(6)教科書の問題
コレットたちの屋敷から管理層に戻った考助は、タイミングよくいたミアに頼んで、トワとルカを呼び出してもらった。
ただし、ルカはともかく、トワはそうそう簡単に来られるはずがないので、出来るだけ早くと言伝してもらった。
さらに、トワに言伝してもらうついでに、ミアには学園の新入生が使っている教科書も手に入れてもらった。
流石に、セイヤとシアの教科書は実際に使っているものなので、管理層には持ってきていない。
トワとルカに確認してもらう必要があるので、ミアに首を傾げられながらも頼んだのだ。
ついでに、教科書を持ってきたミアに「これに、問題があるんだけれど、何が問題か分かる?」と屋敷で見た魔法陣に関する教科書を見てもらった。
だが、考助にとっては残念ながら、ミアにはその問題点がよくわかっていなかったようだ。
さらにフローリアにも見てもらったが、答えはミアと同じだった。
結局、考助が感じている問題点は、ほとんどの者たちに理解されることはなかった。
唯一、精霊術の本を書いたセシルとアリサは問題点に気付いたようで、考助に何か言いたげな視線を向けていた。
ただし、一応後からトワとルカが来ることになっているので、その場での発言は控えてもらった。
そして、約束の二日後。
トワがルカを伴って管理層にやってきた。
考助がこうして呼び出しをすることなどほとんどないので、トワの顔には緊張が浮かんでいた。
実際、いきなり案内された会議室に、管理層に居るメンバーのほとんどが集まっているのを見て、顔を引き攣らせていた。
「・・・・・・呼び出しを受けてきてみれば、一体何があったのですか?」
どう考えても普通ではない雰囲気に、トワがそう恐る恐る切り出した。
一緒に呼び出されたルカは、今にも震えそうな顔をしていた。
そんなトワとルカに、考助は苦笑をしながら言い訳をした。
「いや、ゴメンゴメン。別に何か緊急事態が起こったとかいうわけじゃないんだよね。・・・・・・いや、緊急といえば緊急なのかな?」
「考助、誤解を受けるようなことを言うな。この状況になったわけを素直に話せばいいだけだろう」
微妙に誤解を受けそうなことを言った考助にトワが顔をゆがませるのを見て、フローリアが助け舟を出すようなことを言った。
実際、考助はトワやルカを責め立てるために呼び出したわけではないので、今の状況を軽く説明した。
「――というわけで、この教科書に問題があるわけなんだけれど、その問題が何か分かる?」
一通りの説明をした考助は、そう言いながらトワとルカに、ミアが集めて来た教科書を差し出した。
それを受けて、一度顔を見合わせたトワとルカは、教科書に目を通し始めた。
ミアが用意した教科書はひとつだけではなく、複数が用意されている。
その中で、魔法陣に関する教科書を見たルカが、明らかに反応を示した。
「・・・・・・これ、本当に今、使っているの? 一年生に?」
ペラペラとめくり続けて、最後まで確認をし終えたルカは、はっきりとそうトワを見ながら聞いた。
その顔は、戸惑いと呆れが混じったようなものになっている。
流石のトワも今の教科書までは知らなかったので、ルカの問いに答えたのは、集めて来たミアだった。
「ええ。間違いないわよ。わざわざ関係者に用意してもらった物ですから」
ミアがはっきりとそう断言すると、ルカは大きくため息をついた。
「なるほど。父様が、わざわざ呼び出した理由が分かりました。その様子だと、セシルやアリサも気付いているみたいだけど」
そのルカの発言を聞いて、トワがセシルとアリサに注目をした。
他の者たちは、既にそのことを知っているので、わざわざ見ることはしない。
それよりも、ルカの言ったことの方が重要だった。
セシルとアリサを見ているトワを放置して、代表してシルヴィアがルカに問いかけた。
「本当にですか? 一体、何が問題なのでしょう?」
「僕にしてみれば、母様が気付いていないことのほうが不思議なのですが?」
そう前置きをしたルカは、先ほどまで見ていた教科書を指しながら続けた。
「これ、前半はともかく、後半は専門性が高すぎて、学期の終わりにはついてこられない生徒が多いんじゃないかな?」
さらりとそう言ってきたルカに、考助、セシル、アリサを除いた面々は目を大きく開けて「はっ?」という間の抜けたような声を出した。
ルカの言葉に、トワが慌ててもう一度その教科書を確認しだした。
他にもミアなどが、別の教科書をチェックし始める。
それを見たルカが、苦笑しながらさらに話を続ける。
「ほかは見ていないけれど、わざわざこの場に父様が持ってきたということは、同じような状況なんだよね?」
そう言いながら見て来たルカに、考助ははっきりと頷いた。
「そうだね。最初に気付いたのは、ルカと同じように魔法関連の教科書からだったけれどね」
考助は、ミアに教科書を持ってきてもらった段階で、一年生が使うすべての教科書を確認していた。
その結果、程度の差はあるにせよ、似たり寄ったりの傾向が見受けられたのだ。
考助たちが気付いた問題点というのは、ルカが言った通り初年度の学生が学ぶには高度すぎる内容が書かれていたことだ。
具体的にいえば、極端なものだと、小学生低学年に方程式を教えているような教科書もあった。
それが、魔法陣関係の教科書だったので、猶更考助が真っ先に気付いたというわけだ。
ルカの言葉を聞いた一同は、教科書を確認し直して、改めてその通りの状況になっていることが理解できた。
「・・・・・・これは、確かにひどいですね」
いまでも学園の校長を続けているトワが、半分頭を抱えながら声を絞り出すようにして言った。
前半は確かに低学年向けになっているのだが、後半に進めば進むほど難しくなっている。
これでは、ルカが言った通りに、授業についていけない学生が出てきてもおかしくはないレベルだった。
そんなトワに、考助が多少同情的な視線を向けていった。
「ここからは推測になるんだけれど、低学年の教科を担当している教師が、自身の研究しているものも生徒たちに教えるようにしたんじゃないかな? そもそも学園の教師の評価ってどうなっているの?」
「それは、一応、教師自身の研究成果が出るように・・・・・・ああ」
トワは、自分で答えながら問題点にすぐに気が付いた。
教師としての評価が自分自身の研究成果によるのだとすれば、教える教科がそれに即したものであっても何らおかしくはない。
むしろ、そうした流れになるのは、当然といえるだろう。
問題が教師個人だけではなく、学園の運営方針にもあると気付いたトワは、今度こそ本当に頭を抱えた。
いくら自身が他のことで忙しいとはいえ、しっかりと学園で学んできたトワにとっては、今回の問題は見過ごせないことだった。
専門性に突出した子供を育てるのであれば、今のような制度でも問題はないのだが(振り落とされる生徒のことはこの際考えない)、国家というものを運営していく以上は、専門家だけを育てても仕方がない。
特に、将来国政に深くかかわって行くことになる学園の出身者は、専門性だけを育てても仕方がない。
極論を言えば、様々な話題が必要になる外交官などは、多様な知識が必要であって、専門性だけを強めても意味がないのだ。
この世界では、権力者が社交という場から逃れられない以上、どうしても多様性は必要になる。
それを、これらの教科書は、見事に殺してしまっている。
一握りの頭の良い人間だけを育てても、国家という巨大な組織の運営はままならない。
教科書を見たトワは、一瞬でそのことまで理解をして頭を抱えたのである。
というわけで、教科書の問題でした。
どちらかといえば、多くの生徒に教えるというよりは、弟子を多くとることを目的としている世界の弊害と言ったところでしょうか。
自分の弟子がほしいのであれば、基礎的なことだけを教えても仕方ないですからね。
時間の流れとともに、今回の問題が強くなってきたというわけです。
というわけで、次回はそれをどう改善すればいいかの話し合いです。




