(5)誕生の儀式
考助は、シルヴィアとフローリアを伴って、ヴァミリニア城を訪ねていた。
まだ一歳にしかなっていないシュウは、ほとんどをそちらで過ごしている。
転移門が子供の身体に悪いわけではないのだが、あまり環境を変えない方がいいと判断してのことだ。
そのため、考助が頻繁に城を訪ねているのである。
シルヴィアとフローリアは、考助が管理層で城に行くと言っていたので、ついてきた形だ。
考助たちが来たのを見て、シュレインが不思議そうな顔になって言った。
「どうしたのだ? 皆で連れ立って」
「いや、特に変な意味はないよ。単に、僕がこっちに来るって言ったら、ついてきただけ」
考助が簡単にそう答えると、シルヴィアとフローリアも頷いた。
本当になにかあったわけではなく、シュウの顔を見に来ただけなのだ。
考助の答えに安堵の表情で頷いたシュレインに、フローリアが不思議そうな顔で周囲を見回した。
「なにやら飾りつけされているようだが、こっちは何かあったのか?」
考助たちがいる部屋は、少し広めになっており、なぜか周囲では何人かのヴァンパイアが、飾りつけを行っていた。
その作業を見ている限りでは、単に華やかにするためのものではなく、なにやら規則性に従って行われていることもわかる。
だが、フローリアにはその飾りつけの意味は分からずに、首をかしげていた。
そのフローリアの代わりに、シルヴィアがぐるりと部屋を見回してからシュレインを見た。
「なにか、古代によく使われていた文様のようにも見えますが・・・・・・?」
「うむ。さすがシルヴィアだの。ほぼ正解だ」
シルヴィアの答えに満足げな表情を浮かべたシュレインは、そう言ってから頷いた。
だが、シルヴィアにわかったのはそこまでだった。
そこで、今度は視線が考助へと集まる。
その意味をきちんと理解した考助は、肩をすくめて答えた。
「単純に文様の意味だけを見れば、対象をお祝いしたり祝福したりするようなものだから、シュウの為の何かじゃないかな?」
飾りつけが途中ということもあって、考助にも何のための飾りつけかはわかっていない。
とはいえ、現在できている一つ一つの文様の意味は分かるので、そこから推測した答えだった。
その考助の答えを受けて、シュレインがコクリと頷いた。
「うむ。正解、なのだが、ここで真面目に答えられると、少しつまらないの」
「いや、どうしろと」
シュレインのボケ(?)に、考助が思わず速攻で突っ込みを入れた。
そもそも考助に答えを求めていたので、わざと面白い答えを言うという発想自体が考助にはなかったのだ。
そんなことを言ったシュレインだったが、そもそも彼女自体にもなにか面白いことを言えと言われて、すぐに答えが用意できるような性格ではない。
何となくこの場の雰囲気で言ってみたかっただけだ。
「それもそうだの。まあ、とにかく、考助が言ったことがほぼ正解だの。もっといえば、誕生の儀式を行うための飾りつけと文様が含まれておる」
「誕生の儀式?」
シュレインの説明に、フローリアが首を傾げた。
フローリアの常識では、誕生の儀式(のようなもの)は生まれたばかりときに行う者であって、シュウのように成長してから行うようなものではない。
ただ、そのフローリアとは別に、本来そうした儀式に詳しいはずのシルヴィアは、何かを思い出すような顔になっていた。
「――確か、かなり古い文献には、生まれて少したってから儀式を行うというものがありました。それに沿っているということでしょうか?」
「ふむ。さすがはシルヴィアだの。そのとおりだ。これから行う儀式は、古の頃に行われていたものだ」
シュレインは、そう言ってからさらに付け加えて説明をした。
今でこそ誕生の儀式は、神殿に行って簡易的に行うことができる。
もしその家が裕福であれば、生まれてすぐに巫女なり神官なりに直接来てもらって祝福してもらうようになっている。
現在のヴァンパイアもその風習にならって生まれてすぐに儀式を行うのだが、古い儀式も残っているのだ。
その古い儀式は、やっていること自体はほとんど変わらない。
ただし、その時期が生まれて一年を過ぎてからになっている。
これにはいくつか理由があるとされているが、一番大きなものが、古い時代には一年を過ぎるまで「生まれた」とは認められていなかったからとされる。
それは、聖法や魔法が発展している今よりも赤子の死亡率が高かったために、一年は生き残れるか様子を見ていたということだ。
なんとも寂しい理由ではあるが、現実的に赤子に何かが起こったときには、ほとんど手がなかった時代だったので、致し方ない風習といえるだろう。
それゆえに、生き残った子供に対する誕生の儀は、今のものよりも重要視されていた。
これからシュレインたちが行おうとしている儀式は、そうした謂れのあるものなのだ。
シュレインから詳しい説明を聞いたシルヴィアは、感心した表情で何度か頷いていた。
「そうでしたか。確かに、そう考えれば、古の儀式のほうが重視される理由もわかりますね」
シルヴィアは、昔に古文書で儀式について見つけたときに、現在よりも派手に行われていたと書かれていた。
それがなぜかわからなかったのだが、いまのシュレインの話を聞いて理解できた。
儀式自体は勿論、この世に誕生して一年という過酷な(?)時期を生き延びたということを祝うためと考えれば、素直に納得できる。
聖法や魔法が発達したために、そうした儀式が形を変えて残ったのは、良かったのか悪かったのか、軽々しく判断することはできない。
それはともかくとして、今でもヴァンパイアの中でこの儀式が残っていることは、流石といえるだろう。
「ヴァンパイアはいまでもこちらの儀式のほうを重視しているからの。中々に派手なことになるだろうの」
シュレインがそう言うと、今度は考助が不思議そうな顔になった。
「派手なことって・・・・・・飾りつけ自体はさほど派手には見えないけれど?」
部屋の中に飾られている物は、きちんと古来のものに則っているためか、規則性はあるものの派手というわけではない。
部屋自体も大広間と比べれば狭いほうなので、人もそこまで多くは入れないだろう。
これでシュレインが言うような派手なことになるのかと首を傾げる考助に、シュレインが呆れたような顔になった。
「あのなあ。これでも城主の跡取りになるのだぞ? この場所だけで終わるわけがないだろう?」
そのシュレインの説明に、なぜかフローリアが納得していた。
「なるほどな。外は外で勝手に祭りでもするのか?」
「祭りというと少し大げさになるがの。ちょっとしたお祝いモードにはなると思うな」
そう言って頷いたシュレインに、フローリアが感心したような顔になった。
「ほう。ヴァンパイアのお祭りか。考えてみれば見たことが無いな」
なぜか期待するような視線を向けて来たフローリアに、考助は思いっきり首を左右に振った。
「ぼ、僕は行かないよ!? 絶対、囲まれることになるじゃないか!」
悲鳴のように声を上げた考助に、フローリアたちは笑い声を上げた。
考助が言った通り、もし当人がそんなことになっている城下に顔を出せば、大騒ぎになることは間違いないだろう。
揃って笑われた考助は、渋い顔になってフローリアを見た。
「とにかく行かないからね。フローリアが行きたいのであれば、シルヴィアとでもいっしょに行けばいいと思うよ?」
「そうか。私はコウスケと行きたかったのだが、残念だな」
考助が本気で嫌がっているのを見たフローリアは、無理に誘おうとはせずに、無難にそう返すのであった。
ちなみに、儀式は一歳ぴったりに行われるというわけではありません。
誕生日のときに病気をしているということもあり得ますからね。
その辺はとても曖昧ということになっていますw




