(7)子供の喧嘩
考助を屋敷に招待したスコットは、その数日後に国王との対面をしていた。
申請を出してからこれほど早く王と対面できるのは、スコットが公爵家の人間であることを如実に示していた。
ちなみにスコットは、国の要職には就いておらず、広大な領地の管理だけをしている歴代の公爵の中でも珍しい存在である。
スコットが国の役職についていないのは、きちんとした理由がある。
当代の王と幼馴染であるスコットは、周囲からの変な勘繰りを避けるために、敢えて職には就かなかったのだ。
別に王と仲がいいからといって、職に就いてはいけないというルールはない。
勿論、だからといって公爵家の当主であることの重圧が逃れられるわけではない。
ただ、スコット自身がそうした権力闘争をするのが面倒だっただけだ。
王の前に姿を見せたスコットは、きちんとした作法に則って頭を下げた。
とはいえ、いまいる場所は、公的なところではなく私室に当たる場所なので、そこまで厳しく言われることはない。
「久しぶりだね、スコット」
そう親し気に話しかけて来た王は、すぐにスコットに座るように目の前の椅子を示した。
それに従ってスコットも腰を掛ける。
「はい。ご無沙汰しております。それから、突然の要求に応えていただき、ありがとうございます」
「いや、構わない。私も其方と話がしたいからな。あまり頻繁だと周りがうるさいが、この程度で文句は言わせないさ」
気楽な調子でそう言ってきた王に、スコットは静かに頭を下げた。
王が気遣ってくれたことにお礼をしたのである。
そんなスコットに、王はわずかに目を細めて聞いて来た。
「それで? 珍しくわざわざ急ぎでと断ってまで、私と会いたかった理由はなんだい?」
スコットは、王との面会を依頼する際に、過去に遊びの中で作ったふたりの間でしかわからない暗号のようなものを使って、できるだけ急ぎでと書いておいた。
王はそのことを忘れておらず、だからこそ、これだけ早く対面が実現したのだ。
ちなみに、この場には王とスコットしかいない。
王から問われたスコットは、少しだけ間をおいてから本題に入った。
「王。貴方は成人前の旅の意味を考えたことはありますか? ・・・・・・いや、これは今さらですね」
成人前の旅が重要な意味を持っていることは、この国の貴族であればだれもが知っていることだ。
それを王に聞いても意味がないと、スコットは別の言葉で言い直すことにした。
「歴代の王の中で、旅の間にモンスターをテイム出来た者は、どれほど存在していますか?」
「・・・・・・なに?」
スコットのその問いに、王は意表を突かれたような顔になった。
それは明らかに、今まで考えたこともなかったと言っていた。
海千山千の貴族たちを相手にしている王にしては珍しく、感情がそのまま顔に出ている。
意味が分からないという顔をしている王に、スコットは頷きながら続けた。
「実は、とある客人に言われたのです。実は、成人前の旅は、テイムするモンスターを探すための物だったのではないか、と」
「ほう。それは中々面白い考え方をする者だな」
楽しそうな顔になっている王を見て、スコットはこうなるのも当然だと考えていた。
まず、王はいまスコットが言ったことを、本当のことだとは考えていない。
ということは、少なくとも今の王には、旅の目的がきちんと伝わっていないということになる。
勿論、あのときに考助が言ったことが、本当だということが前提になるのだが、少なくともスコットは間違いなく事実だと考えている。
それは、現人神が言ったことだということもあるのだが、それ以上に自分の娘であるレンカの存在があった。
「はい。私も娘のことが無ければ、あの方にはそう答えたでしょう」
「・・・・・・なに?」
スコットの言葉に、王は二つの意味で首を傾げた。
一つは、王はレンカが狼を飼い始めたことを知らなかったので、なぜここでその娘が出てくるのかということ。
もうひとつは、公爵家の当主であるスコットが、「あの方」と呼んだ相手のことだ。
少なくとも王が知る限りでは、ここ最近のスコットの屋敷にそこまでの敬意を払うような者が来たという報告は受けていない。
王の内心の疑問を余所に、スコットは気にした様子も見せずに話を続けた。
「まだお耳に入っていらっしゃらなかったのですか。レンカは旅の最中に狼を見つけて、屋敷で飼い始めたのですよ」
「なんと!? と、いうことは?」
「ええ。レンカに狼を譲ってくださった方の話では、テイムのスキルも持っているようですね」
自分の報告に言葉を失う王に、スコットは気づかわし気な表情を向けた。
「それにしても・・・・・・レンカが狼を飼い始めたのはだいぶ前からになるのですが、そのことも伝わっていなかったのですか?」
「・・・・・・ああ。少なくとも私のところに報告は来ていないな」
スコットの気遣いに、王はため息をつきながら答えた。
貴族の屋敷でモンスターが飼われるということは、その家にテイマー系のスキル(技術)を持った者が出て来たか、あるいはそうした者を雇うことが出来たことに他ならない。
初代国王がテイマーだったとされているこの国では、それは大きな関心事になり当然王の耳にも噂として入って来るはずなのだ。
それが一切なかったということは、もうすでにこの国でのテイマーの地位が下がっているか、あるいは敢えて王の耳には噂を入れないようにしたのかのどちらかになる。
王もスコットもこの国でテイマーの地位が下がったということは聞いたことが無いので、どちらが実情であるかは火を見るよりも明らかだった。
王の顔を見ながらスコットは同じようにため息をついた。
「私の所の情報を遮断しても意味がないでしょうに・・・・・・いや、そんなこともないのか」
「どういうことだ?」
「私の娘が得た狼は、とある客人からと申し上げたではありませんか。その者の存在を隠したかったのでは?」
レンカは、狼を連れ帰ると同時に、狼を譲ってくれたコウ(考助)のことを大々的に宣伝していた。
その考助の存在を隠したかったのであれば、王の耳にレンカの噂が入らなかったということも意味が分かる。
「客人か・・・・・・。それ程の者なのか?」
「ええ。間違いなく。少なくともレンカに五体の狼を、ポンと譲ってくれるほどには」
「それはまた。剛毅な者だな」
目を丸くしながらそう言ってきた王に、スコットは頷きながらわずかに声を潜めた。
「ええ。間違いなく、そうでしょうね。それから――」
「なんだ?」
「その者は、スライムが選んでくれれば、私にも譲ってくれるといっていましたよ?」
「なんじゃと!?」
スコットの言葉に、王は目を見開きながら驚きを示した。
王の顔は、ウググと声を漏らさんばかりになっている。
なんだかんだ言いながら、その顔を見れば、王にとってもテイマーが憧れだということがよくわかった。
その王の顔を見たスコットは、まったく昔と変わっていないその様子に懐かし気に目を細めた。
そして、折角なので追撃をしておくことにした。
「もし私がスライムを手に入れることが出来れば、きちんと自慢しに来ますから安心してください」
「なにをっ!? どうせ貴様なんか、スライムに嫌われて、手に入れられないのがおちだろう!」
あっさりとスコットの思惑に乗った王は、半分以上はわざとやっている。
傍から見ればどう見ても子供の言い合いにしか見えないが、それもまた二人にとっては普段の重圧から逃れるための良いきっかけでしかないのであった。
最後は完全に悪のりして書いてしまいましたw
どう見ても一国の王と公爵のやり取りではありませんね。
それはともかく、今章はわざと王や国の名前を出さずに書いています。
いずれは出てくることもある・・・・・・のでしょうか?




