいと続けようとしたレンネに、スコットは笑みを浮かべながら首を左右に振った。
「いや、別に謝ってもらう必要はないよ。モンスターを飼うということを甘く見ていたのは、私も同じだ。・・・・・・全く。毎日レンカのことを見ているはずなのに、どこを見ていたんだろうと思うよ」
さばさばとした調子でそう言ったスコットは、本当に今回のことを受け入れているように見える。
レンネの肩から手を離したスコットは、考助に視線を戻してから続けた。
「そういうわけですから、今回スライムを譲ってもらうのは諦めます。ただ、出来れば、私たちにきちんとした覚悟ができたときには、もう一度お願いします」
「ええ。それは勿論、構いません。前にも言った通り、それは私の願いでもありますから」
「コウ殿の願い?」
初めて聞く考助の話に、レンカは不思議そうな顔になって首を傾げた。
そのレンカに、考助はフフと笑ってから言った。
「まあ、いずれはレンカにも話すことはあるんじゃないかな?」
「むう。今、教えてはくれないのか?」
「今はまだ秘密」
楽しそうな顔になって自分の口に右手の人差し指をあてた考助に、レンカはムウという顔をしてからすぐに笑い出した。
きちんと考助が「今は」と付けたことに気付いているのだ。
そんなレンカに、スコットが少しだけいたずら小僧のような顔になって言った。
「まあ、レンカも大人になれば分かることもあるだろうね」
「むう。私は、きちんと大人なのじゃ!」
「はいはい。そうだね」
レンカの抗議の声を軽くあしらいながら、スコットは笑顔になっていた。
その様子を見ていた考助は、ふたりの間には親子としての強い絆が結ばれているのだと実感するのであった。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
カーディガン家から管理層に戻ってきたフローリアが、考助を見ながら聞いて来た。
「あれでよかったのか?」
「うん。まあ、仕方ないんじゃないかな? スライムは、放っておいても勝手に生きてはいけるだろうけれど、それは飼って(テイムして)いるとは言えないからね」
もし、スライムの飼育をレンネが放棄してしまった場合は、下手をすれば家令たちがそのスライムを駆除してしまうということになりかねない。
勿論それは極端な場合だが、少なくとも途中で放り出されてしまうと、困ったことになるのだ。
あの一家がそこまでひどいことをするとは思えないが、扱っているのがモンスターである以上、周囲がどういう反応を示すことになるかが分からない。
それを考えれば、スコットの最後の決断が間違っていたとは、考助には思えなかった。
「いや、それは別にいいのだが、私が言いたいのは、レンカクラスの主を探そうとしても、中々出てこないと思うぞ、ということなんだが」
考助は、眷属を人に広めることを考えている。
ところが、レンカのような適合者が出てくるかといえば、相当厳しいのではないか、というのがフローリアの考えだった。
そのフローリアに、考助は肩をすくめながら答えた。
「それはそれで仕方ないんじゃないかな? 別に急ぐわけじゃないからそれでもいいよ」
考助の都合(?)で急いで広めても、そのせいで眷属たちが傷つくようなことがあっては本末転倒になってしまう。
慌てて広めるつもりがない考助にしてみれば、じっくりそのときを待てばいいと思っていた。
「ですが、コウスケさんが引き籠っていては、見つかるはずの方も見つかりませんよ?」
「うっ」
サクッと釘を刺してきたシルヴィアに、考助は言葉に詰まって横を見るのであった。
散々引っ張って、結局飼わないのかよ! という声が聞こえてきそうです><
が、こういうこともあるのだろいうことで、勘弁してください。
モンスターを飼うということが、そう簡単なことではないということを、教えたかったのです。




