(8)二回目の訪問
最後は子供の喧嘩のようになってしまった王との話し合いだったが、スコットは最後まで考助の名前は出さなかった。
王もスコットが敢えて言わないようにしていることに気付いていたのか、聞いてくることはなかった。
自分が問えば、それは命令となるということを承知しているからこそだ。
テイマーの話を終えたあとは、軽く近況の報告などを行って、スコットは王との対話を終えた。
スコットにとっては久しぶりの王との対話だったが、きちんと目的は果たせたと考えている。
必要な情報は渡すことが出来たし、考助の名前を直接いうことはなかった。
もしかしたら自分の態度と言葉で気付くかもしれないが、それはそれだ。
スコットは確定的なことは言っていないので、たとえ王が答えにたどり着いたとしても、それはあくまでも想像でしかないのである。
そして待ちに待った考助との再会の日。
その日は、スコットとレンカが揃ってそわそわとしながらお客の到着を待っていた。
二人揃って、途中何度もレンネから「少しは落ち着きなさい」と注意されるほどだった。
そして、家令から報告を受けたスコットとレンカは、脱兎のごとく屋敷の扉へと向かった。
スコットとレンカが屋敷のホールに出たときには、既に考助たちは家令の一人に案内されていた。
「コウ・・・・・・さん、ようこそいらっしゃいました」
危うく「コウスケ様」と呼びそうになったスコットは、気力で抑え込んでから頭を下げた。
それを見たレンカも慌てて頭を下げる。
たとえ慌てていてもレンカと違って挨拶を忘れなかったスコットは、経験の差が出たといえるだろう。
もっとも、威張れた話ではないのだが。
最初の対応はスコットに軍配が上がったが、その後の勢いではレンカが勝っていた。
「コウ殿! 早く狼たちに会ってやってくれ!」
「あっ! ちょっと?」
勢いよく腕を引っ張って外に出ようとするレンカに、考助は戸惑った表情を浮かべながらスコットを見た。
このままろくに話もしないで、レンカの言うままにしていいかどうかが分からなかったのだ。
そんな考助にスコットは苦笑しながら頷いた。
「構いませんよ。狼たちも喜ぶでしょうから行ってあげてください」
内心ではレンカに負けたと思いつつ、スコットは笑顔になりながらそう言った。
そんな会話をしているうちに、屋敷の奥からレンネもやってきた。
といっても、考助はそのときには既に、レンカに腕を引っ張られながら出口に向かっていたので、ろくに挨拶ができなかったのである。
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考助は、腕をレンカに取られたまま、屋敷の裏庭へと案内された。
そこは、きちんと手入れされた芝が敷き詰められた庭になっていて、一つの小屋が建っていた。
ただし、小屋とはいってもど素人が建てたものではなく、きちんと職人の手によって作られていることが分かるものだ。
大きさは、五頭の狼が入っても十分に余裕があるほどの広さがある。
考助から見ても、これなら窮屈な思いはしていないだろうと思えるくらいの建物だった。
小屋を見ている考助に気付いたレンカは、少しだけ寂しそうな表情になって言った。
「本当であれば、庭にずっと放しておけるようにしたかったのじゃがな」
庭師を始めとして、何人もの人間が裏庭を使っているので、流石にそれは許可が出なかったのだ。
そのためレンカは、狼たちに窮屈な思いをさせていると思い込んでいた。
そんなレンカに、考助は首を左右に振ってから言った。
「いやいや。普段過ごす場所としては十分な大きさだと思いますよ。狩りには連れて行っているのですよね?」
「勿論じゃ! ・・・・・・といっても、私は狩りにはついていけないので、許可を出して森に放っているだけじゃが」
「それでいいのですよ。むしろ、レンカ様が付いて行ってしまっては、意味がありません」
考助がそう言うと、レンカは不思議そうな顔になった。
「そうなのか?」
「そうですよ。もともと狼たちは、自分で好き勝手に狩りをする生き物です。そこに、人が付いて行っても邪魔なだけですよ。勿論、時には一緒に狩りをするのも良いでしょうけれどね」
普段は考助もナナと一緒に狩りに行ったりはしていない。
勿論、ナナはいつでも考助との狩りに行きたがるだろうが、完全にナナのペースに合わせると、考助が付いていけないのだ。
レンカに任せた狼たちは、状況も環境も違っているので、考助とまったく同じにする必要はない。
「そうか。じゃが、時には私も一緒に行きたくなるのだが?」
「それは、きちんとレンカ様が自分の身を守れるようになってからのほうが良いでしょうね」
どう見てもただのお嬢様でしかないレンカは、狼たちの狩りについていけるとは思えない。
勿論、最初からレンカのレベルに合わせた狩りをすればいいのだが、それだと狼たちにとってはストレスが発散できない可能性がある。
結論として、先ほど考助が言ったように、狼たちに好きに狩りをさせた方がいいということになるのだ。
考助の話を感心した様子で聞いていたレンカは、小屋のドアにかかっている鍵を外して、ドアを開けた。
すると、待ち構えていたかのようにレジャとロジャが飛び出してきて、レンカにじゃれついた。
そして、すぐに考助がいることに気付いたかのような仕草をして、ぺたりとその場に臥せた。
「うん? どうしたのじゃ?」
いつもは飛びついたらしばらく離れないのだが、すぐに大人しくなった二体を見て、レンカが首を傾げている。
レジャとロジャが臥せをしている間に、小屋の奥からはホル、ヘル、ホープの三体がやってきた。
こちらは、レジャとロジャのように飛びついたりはせずに、少しだけ足早に考助に近付いて行く。
「やあ。元気にしていたかな?」
今回は約一週間ぶりの再会なので、前回ほど会わなかったわけではないが、それでも期間が空いていたことには違いはない。
考助が声を掛けながらそれぞれの首筋を撫でてあげると、三体は嬉しそうに尻尾を振っていた。
その様子を見ていたレンカが、難しそうな顔をして言った。
「むう。どうすれば、そこまで自然に撫でられるようになるのじゃ?」
「ハハハ。こればっかりは慣れるしかないよ」
それこそ考助は、何百体という狼を二十年以上も触り続けてきたのだ。
経験に勝るものはないということを、地でいっているのだ。
そんな裏事情を知らないレンカは、まだ納得のいかない表情をしていた。
そんなレンカに、これまでの間黙って着いて来ていたフローリアが、ポンと肩に手を置いてから助言をした。
「レンカ。あれに追いつこうとするのは構わないが、まったく同じことをしようとするのはやめておいた方がいいぞ」
「そうですね。まずは出来ることから一つずつこなして行ったほうが良いでしょう」
フローリアに続いて、シルヴィアも笑みを浮かべながら追随した。
シルヴィアとフローリアの顔を見て何か思うところがあったのか、レンカは少しだけ考える顔になってから頷いた。
「うむ、わかった。そうするのじゃ」
素直に返事をしてきたレンカに、シルヴィアとフローリアは満足げな顔になった。
そのやり取りを見ていた考助は、苦笑をしながらシルヴィアとフローリアを見た。
「何かこう、危険物扱いされている気がするんだけれど?」
少しだけ恨みを込めて言った考助に、シルヴィアとフローリアは、まったく堪えた様子もなく同時に頷いた。
「なるほど。言い得て妙だな」
「そうですね。あれは、見る者によっては危険物でしょう。同じことをすれば、下手をすれば命を失う可能性もあるという意味においては」
考助と同じような対応を他の者がすれば、間違いなく命を失う危険性がある。
ふたりの言葉でようやくそのことに気付いた考助は、がっくりと肩を落とすのであった。
考助は参考にしてはいいですが、そっくり同じことをしてはいけません!(危険物)
というお話でしたw




