(10)お相手探し
塔の管理層に併設してある自らの神域で、考助はブラックキャットのクロを撫でながらぽつりと呟いた。
「・・・・・・そろそろお前にもお嫁さんを見つけてあげないといけないよなあ」
「ガフ?」
目の前に投げられた骨付き肉(生)にかぶりついていたクロは、考助の呟きに反応してわざわざ振り向いて来た。
たとえ懐いているモンスターであっても、食事の最中に話しかけて、気を引くというのはとても凄いことだったりするのだが、考助もクロもそれには気づいていない。
考助は、ブラックキャットであるクロがどのくらいまで生きていられるか、正確にはわからない。
さらに、一部の見解では、人に飼われたモンスターは、安定して餌が得られるため野生と比べて寿命が長いともいわれている。
もっとも野生のモンスターの寿命を正確に計る方法などないので、それはあくまでも想像の範疇でしかないのだ。
クロが考助に懐いてから既にかなりの期間が経っているが、今のところは病気ひとつなく元気に神域を走り回っている。
今のところはまだまだ元気なクロだが、実際には年を取っているのかもしれない。
外見で見分けられるほど考助もブラックキャットに精通しているわけではないので、それは見た目で判断するしかないのだ。
与えた餌を食べ終わって、ぺろぺろと顔をなめ始めたクロの首筋を撫でる考助に、それまで黙って見ていたワンリが少しだけ首を傾げるようにして言った。
「塔の階層で相手を見つければいいのではないでしょうか?」
「あ~、やっぱりそう思う? でもねえ。子供のころからずっとここにいるからね。同族に慣れるかどうかが分からないんだよねぇ」
考助に懐いてついてきたクロは、そのときから一匹でいて、仲間と一緒だったところは見たことがない。
それ以来、ずっと管理層で過ごしているクロが、今更同族の前に連れていかれて、どう対処するのかは考助にもわからないのだ。
不安になっている考助に、ワンリがあっさりと返してきた。
「そこは考えても仕方ないと思いますよ? そもそも、お嫁さんを探すのであれば、同族と仲良くなるのは必須ですから」
もっともなワンリの意見に、考助も確かにと頷いた。
ワンリは人の姿を取ることもできるが、やはり感覚としては狐としてのものが強いことがある。
そのワンリの意見なので、考助も素直にその言葉に従うことにした。
クロの首筋を撫でるのを止めた考助は、すっくと立ちあがって宣言をした。
「よしっ! クロのお嫁さん捜しに出ることにしようか!」
そう言った考助の右手は、なぜかワンリの肩を叩いていた。
「えっ、えっ!?」
「ほらワンリ。クロの為だから頑張って!」
いつの間にか自分が巻き込まれることが決定していたワンリは、目を丸くしながら考助の求めに従って、「おー」と右手を空に向かってあげるのであった。
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クロを連れて、野生のブラックキャットがいる階層に来て一時間が経った。
「・・・・・・駄目だね」
「駄目ですね」
考助とワンリは、そう言ってからお互いに顔を見合わせた。
それからさらに向けた視線の先には、ゴロゴロと転がりながら地面と戯れている(?)クロがいた。
折角、普段いる神域よりも広い場所にいるのに、駆け出して遊びに行こうという気配すらない。
それを見ていた考助は頭を抱えて座り込んだ。
「これは失敗したなあ。少しはどこかの階層に放しておくんだった」
完全に自分の失敗であることを認めた考助は、ため息をついてからクロを見た。
「いっそのこと狼たちを連れてきて・・・・・・それも駄目か」
狼と一緒に狩りをさせようかと考えた考助だったが、すぐにそれを否定した。
そもそも今回の目的は、クロのお嫁さん捜しなので、別種族である狼と一緒にいるクロと一緒になってくれるようなブラックキャットはいないと思われる。
狼と一緒に狩りをしても意味がないのだ。
頭を抱えたままの考助に、ワンリが慰めるように肩をポンと叩いた。
「お兄様、諦めるのはまだ早いです。他にもいくつか選択肢があります」
「おお!」
頼もしいワンリの言葉に、復活した考助が勢いよく立ち上がった。
「それで? その選択肢って何?」
考助からそう聞かれたワンリは、指を折りながら一つずつ説明を始めた。
まずひとつめは、このままクロをこの場に放置して行き、いつかは他の仲間と仲が良くなるのを待つ。
ふたつめは、いきなり長期間クロを放置するのではなく、少しずつ慣らしていく。
三つめは、クロが自主的に探してくるのを諦めて、考助がちょうどいいブラックキャットを探し出して懐かせてしまう。
そして、その懐かせたブラックキャットがクロとくっつくのを待つという作戦だ。
どの作戦も一長一短があり、すぐには決断できそうにない。
そう考えた考助だったが、ふと何かを思いついたような顔になった。
「・・・・・・別にひとつだけ選ぶ必要はないか」
「えっ?」
考助の呟きに、ワンリが不思議そうな顔になって聞き返してきた。
これは別に考助の言葉に意表を突かれたわけではなく、本当に聞こえなかっただけだ。
ワンリに首を振って何でもないと答えた考助は、再びクロの首筋を撫でながら言った。
「クロ。僕らはここから離れるけれど、君は好きにしていていいよ」
考助がそう言うと、クロは意味が分かったのか、尻尾を振って来た。
それを確認した考助は、頷いてからワンリと一緒にその場を離れるのであった。
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クロの認識範囲を超えたところで、ワンリが不思議そうな顔で考助を見た。
「ええと、お兄様、これからどうするのですか?」
ワンリにも考助がわざとクロを放置してきたということは分かっている。
だが、考助が来たのは同じ階層で、管理層に戻ったわけではないのだ。
考助が何かをしようとしていることだけは、ワンリにも理解している。
そのワンリに、考助はニッコリと笑ってから答えた。
「それは勿論、ワンリが言った通りに、懐いてくれそうなブラックキャットを探すんだよ」
――と、自信満々に答えた考助だったが、すぐに別のブラックキャットが見つかるとは考えていなかった。
クロを一体でいることに慣れさせることがメインの目的で、新しいブラックキャットは、あくまでも二の次だった。
そう。そのはず、だったのだ。
「・・・・・・あ、あれ?」
「お兄様・・・・・・」
考助は自分の身に起こった状況に首を傾げて、それを見ていたワンリは思いっきり呆れたような顔になった。
ついでに、傍に控えているコウヒもワンリと同じような顔になっている。
ワンリとコウヒの視線の先には、考助に思いっきり懐いているブラックキャットが一体いた。
ブラックキャットがいるのを見つけたコウヒとワンリは、警戒しながら近付いていたのだが、考助は全く自然体のまま近付いていた。
それを見てどう判断したのかはわからないが、そのブラックキャットは、いきなり考助にとびかかって来て、その顔をなめ始めたのである。
勿論、コウヒはすわ攻撃かと討伐しようとしたのだが、ワンリがそれを止めていた。
ワンリには、そのブラックキャットに攻撃の意思がなかったことに気付いていたのだ。
その結果、今の状況になっていたというわけである。
棚から牡丹餅という感じの終わり方になったわけだが、結果は結果として受け止める。
クロが新たに懐いたブラックキャットを受け入れるかどうかはわからないが、とにかく一つのきっかけができたのは確かだ。
まずはこのブラックキャットとの相性を見ることにしようということで、一同の意見は一致したのである。
今更といえば今更ですがw
考助が本気になって探せばこんなものです!
(当人は全く気付いていない)
次からは章が変わって、またあの子の登場です。(たぶん)




