(8)フローリアの違和感?
学園の重要性を、身を持って理解しているトワは、「すぐに文官たちと相談します」といって城に帰って行った。
勿論、その際に、ルカには魔法陣に関する教科書を作るように念を押すのも忘れていなかった。
それを聞いたルカは、忘れていなかったかと頭を抱えるのだが、周囲はそれを見て笑っているだけだった。
皆が、ルカなら普通にこなせるだろうとわかっているからこその笑いである。
そこでルカが考助に押し付けようとしないのは、きちんと状況を理解しているからだ。
そもそも考助が教科書作りに手を出してしまえば、騒ぎになるどころではない。
そんなものが世の中に出れば、研究者だけではなく、聖職者たちにも『教本』として広まることになりかねない。
考助を信仰する聖職者にとっては、内容が魔法陣に関することなんてことは関係ないのだ。
さらに、トワが帰ってからしばらくして、ルカも「仕事が増えた」と打ちひしがれながら第五層の自分の家に戻って行った。
ルカはルカで忙しい身なので、そうそうずっと管理層に居ることは出来ないのである。
もっとも、ルカが帰ると言ったときに「ハクと会うときはしっかりと時間を作るのにな」と誰かさんにからかわれていたりするのだが。
トワやルカが自分たちの家に戻ったあとは、考助たちも新拠点へと戻った。
特に理由はないが、既に考助にとっては、新拠点のほうが落ち着く場所になっているのだ。
そして、新拠点のリビングで考助が休んでいると、シルヴィアがその手に珍しい物を持ってやってきた。
「あれ、シルヴィア? お酒なんて珍しいね。フローリアが持っているのなら分かるけれど」
シルヴィアは特別なことが無い限りは、自分からお酒を口にすることはないので、お酒を持って考助のところに来るのは珍しい。
ちなみに、シルヴィアの後ろに着いて来ていたフローリアが持ってきていたのであれば、考助もここまで珍しがることはなかった。
フローリアは人前ではあまり飲もうとはしないのだが、考助との晩酌は偶に行っている。
「特に理由はありませんよ。フローリアが飲むものを物色しているところに、たまたま行っただけです。私が持っているのは、そうしたかっただけです」
「うむ。本当は私が持っていくつもりだったのだがな。珍しくシルヴィアが加わりたいと言ってきたから、任せてみた」
「へー。それはまた珍しい。でも、楽しみだね」
シルヴィアから一緒に呑もうと言われることはほとんどない。
なので、考助としても、久しぶりの三人での晩酌は楽しみなのであった。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
ミツキが用意したつまみをテーブルの上に並べて、晩酌が始まった。
「それで? フローリアの用事は何だったの?」
考助は、一口お酒を飲んでからいきなりフローリアにそう聞いた。
考助は、何となくお酒を用意していたフローリアに、不自然なところを感じていたのだ。
現に、フローリアは、考助の問いかけにバツが悪そうな顔になっていた。
「わかるか?」
「まあ、なんとなくだけれどね」
特に気負うことなくそう言って来た考助に、フローリアは、今度は肩をすくめた。
「鈍いときはとことん鈍いのに、なぜこういうときは鋭いのだろうな?」
「フローリア、それは諦めましょう。それが、コウスケさんです」
きっぱりとそう言ってきたシルヴィアに、フローリアもコクリと頷いた。
「それはわかっているのだがな」
「いや、ふたりとも、それはちょっと言い過ぎじゃない?」
ふたりの会話に考助が不満を示すように、少しだけ渋い顔になった。
だが、そんな考助に対して、シルヴィアとフローリアは顔を見合わせてから続けた。
「そうですか?」
「うむ。そう思える根拠を是非とも教えてほしいのだが?」
そう言いながらタッグを組んできたふたりに、考助は早々に、わざとらしく両手を上げる仕草をした。
「ないです。ごめんなさい」
実際、自分自身でも鈍いと思うときはあるので、否定のしようがない。
それに、シルヴィアとフローリアのふたりがかりだと、この場合はどう考えても敵うはずがないとわかっていた。
というわけで、さっさと負け(?)を認めた考助に、フローリアが首を左右に振った。
「いや、すまん。それは関係ない話だったな。それで、なぜこの場を用意したか、だったか」
フローリアは一度言葉を区切り、一口酒を飲んでからさらに続けた。
「まあ、大したことではないのだがな。今回、なぜ教科書のことにあれほどこだわったのか、不思議に思ってな」
「あれ? そんなにこだわっているように見えた?」
フローリアの言葉に、考助は虚を衝かれたような顔になり、シルヴィアを見た。
考助に見られたシルヴィアは、一瞬考える様子を見せたあと、首を左右に振る。
それは、自分は気付かなかったという意思表示だった。
その考助とシルヴィアのやり取りを見たフローリアは、苦笑してから答えた。
「こだわっているというか、焦っているというか・・・・・・どこか急いでいるように見えたんだがな?」
フローリアは、そう言いながらも首をかしげていた。
今の考助の態度を見ている限りでは、トワたちと話をしているときに感じた感覚が、錯覚ではなかったのかと思えてきたのだ。
だが考助は、そんなフローリアに言葉に対して、腕を組んで真剣に考え始めた。
「うーん。特にそういった自覚は無かったけれどなあ。強いて言えば、あの教科書を使って学ばされる子供たちがかわいそうだから、出来るだけ早く改善したほうが良いとは思っていたけれど」
フローリアが言っていることは、もっと根本的なところで、そんなことではないだろうと、考助は視線だけで確認した。
ところが、考助のその言葉に対して、フローリアが目を丸くして反応していた。
「子供たちが? ・・・・・・そうか。それもあったか」
フローリアには、あくまでも為政者としての意識が染みついている。
そのため、今回の件もあくまでも子供たちを育てるほうに目が向いていて、子供たちそのものをきちんと見ていなかった。
だからこそ、考助がいま言った視点は、すっぽりと抜け落ちていたのだ。
そのことに気が付いたフローリアは、自己嫌悪に陥ったように肩を落とした。
「自分の子供を育てているのに、すっかりその視点を忘れるとはな。考助のことをどうこう言えないではないか」
珍しく深く落ち込んでいるフローリアに、考助は一度だけ目をパチクリとさせてから、励ますように言った。
「そこまで落ち込むことはないって、人はすべてを完ぺきに理解するなんて、無理だから」
「そうですよ。そのために、人の周りにそれを支えるように、様々な人がいるのですから」
なにやら哲学的になりそうな返しだったが、一応フローリアには通じたのか、いつもの表情に戻っていた。
とはいえ、まだ口元には自嘲気味の苦笑が浮かんでいたが。
一度首を振ってそれを消したフローリアは、
「済まないな。何やら愚痴っぽくなってしまったな」
「いや、これくらいのことならいつでも付き合うよ」
「そうですね。それこそ、こういうときのための話し相手なのですから」
完全に振り切ったフローリアを見て、考助とシルヴィアは小さく笑いながらそう応じた。
結局そのあとは、ごくごく普通の話題で盛り上がり、フローリアが感じた考助に対する違和感(?)は、勘違いだったということでこの場は終わるのであった。
久しぶりの晩酌シーンでした。
フローリアの感じた違和感は、結局、自分自身に感じていたものというわけです。
最後はフラグっぽい終わり方になっていますが、特にフラグというわけではありませんw




