(6)繋がりを得るためには
アマミヤの塔の第八十三層は、狼と狐の眷属が混在している階層になる。
上位の階層で、出てくるモンスターが強いにもかかわらず、眷属たちはごく穏やかに過ごしていた。
眷属の場合集団が維持できなくなるほどの争いが起こるということはないのだが、やはり時折は争い事も起こる。
同じ種族同士でも起こるのだから、異種族になればそれも当然だろう。
とはいえ、暗黙のルールと言うのも確立してきたのか、最近では争いはほとんど起きていないようだった。
例え起きたとしても、それぞれのまとめ役が仲裁に入ることで、その争いも収まっている。
一言でいえば、ナナやワンリが出てくるような争いは、まったくと言っていいほど無くなっているのだ。
考助にしてみれば、安定的に統治(?)ができているようで、安心の一言だった。
第八十三層にある拠点は、地脈の交点の上にある小さい神社が中心になっている。
そこの神社は、百合之神宮にある神社とは違って、普段人の出入りはまったくといっていいほどない。
普段、神社を管理(掃除)しているのは、人化できる狐か、コウヒとミツキで作ったメイドゴーレムが行っている。
そのため、全く埃っぽくはなっておらず、考助はきちんと綺麗に掃除された神社の一部屋で、狼と狐に囲まれながら寝転んでいた。
「んー。当たり前といえば当たり前だけれど・・・・・・」
「コウスケさん?」
考助の傍で品よく座っていたシルヴィアが、突然発した考助の言葉に反応した。
シルヴィアには視線を向けず、狼と狐を撫でていた考助は、
「狼と狐だと、まったく毛の質が違うね」
本当にどうでもいいことを言ってきた考助に、シルヴィアは少し考えてから頷いた。
「そもそも、狼だけでも種族によって、全然違うと思うのですが?」
「まあ、それはそうなんだけれどね」
シルヴィアが言った通り、狼たちも種族によって毛質は違っている。
一概に、種族が同じだからといって、似たような質になっているわけではないのだ。
また、そうでなければ、種類によって毛皮の値段がまったく変わってくるなんてことは起こりようがない。
再びボーっと天井を見ながら狼を撫で始めた考助に、今度はシルヴィアが話しかけた。
「それで、コウスケさん。本当に聞きたいことは何でしょうか?」
シルヴィアにそう言われた考助は、むくりと上半身を起こしてから頭を掻いた。
「あら。やっぱり、シルヴィアには隠し事はできないか」
「そんなことはありません。今回は、特に分かり易かっただけです」
考助に褒められたシルヴィアだったが、当人としては特に謙遜しているつもりもなく、本心からそう答えた。
悩みを抱えている考助は、いきなり本題から入らずに、どうでもいい話題から話す癖のようなものがある。
そうして頭を一度整理してから、本題のことを考えて話し始めるのだ。
別にこの程度のことは、シルヴィアだけではなく、他の女性陣の誰もがわかっていることだろう。
そのため、シルヴィアはごく当たり前という反応をしているのだ。
とはいえ、考助にとっては、そんなことまではわからない。
シルヴィアの言葉に、微妙な顔になった。
「そうか。分かり易かったか」
「はい。それよりも、相談はなんでしょうか?」
そう言って先を促してくるシルヴィアに、考助はもう一度ごろりと寝転がってから言った。
「いや、大したことではないのだけれどね。この神社も建ってからそれなりに経つけれど、大した変化は起きていないなあ、と思ってね」
「変化が起こっていないのはそうでしょうが、時間はさほど経っていないと思いますよ?」
有名どころの神殿などになると、数百年単位で建っている物はざらにある。
中には、真偽はともかくとして、千年単位のものもあるくらいなのだ。
それを考えれば、二十年程度しか経っていないこの神社は、まだまだ子供クラスだと言えるだろう。
考助が知っている百合之神社の場合は、特殊な条件が重なったからこそ、ユリという存在ができたのである。
それを、この神社に期待しては駄目だろうと、シルヴィアは考えている。
ちなみに、考助もそのことはよくわかっている。
狼と狐に囲まれて寝転がっているときに、何となく思いついただけなのだ。
それを的確にシルヴィアに見抜かれてしまったので、考助は驚いたのだ。
天井を見ていた考助は、少しだけ間を開けてからシルヴィアへと視線を移した。
「まあ、そうなんだけれどね。何か小さな変化でも起こっていたらわかりやすい・・・・・・」
そう言って急に黙り込んだ考助に、シルヴィアが顔だけを向けながら小さく首を傾げた。
「コウスケさん・・・・・・?」
シルヴィアの呼びかけにも、考助は答えずしばらく黙っていた。
そして、突然ブツブツと何事かを呟き始めた。
「いや、そんなことって出来るのかな? ・・・・・・うーん。悩んでいてもわからないか」
最後に決断するように言った考助は、むくりと起き上がった。
それを見ていたシルヴィアは、話しかけるようなことはしない。
考助が何かを思いついたことは確かで、この場合は邪魔をしないようにする方がいいと経験上わかっているのだ。
座ったまま不思議そうな顔で自分を見上げてくるシルヴィアに気付かないまま、考助はこの場にいないはずの存在へと話しかけた。
「――ユリ、聞こえている?」
「はい、コウスケ様。何かございましたか?」
考助の呼びかけに、ユリがスッと姿を現した。
百合之神宮という以前とは比べ物にならないほどの範囲の力を得て、ユリもエセナと同じように考助がいる所には姿を現せるようになっているのだ。
姿を見せたユリに、考助が首を傾げながら問いかけた。
「ちょっと確認だけれど、この場所と『繋がる』ことってできる?」
考助が言った『繋がる』というのは、百合之神宮内にある百合之神社とはまた別の神社のように、ユリが影響力を持つことができることだ。
ユリの影響力に入った建物は、その繋がりの力が増えた分だけ、色々なことができるようになる。
「ええと・・・・・・? 少しお待ちください。きちんと確認いたしますので」
考助の唐突な問いかけにも関わらず、ユリは疑問を浮かべることなく、その場に立ったまま目を閉じた。
妖精という存在であるユリは、肉体に縛られることはないのだが、敢えて視覚を閉じることで他の感覚を鋭くしているのだ。
しばらくその状態で動かなかったユリは、目を開けてから一度だけ大きく息を吐き出した。
「お待たせしました」
「ううん。別に急いでいないからいいよ。それよりも、どうだった?」
「はい。今のところは、ごく僅かにですが繋がりがあるようです。ただ、この程度ではほとんど何もできませんが」
そのユリの報告に、考助はがっかりするわけではなく、むしろ驚いた。
「えっ? ちゃんと繋がっているんだ」
考助としては、なんの収穫がないことも考えていたのだ。
それが、あっさり繋がりがあると言われて、拍子抜けしていた。
ユリの言葉で、少なくとも今のやり方で方向としては間違っていないことが確認できただけでも十分だった。
「そうか。実用的な繋がりができるまではかなりかかりそうだけれど、それまでは楽しみにしておくかな?」
考助がそう言うと、ユリが首を傾げながら言ってきた。
「もし早めたいのであれば、方法はありますよ?」
「例えばどんな?」
「一番手早いのはコウスケ様がこの場にずっといることですが、それは難しいでしょう。ですから、コウスケ様の力がこもった道具などを置いておけばいいのです。出来れば、力が発散していればなおいいでしょうね」
ユリが言っていることは、要するにこの建物に考助の力が満ちれば、繋がりを得ることも簡単に出来ると言っているのだ。
ユリの説明に、考助はなにやら考え込むような顔になってから頷いた。
「力の発散、ね。なるほど、ありがとう。参考になったよ」
「いいえ。この程度でしたらいつでもお呼びください」
もう質問はないと判断したのか、ユリはそう言って頭を下げてから姿を消した。
一方で、ユリから思わぬ答えを得た考助は、早速始まりの家の研究室へと直行するのであった。
本当はのんびりと狼や狐と戯れるだけになるはずの回だったのですが・・・・・・。
ドウシテコウナッタ?




