(3)過去の話
現人神だと告白したあとで、ビクビクと自分を見てくるスコットとレンネに、考助はクスリと笑った。
「そんなに怯えないでください。本当に、先ほど言ったこと以外は、何かをたくらんだりしているわけではありませんから」
「は、はあ・・・・・・」
最初の時と全く態度(と言葉使い)を変えない考助に、スコットは思わず気の抜けたような返事をしてしまった。
普段のスコットであれば、あり得ないような失態だが、考助が現人神であるという事実と、実際に見せられている態度に、かなりのギャップがあって思わず出てしまったのだ。
そんなスコットに、フローリアが笑いながら言った。
「世間で知られているイメージと実際のギャップはかなり差があるからな。其方がそうなるのも無理はない」
「きょ、恐縮です」
自分のフォローにますます身を固くしたスコットに、これ以上は余計力が入ると考えたフローリアは、別の話題を振ることにした。
「ところで、コウスケが現人神であると信じた理由を聞いてもいいか? あまりにも荒唐無稽で、ただの詐欺だと思わないのか?」
そう聞いて来たフローリアに、スコットは首を左右に振った。
「確かにそれも考えましたが・・・・・・まずあり得ないと判断しました」
そう断言したスコットは、考助が現人神だと断定した理由を話し始めた。
最初のきっかけは、考助とシルヴィアの会話が材料になっている。
詐欺や嘘を吐くにしても、そもそも自分たちと知り合うきっかけになっているのが、レンカに狼を五体も与えていることから考えにくい。
それに、神の名を騙ってそんな真似をすれば、ばれたときの罰が重すぎる。
変な話だが、そんな危ない橋を渡る悪人は、いないと断言できるのだ。
ただ、勿論、中にはそうした嘘をついて金銭などをせしめる者たちもいないわけではない。
スコットが最終的に判断したのには、決定的な別の理由があった。
その理由を話すため、スコットは一度間を空けてからフローリアを見た。
「それは、貴方ですよ。フローリア様」
「私が、か? さて、どこかで会ったことが会ったか?」
名指しされたフローリアは、女王時代のことを指しているとわかって、首を傾げた。
そんなフローリアに、スコットは小さく笑ってから首を左右に振った。
「あの時の私はまだ小さかったので、覚えていないと思いますよ。私は、父上が神から直接承認された女王に会えると興奮していたので、よく覚えているのです」
スコットはそう言ってから、昔を思い出すように目を細めた。
スコットの言葉を聞いたフローリアは、何かを思い出したかのように手をポンと打った。
「ああ! そうか。カーディガンの名前はどこかで聞いたことがあると思っていたが、公爵家だったか。確かに其方の印象はほとんど残っていないが、それでも記憶にはあるぞ」
そう答えたフローリアに、スコットは驚きで目を見開いた。
当時のフローリアは、セントラル大陸に初めての国を築き、また正式に神から承認された女王として、多くの貴人たちと会っていた。
それは、各国の王族や侯爵家の者たちがほとんどのはずで、公爵家の自分たちのことなど覚えていないと思っていたのだ。
「そこまで驚くようなことか? 其方が言ったことではないか。確かに、其方のお父上は非常に印象深いものだったぞ?」
「あ、はあ、いえ、その節は大変ご迷惑をお掛けいたしました」
少しだけ笑いを含んだような表情で言ったフローリアに、スコットは赤面しつつ、なんとか無難な返答をした。
憧れの人物と直接会えたスコットの父親は、感激のあまり、神そのものを前にしたような態度をとって、周囲を呆れさせていたのだ。
はっきりとそのときの光景を思い出したフローリアは、懐かしそうな顔になって笑みを浮かべた。
「ああ、そうか。其方はあの時に、困ったような顔で、父親の袖を引っ張っていたな。それを見ていた私は、なんとか噴き出さないようにこらえていたな」
「・・・・・・そうだったのですか?」
フローリアからの思わぬ情報に、スコットは少し驚いたような顔で見た。
スコットの中では当時の印象は色あせずに残っているが、フローリアはあくまでも泰然とした様子で、笑い出しそうだったなんて記憶は残っていない。
「ああ。いや、実のところ其方の父上のような態度をとる者は、たまにだがいるにはいたのだ。だが、其方のような子供を連れて来るものはまれだったな。しかも、その子供のほうが落ち着いていたのだから、記憶にも残るよ」
フローリアにとっても珍しい体験だったので、記憶の片隅には残っていたのだ。
その状態で、スコットからきっかけを与えられて、当時の記憶がよみがえったというわけだ。
懐かしい記憶に思わず話し込んでしまったフローリアは、苦笑をした。
「いや、今はそこはあまり関係ないな」
「えー。いいじゃない。滅多に聞ける話じゃなくて、中々楽しいけれど?」
フローリアが女王だったときの話はよくするが、こうしてその当事者を交えて話を聞くことなどほとんどない。
そのため、考助にとっても面白みがある話だったのだ。
だが、そんな考助にフローリアは首を左右に振った。
「いや。話をするのはいいが、そろそろレンカが来るのではないか? いつまでも結界を張っておくわけにもいかないだろう」
「ああ、それはそうだね」
考助としては別に忘れてはいなかったのだが、レンカが来たら来たで、結界の中に入れればいいと考えていた。
だが、それは周囲から見れば不自然に思えるので、フローリアの言葉も間違ってはいないのである。
考助が視線をミツキに向けると、すぐさま結界を解除した。
それに合わせるように、部屋の扉がノックされて、外からレンカの声が聞こえて来ると同時に扉が開いた。
「コウ殿、待たせたのじゃ!」
部屋に入って来るなり勢いよくそう言ってきたレンカに、スコットとレンネが慌てて諫めよう――と、したところを考助が首を振って止めた。
少なくとも今はまだ考助はレンカに、自分が現人神であることを明かすつもりはない。
それを察したスコットとレンネが複雑な表情を浮かべて、それを目ざとく見つけたレンカが首を傾げた。
「どうしたのじゃ?」
「ああ、いや。大したことではないのだよ。コウ殿と少し込み入った話をしていて、其方に聞かせるべきではないと言っていてね」
微妙に真実を混ぜながらスコットが、レンカの疑問に答えた。
そんなスコットに、レンカは憮然とした表情になった。
「なんじゃ。私には秘密なのか?」
「ハハハ。ごめんね。必要があれば、いずれはレンカも知ることになると思うよ」
今はいずれと言ってはいるが、考助はそう遠くない未来だと考えている。
レンカ自身が敏いということもあるし、なによりもレンカが狼たちを手放さない限りはずっと考助と繋がりを持つということになる。
であれば、もしかしたらいつかは加護を与えることになるかもしれない。
それはまだまだ仮定の話でしかないが、全くあり得ない話ではないのだ。
考助の答えに、レンカはプクリと頬を膨らませた。
「むー。・・・・・・まあ、よいのじゃ。それよりも、今夜はどうするのじゃ? まさか、宿に泊まって行くとかか?」
完全に明日も来てほしいという顔になっているレンカに、考助は苦笑しながらスコットを見た。
その視線の意味を理解したスコットは、首を左右に振った。
「我が家を訪ねてきた大事なお客様に、そんな真似はさせないよ。きちんと屋敷に部屋を用意するよ」
「そうか! それじゃあ、ゆっくり話が出来るな! 聞きたいことや話したいことがたくさんあるのじゃ!」
スコットの答えに、レンカは興奮気味にそう宣言するのであった。
フローリアとスコットの過去話でした。
実は当時のフローリアの様子を書くのは、珍しいのではないでしょうか。
(私にはあまり書いた記憶がありませんw)
※明日の投稿はお休みいたします。m(__)m




